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第六章 新月
対話、最悪の想定
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幸花と別れ、わたしは〈九十九月〉に戻る。武文の元へ戻る前に、エレベーターで七階へ向かうことにした。七階は〈弓張月〉のフロア。ここに真砂がいるだろうと考えたのだ。
「……あれ」
ポーンと到着を告げたエレベーターから降り、はたと気づく。真砂はどこの班に出向しているのだろうか。第四班ではないことだけはわかるが、それでも三分の一だ。誰かに聞くことができれば確実だが、怪しまれないだろうか。わたしが元第四班だということも、その班が解体されたことも知られているだろうし。
エレベーターのそばで足を止めているわたしはかなり不自然だろう。しかし〈弓張月〉の人たちはこちらをちらりと見ると、何を言うわけでもなく立ち去っていく。そんなに仕事が忙しいのか。わたしから声をかけて仕事の邪魔をしてもいいのだが。あまりにも自分本位な思考が頭をかすめる。
「こんなところで何をしているのですか」
いきなり声をかけても怒らなさそうで、できれば第二班以外――第二班を訪れたときの所業を、わたしはまだ忘れていない――の人。じっと観察していると、真横から呆れたような声がした。……声の主は真砂亜理紗。わたしに「忠告」とやらを繰り返していた、真砂家のトップだ。
「あんたを探してた。ちょっと話があるんだけど」
「突然何を――いえ、いいでしょう。そのお話、ぜひ聞かせてください」
真砂は「少々お待ちを」とわたしを留め、第二班の部屋へと入っていく。席を外すとでも伝えているのだろうか、というか第二班に出向いていたのか。どうでもいいことばかりが思い浮かぶ。彼女が戻ってくるまで、そう時間はかからなかった。
「お待たせいたしました。空いている会議室を借りられたので、そちらで伺います」
案内されるまま会議室に向かう。向かい合わせで腰掛けたわたしたちは、じっとお互いを見合った。
「……それでは、音島さんのお話をどうぞ」
「面接官?」
思わず突っ込んでしまう。真砂はわたしの声に反応することなく「早く」と急かしてきた。仕方ないので口を開く。
「新田派の人間が〈五家〉の座をどうにかしようとしてるって話は知ってるよね? それが〈月神祭〉で実行されるんじゃないかって話なんだけど」
「あなた、それをどこで……」
真砂が目を見開く。紗栄のことを説明してもいいのだろうか。口ごもったわたしに訝しげな目を向けた彼女は、しばらくして「あぁ」と納得したような声を発した。
「もしや、行村派の情報ですか?」
「……情報源のことは言えない。でも、そこら辺の噂話を聞いたわけじゃないから」
慌てて補足する。真砂は無言で頷き、口元に手を添えた。
「……その可能性も否定できませんが、私たち真砂派の考えとは異なりますね」
「そう言うってことは、考えとやらを聞かせてくれるってこと?」
「その通りです。音島さんには、さまざまな可能性を知った上で考えていただく必要があるので」
咳払いで言葉を切った真砂が再び口を開く。彼女の――真砂派の「考え」は、どんなものだろうか。
「異能排斥論が過熱し、国民の総意と称して私たち異能者の排除に乗り出す。そのとき新田は動くと、我々は考えています」
「どうして?」
首を傾げる。わたしからすると、異能者が排除されそうになったら動きづらいと思うのだが。
短く聞き返すと、彼女は暗い目をした。
「……異能で押さえつけ、恐怖で支配するためです。どれだけ数が勝っていても敵わない存在だと知らしめたいのだと思います」
「そんなことのために、わざわざ被害を大きくするの?」
「あなたにとっての『そんなこと』が、誰かにとっては大切なこともありますよ」
わたしを宥めるような言葉を発した真砂だが、すぐさま「……本当にこれが計画されているなら外道の行いですが」と吐き捨てる。
「……そういえば、異能研究所の解体を主張してる奴がいるとかなんとか」
ふと、陽斗や七彩の話を思い出した。彼らの話と今の話を合わせて考えると、かなり危険な状況かもしれない。
研究所でのさまざまな実験が白日の下に晒されるとして、起こったことが全て正確に発信されるとは限らないだろう。むしろ、異能者排斥に利用するなら情報がねじ曲げられると考えた方が自然だ。……そうして排斥論が勢いを増し、わたしたち異能者を攻撃してきたところを返り討ちにするとしたら――そこまで考えて、ぞわりと背筋を冷たいものが走った。
「そのようですね。議会だけでなく〈六曜〉にも己の主張を広めていると耳にしました」
「……まずくない?」
「えぇ、まずいですよ。なので〈五家〉の方々には未然に防いでほしいのですが……現状ほぼ動きが見えないので、厳しいでしょうね」
重苦しいため息をつく真砂につられ、わたしもうつむきがちに息を吐き出す。
謎も疑惑もまだ残っている。まさか〈五家〉の元に情報が行かないよう統制させているのか、はたまた〈五家〉は情報を得た上で動かないことを選択しているのか。
凝り固まりそうな眉間を指でほぐし、わたしは〈五家〉へ探りを入れる方法を思案した。
「……あれ」
ポーンと到着を告げたエレベーターから降り、はたと気づく。真砂はどこの班に出向しているのだろうか。第四班ではないことだけはわかるが、それでも三分の一だ。誰かに聞くことができれば確実だが、怪しまれないだろうか。わたしが元第四班だということも、その班が解体されたことも知られているだろうし。
エレベーターのそばで足を止めているわたしはかなり不自然だろう。しかし〈弓張月〉の人たちはこちらをちらりと見ると、何を言うわけでもなく立ち去っていく。そんなに仕事が忙しいのか。わたしから声をかけて仕事の邪魔をしてもいいのだが。あまりにも自分本位な思考が頭をかすめる。
「こんなところで何をしているのですか」
いきなり声をかけても怒らなさそうで、できれば第二班以外――第二班を訪れたときの所業を、わたしはまだ忘れていない――の人。じっと観察していると、真横から呆れたような声がした。……声の主は真砂亜理紗。わたしに「忠告」とやらを繰り返していた、真砂家のトップだ。
「あんたを探してた。ちょっと話があるんだけど」
「突然何を――いえ、いいでしょう。そのお話、ぜひ聞かせてください」
真砂は「少々お待ちを」とわたしを留め、第二班の部屋へと入っていく。席を外すとでも伝えているのだろうか、というか第二班に出向いていたのか。どうでもいいことばかりが思い浮かぶ。彼女が戻ってくるまで、そう時間はかからなかった。
「お待たせいたしました。空いている会議室を借りられたので、そちらで伺います」
案内されるまま会議室に向かう。向かい合わせで腰掛けたわたしたちは、じっとお互いを見合った。
「……それでは、音島さんのお話をどうぞ」
「面接官?」
思わず突っ込んでしまう。真砂はわたしの声に反応することなく「早く」と急かしてきた。仕方ないので口を開く。
「新田派の人間が〈五家〉の座をどうにかしようとしてるって話は知ってるよね? それが〈月神祭〉で実行されるんじゃないかって話なんだけど」
「あなた、それをどこで……」
真砂が目を見開く。紗栄のことを説明してもいいのだろうか。口ごもったわたしに訝しげな目を向けた彼女は、しばらくして「あぁ」と納得したような声を発した。
「もしや、行村派の情報ですか?」
「……情報源のことは言えない。でも、そこら辺の噂話を聞いたわけじゃないから」
慌てて補足する。真砂は無言で頷き、口元に手を添えた。
「……その可能性も否定できませんが、私たち真砂派の考えとは異なりますね」
「そう言うってことは、考えとやらを聞かせてくれるってこと?」
「その通りです。音島さんには、さまざまな可能性を知った上で考えていただく必要があるので」
咳払いで言葉を切った真砂が再び口を開く。彼女の――真砂派の「考え」は、どんなものだろうか。
「異能排斥論が過熱し、国民の総意と称して私たち異能者の排除に乗り出す。そのとき新田は動くと、我々は考えています」
「どうして?」
首を傾げる。わたしからすると、異能者が排除されそうになったら動きづらいと思うのだが。
短く聞き返すと、彼女は暗い目をした。
「……異能で押さえつけ、恐怖で支配するためです。どれだけ数が勝っていても敵わない存在だと知らしめたいのだと思います」
「そんなことのために、わざわざ被害を大きくするの?」
「あなたにとっての『そんなこと』が、誰かにとっては大切なこともありますよ」
わたしを宥めるような言葉を発した真砂だが、すぐさま「……本当にこれが計画されているなら外道の行いですが」と吐き捨てる。
「……そういえば、異能研究所の解体を主張してる奴がいるとかなんとか」
ふと、陽斗や七彩の話を思い出した。彼らの話と今の話を合わせて考えると、かなり危険な状況かもしれない。
研究所でのさまざまな実験が白日の下に晒されるとして、起こったことが全て正確に発信されるとは限らないだろう。むしろ、異能者排斥に利用するなら情報がねじ曲げられると考えた方が自然だ。……そうして排斥論が勢いを増し、わたしたち異能者を攻撃してきたところを返り討ちにするとしたら――そこまで考えて、ぞわりと背筋を冷たいものが走った。
「そのようですね。議会だけでなく〈六曜〉にも己の主張を広めていると耳にしました」
「……まずくない?」
「えぇ、まずいですよ。なので〈五家〉の方々には未然に防いでほしいのですが……現状ほぼ動きが見えないので、厳しいでしょうね」
重苦しいため息をつく真砂につられ、わたしもうつむきがちに息を吐き出す。
謎も疑惑もまだ残っている。まさか〈五家〉の元に情報が行かないよう統制させているのか、はたまた〈五家〉は情報を得た上で動かないことを選択しているのか。
凝り固まりそうな眉間を指でほぐし、わたしは〈五家〉へ探りを入れる方法を思案した。
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