観月異能奇譚

千歳叶

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第七章 十三夜

指導、多重異能者

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 小夜子と共に応接室から戻ると、詩音が目を輝かせる。

「おかえりなさい! 仁美ひとみさんがお菓子貰ってきましたよ!」

 どうぞ、と差し出されたのはどことなく高級そうな焼き菓子。促されるまま一つ手に取り、わたしはパッケージを破り開けた。
 柔らかい甘さとサクサクほろほろの食感がくせになる。できることならもう一つ食べたい。

「今度から〈月神祭〉の協賛となる企業に挨拶したら、主力商品だと手渡されまして」

 マグカップを手にした女性が事情を説明する。様子からしてこの人が「仁美さん」だろう。先ほどまではいなかったはずの彼女に声をかけた。

「もしかしたらもう聞いてるかもしれないけど、今日から〈十三夜〉に配属された音島律月です。よろしく」
「私は四屋よつや仁美ひとみと申します。よろしくお願いしますね」

 若干冷たくも見える眼鏡の奥がふっと緩む。ひとまず邪険にされてはいないようだ。

「そうだ、音島さんにここの異能者のこと説明してないよね?」

 詩音が手を合わせながら聞いてくる。わたしは頷きを返した。
 ここは〈弓張月〉よりも異能を持たない人が多く、異能者は半数ほどらしい。彼らが持つ異能について耳を傾けていると、仁美がじっとこちらを見ていることに気がついた。

「……何?」
「すみません、少し触りますね」

 そんな断りの後、彼女がこちらに手を伸ばしてくる。さらり、髪に触れられた感覚がして、すぐさま仁美が元の位置に戻った。

「え、何かついてた?」
「いいえ。少し乱れていたのが気になっただけですので」
「そっか、ありがとう」

 何気なくお礼を返し、詩音の方へ向き直る。彼女は小さく笑いながら「説明を続けるよ」と切り替えた。

「せっかくだし仁美さんの異能から紹介しようかな。本人からお願いしてもいいですか?」
「それで構いませんよ」

 詩音と交代した仁美が「さっそくですが」と切り出す。わたしはこくりと頷いた。

「私は身体強化の異能と、視覚強化の異能を持っています。専門家の間では『多重異能者』と呼ばれる存在です」
「あぁ……」

 ご存じでしょうか。そんな言葉に曖昧な相槌を打つ。思考の端をかすめたのは千波のことだ。彼女は多重異能者だということを――正確には時間操作の異能を――隠していた。しかし、仁美の様子からして多重異能者の存在は珍しいものでもないのだろうか。
 疑問を抱きつつも、話を遮って尋ねるほどでもない。聞いたことはある、とだけ返し、話の続きを待った。

「多重異能者は名前の通り複数の異能を保有しています。しかし、その分だけ異能暴走のリスクが大きいのです」
「……」

 話の方向が読めず、わたしは無言を貫く。仁美は細く長く息を吐き出すと、まっすぐこちらを見つめてきた。

「ですので、最初に異能暴走への対処法を覚えていただくことになります」
「わかった」

 緊急時の対応を早めに教えてもらえるのはありがたい。わたしの同意を確認し、仁美が戸棚から何かを取り出す。

「それは?」
「こちらは異能暴走緊急抑制器です。詳しい仕組みの説明は省きますが、これを装着させれば異能の暴走を止められます」

 装置の蓋を開き、使い方の説明が始まる。装置そのものにも手順の図解が印字されているため、いざというときにも素早く使えそうだ。

「私以外の異能者がもし暴走したときも、こちらを使ってください。〈十三夜〉には調停の異能を持つ人がいないので、外からヘルプが来るまではこれで凌ぐことになります」

 説明を聞きながら装置の蓋を閉める。そのまま手渡すと、仁美は戸棚に装置を片付けた。……上から三段目、カーテンのようなもので目隠しされた棚。どこに収納されているかも忘れず把握しておく。

「……と、あれもこれも一度に話してしまいましたが、わからないことなどはありますか?」
「ううん、大丈夫……だと思う」

 言われたことを思い返しながら頷いた。仁美が「よかった」と微笑む。

「音島さんは雉羽さんの補佐にあたるんでしたね。私はもっぱら外回りなのであまりお会いできないかもしれませんが、仲良くしてくださると嬉しいです」
「こちらこそ」

 軽いお辞儀を交わし、仁美は立ち去っていった。続けて詩音が戻ってきて、お疲れ様、と声をかけてくる。

「今日教えておくべきことはこれで全部かな。あとは小夜子さんに指示してもらってね」
「わかった。……って、いないけど」

 ふと周囲を見回してみると、小夜子の姿がない。どこへ行ったのだろう。管理職なら多忙のはずだし、仕事をしていることは予想できるのだが。
 詩音に尋ねてみると、彼女は首を傾けながら「多分執務室だと思うけど……」と答えた。

「急な連絡が来たのかもしれないから、確認するときは慎重にね?」

 さらに釘を刺すような言葉が続く。わたしのことを何だと思っているのだろう。
 そんな不満は口に出さず、わたしは執務室の場所を聞いてその場を離れた。
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