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三章 切れ者少女、ゴースに立つ

十八話

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 准将が言っていた通り、問題なく依頼を受けることができたので早速支度をした。どこに行けばいいのかは依頼書に指定されているので困らない。

 准将に、僕にも何か手伝えないかと聞いてみると、荷物持ちだけしてもらえたらいいと言う。ろくに戦えない分そこはしっかりと貢献しよう。

 依頼書に記載されていた場所はゴース近郊の林の中だったので、徒歩で向かった。いや、実は少し遠いので荷物持ちの僕は馬車が良かったのだが、准将が頑なに徒歩がいいと言って聞かなかったのだ。

「もうそろそろですから、頑張ってくださいね。」

今のところは色々担いでいる僕の方が重労働だ。

「ちゃんと出てくるかも分からないでしょう。准将には何か根拠があるの? 」

「そりゃあ一見丸腰の旅人が二人で歩いているわけですから、狙ってこないわけないでしょう。彼らはバンデット。通常のオークが人間を襲うことに味をしめて盗賊と化した魔物ですから。」

准将の大槍は袋に包んだうえで僕が背負っていた。確かに見た目では僕らは完全に丸腰である。

「それと、私のことはピオーネと名前でお呼びください。准将は何人もいますけど、ピオーネは私一人ですから。」

呼び方を変えるなんてむず痒いけれど、頼まれたからには頑張ってそう呼ばなければなるまいな。

 ともあれ林のなかほどまで進んできた。木々の間からしか日がささないので薄暗い。

「いつ出てきてもおかしくないですからね。気をつけましょう。」

そうは言うがさっきから見かけるのはみんな無害に等しい魔物ばかりだ。

 ほんとは依頼自体ガセなんじゃないかとさえ思い始めたそのときだった。

「危ない!! 」
「!! 」

ピオーネは僕を突然押し倒した。何事かと思い僕のいたところに目をやると、槍が突き刺さっていた。

「だから気をつけてって言ったでしょう! 」

「気をつけてって言ったって。」

ピオーネは僕の背中の袋から素早く大槍を抜いた。彼女の目線の先には木陰から出てきた魔物が五匹。人間よりも二回りは体が大きい。いかにも野盗という見た目をしている彼らは、投げ槍が命中しなかったのを残念そうにしていた。

「あれですよ、バンデットオーク。やっぱり向こうから来てくれましたね。」

まだ槍を持っていた四匹は間髪入れずにピオーネ目掛けて槍を投擲した。

「当たるわけないでしょう! こんなの。」

ピオーネは横薙ぎ一閃。オークの槍四本を全て弾き飛ばしてしまった。

 オークたちはたじろいだものの、すぐに腰のナタを抜いた。五体のオークはナタを前に構えてピオーネを囲みながらジリジリと距離を詰めていく。

 僕はというと、巻き込まれてもいけないので大人しく木十本分は離れたところから様子を見守っていた。

 オークの一匹が沈黙を破りピオーネに斬りかかった! が、次の瞬間斬られたのはそのオークだった。一瞬すぎてあわや見逃すところだった。

 オークのナタが振り下ろされるより速く、ピオーネは槍を振り上げてオークを斜めに斬り上げたのだ。気の毒というのもおかしいが、可哀想なオークはナタごと真っ二つにされてしまった。

 人間ものと思えない剛力を目の当たりにして、自分の目が信じられなかった。僕以上に残りのバンデットオークたちは混乱したが、みなそれぞれにピオーネに襲いかかった。

「逃げたほうが賢明でしたけどね。」

四匹のうち前にいた三匹は一瞬のうちに頭を突き貫かれてしまった。これは僕は目で追えなかった。ただ気づいたときにはオークたちの頭に穴が開いていたのである。

 残された最後の一匹はさすがに怖気づいてピオーネに背を向けて走って逃げ出した。が、もうすでに手遅れだった。

「すいませんが、依頼なのでね。恨まないでくださいよ。」

ピオーネは地面を一蹴り。距離にして十五メートルはあるだろうオークまで一瞬で距離を詰めてしまった。

 その勢いのままピオーネはオークの背中を全力で突いた。槍で突いただけだというのに、破裂音がした。倒れたオークの体にはマンホール大の穴があった。

 バンデットオークは依頼書にも五匹と書かれていたので、もういないはずだ。僕は木陰から出てピオーネの元まで歩いた。

「お疲れ様。すごかったね。」

「いえいえ、このくらいは余裕ですよ。」

「でもこの間の大蛇のときよりも動きが良かった気がするよ。」

そう、今日の彼女はこの前よりも数段調子がいいようだったのだ。僕がそういうと、彼女は苦笑いを浮かべた。

「恥ずかしながら……私乗り物が弱いのです。馬車なんて特に。馬に直接乗るのは全然大丈夫なくせに、おかしいでしょう? 」

乗り物酔いはどの世界も共通なのかしら。元の世界にも、自分で運転するときは酔わないくせに人が運転する車に乗ると酔う奴がいた。馬に直接乗るときは大丈夫というのはそういうことだろう。

 しかしなんだ。この前は馬車に酔っていて調子が悪かった状態で大蛇に一歩もひかなかったのか。それで調子が戻ったらこの通りの強さというわけだ。いよいよ、ただの人間というには無理があるぞ。



 帰り道は極めて平穏。僕たちはすぐにゴースまで戻ってくることができた。

「そういえばですけど、子爵の相談事って大丈夫なんですか? 」

あ……完全に忘れていた。金のことで頭がいっぱいになってしまっていた。

「ああ、まあまあだね。」

「へえ。ま、頑張ってくださいよ。情報が引き出せるか否かはあなたにかかっているのですから。」

そうプレッシャーをかけられると胃が痛くなってくる。


 依頼達成の報告と報酬の受け取りのためにギルドに戻ると、掲示板のあたりで揉めているヒャッハー二人組がいた。僕はあまり関わり合いたくないので避けて通ろうとしたが、ピオーネは軍人として見過ごせなかったらしい。彼らのもとまでいくと二人に話しかけた。

「君たち、どうしたんだ? 」

彼らは突然話しかけられて驚いてはいたが、すぐにピオーネに主張をぶつけ始めた。

「なあ聞いてくれよ姉ちゃん。こいつが魔物討伐に行きたくないからって採集依頼ばっか持ってくるんだよ。そんなんじゃ稼げないだろ? 」

「いやいや、安全なのに越したことはねえんだよ。この前だって怪我したじゃないか。俺たちそんなに強くないんだから無理しちゃいけねえよ。あんたもそう思うだろ? 」

なるほど、冒険稼業の方向性の違いというわけか。確かに討伐クエストのほうが採集クエストよりも報酬が断然いい。桁が一つ違うほどだ。

 だが、その分危険もつきものだ。実際ついさっき僕は槍が刺さりそうになった。安全重視で採集クエストばかりをこなすのも立派な戦略である。

「どっちもやればいいじゃない。ただしお互い歩み寄る形で。」

ピオーネは答えた。

「歩み寄る? 」

「たとえば討伐クエストはできるだけ危険度の低い魔物に絞る。逆に採集クエストは割りのいい依頼だけを受けていく。そうすれば互いにやりたいことができるし、不満も少ないだろう。」

それだと稼ぎは少なくなってしまうだろう。しかし金額ばかりを追いかけていては全てを失いかねない。二人の考えを両方尊重するのには、ピオーネの言うことが一番いいのだろう。

「まあ、それもそうか。」

「採集もやってみてもいいかもな。」

討伐ヒャッハーも採集ヒャッハーも意外に素直にピオーネの言うことを聞いた。見た目はゴリゴリの世紀末でも、案外気のいい人たちなのかもしれない。


 ピオーネは依頼書を受付まで持っていき、完了印を押してもらっていた。そのまま報酬が渡されたが、例の換金プレートの形式で手渡された。銀のプレートが一枚と銅のプレートが二枚だった。金額が120万イデだったから、銀が百万で銅が十万なのだろう。

「へえ、銀と銅のやつもあるのか。」

「はい? 」

「いや、金のやつしか見たことがなかったから。」

「嫌味ですか? 」

ピオーネは結構本気で引いているようだった。しかししょうがないじゃないか。本当に見たことなかったんだもの。



 しかし、今のヒャッハーたちを見ていてピンと来たことがある。昨晩の歌い鳥たちのことだ。僕は暗い中で歌おうとしたが、一瞬でやめてしまった彼らの姿を頭の中で思い出していた。もしかしたら……

「ねえピオーネ。子爵の相談、案外簡単に解決するかも。」

「本当ですか? 」

彼女の表情はにわかに明るくなった。

「だから、子爵のところにもう一度行こう。」

ピオーネはもちろん首を縦に振る。僕たちは一路子爵の大屋敷へと向かった。
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