【完結】翠くんは、可愛いがられたい

日月ゆの

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10.だいじな家族なんだから

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「あ、予鈴なっちゃう。はやく、翠の教室いくよ!」

 壁掛け時計を確認した伊織くんは、下駄箱の一番上へ置いておいた空のお重をさり気なく持ってくれています。

 そして、いつものように長い指をするりと絡め僕の手を握りました。

 もう大きくなったのに、人前で子供のように手を繋がれるのは恥ずかしいです。

 でも、伊織くんは突然僕がいなくなるのをとても心配します。

 今まで元気にともに過ごしていたのに、なにかのはずみであっけなく永遠に失うこともあります。

 そう、僕と伊織くんのお母さんみたいに。

 たまたま信号待ちしていた2人の車に信号無視したトラックが突っ込んで来た交通事故でした。

 運転していた伊織くんのお母さんはもちろん、助手席に乗っていた妊娠中の僕のお母さんも即死。
 
 同じ経験のある僕も伊織くんのそんな不安は理解できるので、なるべく彼が不安にならないようしっかりと握り返します。

 ……僕はここにいるよ、って。

 そんなことしかできないダメダメな僕です。

「あの、ありがとうございます。探してもらったり、お弁当も持ってくれて」

「ん? 翠は大事な『家族』なんだから、心配するし、お世話させてよ」

「……はい」

 大事な家族。

 言われて嬉しい言葉のはずが、何故かのしかかるように胸を重くします。

 伊織くんにここまで言わせてしまうさせてしまうほど僕が不甲斐ないから。

 お兄さんやノラさんとご飯を食べたあとは、胸は大丈夫だったのに。

 むしろ調子がよいくらいでした。なんででしょうか。あの2人には特別な力とかがあるんですかね。

 
「はぁ」

「どうした? そんなに教室行くの嫌だったら保健室へいく?」

「い、いや、大丈夫ですよ!」

「でも、無理はしないこと! わかったか?」

「は、はい……」

 眉を寄せた伊織くんに釘をさされてしまいました。これ以上心配させてはいけません。

「あのね、やっと伊織くんと同じ高校の制服着れて嬉しいから頑張ります」

 にっこり笑いかけると、今度は伊織くんが一瞬固まって大きなため息を吐きました。

「ずるいよ。翠は……、いつか可愛さで殺される気がする……これで合鍵持ってて耐えられるのか僕」

 なにやらブツブツ呟きだす伊織くんです。
 どうしたんでしょうか。最近これをよくされますけど、また僕はやらかしてしまったんでしょうか。

「伊織くん?」

「あー、いやね。寮の部屋のこと考えてたんだよ! ほら、翠は引っ越ししたでしょ?」

「はい。お世話になりました」

「あ、いや全然。勝手に荷物みちゃってまとめたけど、まだ荷解きしていないんだ」

 引っ越しの荷物をまとめてくれたけど、僕のプライバシーを配慮してくれて運び込んだままにしてくれてあるらしいです。
 荷物はダンボール2箱。
 本当はもっと荷物が少なくて、ダンボール1箱で終わったそうです。

 私物が少な過ぎたのを心配した伊織くんと伊織くんの友人の塁くんと恭くんが、おやつやら雑貨などダンボールに詰め込んでくれたらしいです。

 いたずら好き塁くん1人が詰めたのなら荷物を開けるのが怖いです。
 が、恭くんがその場にいたならまだ大丈夫なはずです。
 2人のありがたい優しさを受け取ります。

 放課後、荷解きを伊織くんが手伝ってくれるので、新しい寮の部屋を案内がてら一緒に帰ろうということでした。

 ちなみにお部屋のお掃除はもう済ませてあるので、荷解きをするだけで良いそうです。

 大変申し訳無いですね。

 伊織くんに説明を受けている間に僕の教室へ到着しました。

 当たり前のように伊織くんは手を繋いだまま教室へ入り、僕の机の上にお弁当箱を置きます。

 教室へ入ったときから周りの視線を自然と集めてしまいます。

 生徒会長さんを務めていて全校集会などで挨拶するので皆伊織くんのお顔を知っているせいですかね。

 男の子ばかりだけれど、熱量のある眼差しも含まれている気がしますね。

 そんな視線に慣れているのか気付いていないのか、伊織くんは変わらず話しかけてきます。

「放課後、また教室に迎えにくるからね」

「わざわざ悪いので、僕が伊織くんの教室へ行きましょうか?」

「ダメ。危ないから翠はここで待ってて。あと、スマホは必ずポケットに入れておくこと」

 なにやら真剣な表情で伊織くんに言われてしまえば、頷くしかないです。

「家族なんだから、甘えてよ」

 僕の頭を優しく撫でると、教室内で一瞬悲鳴が上がった。

 それも気にせず伊織くんは穏やかな笑顔で教室から去っていきます。

 家族。

 またこの言葉。

 伊織くんは意図的なのか癖になっているのかわからないけれど、この言葉をよくつかいます。

 この言葉を聞いてしまうと、僕が必ず彼の望むとおりに従うから。

 ついつい卑屈でうがった見方をしてしまう自分が嫌です。

 放っておいて欲しいわけでもなく、1人でなんでも出来るほど体も心も強くもないくせに。

 繰り返されるあの言葉に含まれる意味には裏があるんじゃないかと思ってしまう。

 自分が胸に抱えるやましさに引きずられ『家族』という言葉に反応し、子供じみた憶測。

 彼の優しさや思いを無下にするのは『わがまま』です。

 これでは伊織くんをまた不幸にしてします。それだけは絶対にもうダメなんですから。

「はあ、スマホ探そ」

 カバンを覗き込むとチカチカ光るライトを発見。

 救出されたスマホには伊織くんから複数回の着信が通知されていました。

 恭しくカーディガンのポケットにスマホをしまいます。

 すると、ポケットの中には先客さんがいました。

「……シルべニアさん。これは哺乳瓶?」


 うう、そんなに猫の赤ちゃんに僕って似てますか。

 でも、不思議となぜか先程まで重かった胸がすーっと楽になりました。

「おくるみ……ハンカチ……おそろい」

 赤ちゃん猫さんをおくるみ代わりにハンカチで顔だけ出すように包みます。
 
「ふふっ可愛いくできました!」


 でも、すぐに予鈴が鳴ったので、おくるみ赤ちゃん猫さんをまたポケットに大事にしまいました。

 
 
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