【完結】翠くんは、可愛いがられたい

日月ゆの

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25.会いたかったですよ

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 鼻歌まじりに中庭を歩きます。

 たった1週間だけおやすみしただけですが、いつの間にか季節は進んでいます。
 中庭のあじさいがもうすぐ咲きそうになっていました。

 足が勝手に校舎裏へと向かいます。
 今日はノラさんのお迎えはありませんが、『いってらっしゃい』が僕の足を動かします。

 ひさしぶりの登校だからと、励まそうとしてくれた。
 その心の動きが嬉しいんです。

 いつの間にか早足になっていました。
 コの字型のあの角を曲がればいつものベンチです。

 早く、といつもよりも大きく1歩を踏み出しました。タイミングよく角から出てきた人が。

 驚きで足が止まります。

「あれ? え? お、お兄さん?」
「ん。迎えに来た」
「にゃ」

 お兄さんの胸元にはノラさんが抱えられています。
 ノラさんはお兄さんの腕からするっと降り、音もなく地面に足をつく。
 くるっと背中を向けて、校舎裏へ前足を出します。

「おいで、翠。女王さまに置いていかれんぞ」

 くっと喉で笑ったお兄さんがこちらに手を差し伸べます。

 差し伸べられた長い指の手。

 その大きな手をみつめ、少しためらいます。

 触れたいと思っていた手がなんの前触れもなくすんなり差し出されたから。

「……はい」

 差し出された手に自分の手を乗せます。

 初めて触れた手のひらなのに、何年も何年も待ち焦がれていたような気がします。

 神経がすべて手のひらに移動したように、触れる体温、さらりと冷たい肌。

 そして、僕の小さな手をいとも容易く包み込んでくれる大きさに、心臓が乱れ切ります。

 久しぶりに会えたお兄さんに、さっきあった嬉しい出来事を数瞬前には早く話したいと思っていたのに。

「あの」と言ったきり言葉が続きません。

「久しぶり。やっと翠の顔が見れたな……」
「ご、ご心配をおかけしました」
「んー。心配もしてんだけど……会いたかったんだよな。俺が」
「え?」

 少し前を歩く背中は堂々としているのに、最後はぽつりと呟くお兄さん。
 そのお耳は真っ赤で、真下でゆらんゆらんするピアスよりも鮮やかで、なぜか目が離せません。

「……僕も。お兄さんに……ノラさんに会いたかったです」

 精一杯の声を出したつもりなのに。
 風に散らされそうなくらい小さな声しかでません。

 だって、喉も胸をぎゅうと絞られたように苦しいんです。
 苦しい反面、不思議とその苦しみが嫌じゃない。

「おそろい……だな」
「……そ、うですね」

 ギクシャクした沈黙。

 僕達2人の間に静かな風が流れます。

 梅雨の到来を予感させる湿り気を含み始めた風は、ぬるいです。

 気持ち良いとはいえない風や、居たたまれない沈黙も、お兄さんとなら心地よいです。

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