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二、家族の形
第9話『目が合って気が付く』
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まるで死んでしまった誰かにでも会ったかのような表情で、男は茉莉花を見つめる。
そのあまりにも射るような鋭い視線に茉莉花は何だか怖くなるけれど、マンションへまっすぐ帰るにはこの男の横を通り抜けないといけない。それは凄く怖かった。
どうしたら……。
茉莉花が戸惑っていると、男は買い物袋をその場に落としよろよろとした足取りで近づいてくる。眼だけはじっと茉莉花を捉えたまま、男は距離を詰める。
茉莉花は男の方向へ走り出そうとするが、間に合わず腕を掴まれて引き戻される。
「えっ、やあ」
自分の左腕を掴む男の腕を振り解こうとするが、あまりに強い力で茉莉花の精一杯の力では不可能だった。
茉莉花は必死だが、男にとって紙同然の薄い抵抗しかできずにいると、男は茉莉花の両肩を掴み無理に自分の方へと向かせ無理矢理茉莉花と顔を合わせる。
「ひぅっ」
茉莉花が声にならない悲鳴をあげて逃げようとするが、男と目が合ってしまう。
男は茉莉花の顔をただ見ていたが、不意にはっとして、まるで正気に戻ったかのように意気消沈してしまう。
目の前の男の中で何が起こったのかわからず、茉莉花はただ硬直する。
だけどその時、また別の男性の声が聞こえてくる。
「すみません、ちょっと良いですか」
茉莉花たちから少し離れた場所にまた一人男性が立っていた。
茉莉花と彼女の腕を掴む男との様子がどうにも妙だったようで訝しむように声をかけたのだった。
その声に茉莉花はほっとするが、それと同時に今まで茉莉花の腕を掴まえていた男は我に帰ったように茉莉花を突き飛ばすと、落とした買い物袋を掴んで慌てて逃げていく。
茉莉花たちに声をかけた男性は逃亡する男を追いかけようと一歩踏み込むが、地面に尻餅を付く女児を放って置けるはずもなく茉莉花に近づく。
男性は茉莉花の膝から血が出ていることに気が付くと慌ててカバンからハンカチを出して膝に当てる。
「大丈夫? さっきの人は知ってる人?」
そう問われて茉莉花は何度も首を横に振る。
確認しつつも男性は、そうだろうな、と言いたそうな顔で逃げ去った男が向かった方を見るが当然姿は見えなくなっている。
「一人かな? お父さんかお母さんは?」
男性は茉莉花に問うが、茉莉花の表情は暗い。
父親はいない。
母親だって、いないようなものだ。
自分のそばにいてくれるのは大黒だ。
大黒に会いたい。
すごく怖い目に遭ったのだから、迎えに来てほしい。手を引いて帰って欲しい。
茉莉花は、大黒のことを考えると、自然を涙が込み上げてくる。
早く帰りたい。
そんな思いから涙をぼろぼろと零す茉莉花。
突然泣き出した女児に、男性は自分も不審者に思われたのかと焦りながらポケットの中を探って何かを出す。
黒いパスケースに似ていたが、ドラマで見たことがあるものだと茉莉花は泣きながらも思う。
確か大黒と見ていた刑事ドラマで。
男性はそのパスケースのようなものを開くと、そこには男性の顔写真と名前が書かれていた。
「心配しないで、警察だから、ね?」
『北淀露樹』と書かれた警察手帳を茉莉花に見せて、男性は困ったように笑った。
***
「猫とお花とお星様、どれが良い?」
「おほしさま」
「はい」
露樹はそれぞれのイラストが描かれた絆創膏を茉莉花に見せ、茉莉花の選んだ星模様の絆創膏を膝に貼り付ける。
自分の膝に貼られた絆創膏を見ながら「ありがと」と茉莉花は呟く。
男性は北淀露樹と名乗り、茉莉花に警察手帳を見せた。
その後、すぐ近くの児童公園へ向かい水飲み場の水道で傷口を洗わせてから、持っていた消毒液を塗布してから絆創膏を貼り付けてくれた。
露樹は茉莉花のか細いお礼の言葉に「どういたしまして」と笑った。
「お家の人に連絡したいんだけど、お名前教えて貰えるかな?」
「……まつりか」
「まつりかちゃんか。上の名前は言える?」
「さかえ」
「さかえまつりかちゃんだね、じゃあおウチの人の連絡先はわかる? お家の電話番号か、ケータイの番号とか」
そう聞かれて茉莉花は小さく頷き携帯電話の番号をゆっくり露樹に告げる。
スマートフォンの電話アプリでその番号を押すと、発信する前に「これはお父さんの番号? それともお母さん?」と確認する。
すると茉莉花は首を横に振って「あすかくんのばんごう」と小さく呟く。
その父でも母でもない、『あすかくん』なる人物に露樹は首を傾げる。
「あすかくん? お父さんじゃないのかな?」
「あすかくんはお父さんじゃないの。わたしのほごしゃ」
「保護者……」
父でも母でもなく挙げられた保護者の名前。
露樹は不思議に思いながらも発信ボタンを押した。
コール音が数度鳴った後、コール音が終わり男性の声が聞こえてくる。
『はい、もしもし』
そう答える『あすかくん』は何処か息を切らした様子だった。外にいるのか、車の走る音も聞こえてくる。
「夜分にすみません、こちらは『あすか』さんの電話番号でよろしいでしょうか?」
そう露樹が改まって問いかけると、電話向こうの『あすかくん』は困惑した様子であった『はい、そうですが』と答える。
「わたくし、――署の北淀と申します。××児童公園の近くで、さかえまつりかさんを保護したのですが」
『本当ですか! すぐ迎えに行きます!』
「あっ」
『あすかくん』も茉莉花を探していたようで、茉莉花を保護したという言葉に安堵した様子だった。でも余程茉莉花を心配していたのか、児童公園という単語を聞いて通話を切ってしまった。
大丈夫だろうか。でも無理だったら折り返しでかかってくるだろう。
露樹はそう考えながら「すぐ迎えに来てくれるみたいだよ」と茉莉花に告げると彼女は安心したように漸く少し笑ってくれた。
そんな茉莉花に露樹も胸を撫で下ろした。
そのあまりにも射るような鋭い視線に茉莉花は何だか怖くなるけれど、マンションへまっすぐ帰るにはこの男の横を通り抜けないといけない。それは凄く怖かった。
どうしたら……。
茉莉花が戸惑っていると、男は買い物袋をその場に落としよろよろとした足取りで近づいてくる。眼だけはじっと茉莉花を捉えたまま、男は距離を詰める。
茉莉花は男の方向へ走り出そうとするが、間に合わず腕を掴まれて引き戻される。
「えっ、やあ」
自分の左腕を掴む男の腕を振り解こうとするが、あまりに強い力で茉莉花の精一杯の力では不可能だった。
茉莉花は必死だが、男にとって紙同然の薄い抵抗しかできずにいると、男は茉莉花の両肩を掴み無理に自分の方へと向かせ無理矢理茉莉花と顔を合わせる。
「ひぅっ」
茉莉花が声にならない悲鳴をあげて逃げようとするが、男と目が合ってしまう。
男は茉莉花の顔をただ見ていたが、不意にはっとして、まるで正気に戻ったかのように意気消沈してしまう。
目の前の男の中で何が起こったのかわからず、茉莉花はただ硬直する。
だけどその時、また別の男性の声が聞こえてくる。
「すみません、ちょっと良いですか」
茉莉花たちから少し離れた場所にまた一人男性が立っていた。
茉莉花と彼女の腕を掴む男との様子がどうにも妙だったようで訝しむように声をかけたのだった。
その声に茉莉花はほっとするが、それと同時に今まで茉莉花の腕を掴まえていた男は我に帰ったように茉莉花を突き飛ばすと、落とした買い物袋を掴んで慌てて逃げていく。
茉莉花たちに声をかけた男性は逃亡する男を追いかけようと一歩踏み込むが、地面に尻餅を付く女児を放って置けるはずもなく茉莉花に近づく。
男性は茉莉花の膝から血が出ていることに気が付くと慌ててカバンからハンカチを出して膝に当てる。
「大丈夫? さっきの人は知ってる人?」
そう問われて茉莉花は何度も首を横に振る。
確認しつつも男性は、そうだろうな、と言いたそうな顔で逃げ去った男が向かった方を見るが当然姿は見えなくなっている。
「一人かな? お父さんかお母さんは?」
男性は茉莉花に問うが、茉莉花の表情は暗い。
父親はいない。
母親だって、いないようなものだ。
自分のそばにいてくれるのは大黒だ。
大黒に会いたい。
すごく怖い目に遭ったのだから、迎えに来てほしい。手を引いて帰って欲しい。
茉莉花は、大黒のことを考えると、自然を涙が込み上げてくる。
早く帰りたい。
そんな思いから涙をぼろぼろと零す茉莉花。
突然泣き出した女児に、男性は自分も不審者に思われたのかと焦りながらポケットの中を探って何かを出す。
黒いパスケースに似ていたが、ドラマで見たことがあるものだと茉莉花は泣きながらも思う。
確か大黒と見ていた刑事ドラマで。
男性はそのパスケースのようなものを開くと、そこには男性の顔写真と名前が書かれていた。
「心配しないで、警察だから、ね?」
『北淀露樹』と書かれた警察手帳を茉莉花に見せて、男性は困ったように笑った。
***
「猫とお花とお星様、どれが良い?」
「おほしさま」
「はい」
露樹はそれぞれのイラストが描かれた絆創膏を茉莉花に見せ、茉莉花の選んだ星模様の絆創膏を膝に貼り付ける。
自分の膝に貼られた絆創膏を見ながら「ありがと」と茉莉花は呟く。
男性は北淀露樹と名乗り、茉莉花に警察手帳を見せた。
その後、すぐ近くの児童公園へ向かい水飲み場の水道で傷口を洗わせてから、持っていた消毒液を塗布してから絆創膏を貼り付けてくれた。
露樹は茉莉花のか細いお礼の言葉に「どういたしまして」と笑った。
「お家の人に連絡したいんだけど、お名前教えて貰えるかな?」
「……まつりか」
「まつりかちゃんか。上の名前は言える?」
「さかえ」
「さかえまつりかちゃんだね、じゃあおウチの人の連絡先はわかる? お家の電話番号か、ケータイの番号とか」
そう聞かれて茉莉花は小さく頷き携帯電話の番号をゆっくり露樹に告げる。
スマートフォンの電話アプリでその番号を押すと、発信する前に「これはお父さんの番号? それともお母さん?」と確認する。
すると茉莉花は首を横に振って「あすかくんのばんごう」と小さく呟く。
その父でも母でもない、『あすかくん』なる人物に露樹は首を傾げる。
「あすかくん? お父さんじゃないのかな?」
「あすかくんはお父さんじゃないの。わたしのほごしゃ」
「保護者……」
父でも母でもなく挙げられた保護者の名前。
露樹は不思議に思いながらも発信ボタンを押した。
コール音が数度鳴った後、コール音が終わり男性の声が聞こえてくる。
『はい、もしもし』
そう答える『あすかくん』は何処か息を切らした様子だった。外にいるのか、車の走る音も聞こえてくる。
「夜分にすみません、こちらは『あすか』さんの電話番号でよろしいでしょうか?」
そう露樹が改まって問いかけると、電話向こうの『あすかくん』は困惑した様子であった『はい、そうですが』と答える。
「わたくし、――署の北淀と申します。××児童公園の近くで、さかえまつりかさんを保護したのですが」
『本当ですか! すぐ迎えに行きます!』
「あっ」
『あすかくん』も茉莉花を探していたようで、茉莉花を保護したという言葉に安堵した様子だった。でも余程茉莉花を心配していたのか、児童公園という単語を聞いて通話を切ってしまった。
大丈夫だろうか。でも無理だったら折り返しでかかってくるだろう。
露樹はそう考えながら「すぐ迎えに来てくれるみたいだよ」と茉莉花に告げると彼女は安心したように漸く少し笑ってくれた。
そんな茉莉花に露樹も胸を撫で下ろした。
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