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八章 逃避行と商人の街

四十話

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 僕らの間を、裸の馬が何頭も通っていった。もともと僕たちの巨大馬車を引いていた子たちだ。

「おお、逃げ出してきてくれたのか。」

「クロードくんが引き綱を剣で断ち切ったんですよ。」

兵士くんは先頭を走っていた。

 僕は兵士くんのことを見直した。こういうときになると、頼れるようになる。ワインセラーを持ち込んだことも許してやろうか。

「このまま追いつきますよ。」

身軽になった僕たちは、追いつかれるはずもなく、軽快に走った。

 「マテマテマテマテ! 」

後ろからやかましい声が聞こえた。

「なんだ? 」

振り返ると、唄い鳥がいた。そうだ、こいつだけは動物用の馬車に乗るのを拒んで、頑なに巨大馬車を離れなかったのだ。

 僕たちはカゴを開けてやってから、脱出したのだが、この鳥もしっかり逃げ出してきたようだ。

 唄い鳥は僕の肩に止まった。

「フウ、アブナカッタ。ヤキトリニサレルカトオモッタゼ。」

お前の身なんて誰も食わねえよ。不味そうだし。

 それともうひとつ、僕は卵を自分のリュックに背負ってきている。かの大蛇の卵だ。

 もはや孵るのかどうかさえも分からないのだけれど、無性に放っておけなくなってしまって、持ってきた。

 先ほどまでのドタバタの中でも、壊れてはいなかったので、一安心だ。

 

 

 落ち着いてみると、これって結構緊急事態じゃないか?

「機械どうするんだよ! 」

「もう考えても仕方ないですよ。すでに回収されてると思いますよ。」

「壊されたらどうしよう。」

「壊しはしないと思いますけどね。向こうにも価値は分かるでしょうから。」


 僕たちはようやく、元いた部隊に追いついた。動物たちの馬車も全て無事なようだ。

「君たち! 無事だったか! 」

「ええ、なんとか。」

メイデン少将は部隊の一番先頭にいた。

「しかし、馬車を失いました。」

「いや、命あっての物種だよ。機械なんてあとでどうにでもなるさ。」

「しかし、結構余裕で振り切れそうですね。」

追っ手との差はどんどん開いていた。

 まるで、僕たちのことを本気で攻撃しようと言う気がないようにさえ思えるくらいのスピードだ。

「おそらくはホルンメランの軍を追いやることが目的なのだろう。」

「どうしてです? 」

「ホルンメランとシャラトーゼの両軍がここまで来ているということは、向こうにも知れている。」

「そりゃ宣戦布告まで叩きつけましたからね。」

「そこで向こうはこの二軍を分断しようと考えたらしい。」

「ホルンメランだけを追い立てたのはそういうわけで。」

「俺たちを南方に送ったわけだ。まあもともとその予定だから問題ないのだけどね。」

へえ、敵もいろいろ考えてるんだな。

 しかし、これではホルンメランだけがニフラインから避けられた形になっているじゃないか。

「向こうはシャラトーゼ本団が来る方が都合が良かったんでしょうかね? 」

「そうだろうな。敵も馬鹿じゃない。ホルンメランとシャラトーゼの力の差くらい分かっているさ。」

へえ、本団のくせにめちゃくちゃ舐められてるんだな。

「しかし、兵士の数だって本団の方が多いんじゃないんですか? 」

「いやいやタイセイさん。それは安直ですよ。」

兵士くんがたまたま隣まで来ていた。

「数なんて当てにはならないですよ。」

「どういうこと? 」

「極端な話ですがね。子猫十匹とライオン一頭じゃどっちが強いと思います? 」

「そりゃあ聞くまでもないだろ。」

「そうですよね。まあシャラトーゼの兵たちを貶すつもりはないんですけどね。それに、指揮官の差の方が大きいです。」

「ピオーネとフリージア少将? 」

「あの二人はかなり違いますよ。まあこれから見ていくうちに分かっていきますよ。」


 軍は加速を始めた。

「どういうことだ? そんなに急がなくても振り切れるだろ。」

後ろの追っ手の軍はもう地平線に見切れようというところだった。

「伝令! 伝令! 」

伝令兵のが後ろの方までやってきた。

「我が軍はこのまま南方のサミュール要塞を攻撃。これを陥落させて我が軍の本拠にするとの方針。」

「ご苦労。」

メイデン少将が手で合図すると伝令兵は前の方へと帰っていった。

 この先に要塞があるのか。しかしこのままそこを攻めるらしい。

「どうやらそのためにスピードをあげたみたいだな。追手が完全に見失うところまで行くために。」




 そこから1時間ほど猛ダッシュし続けた。まあ走るのは僕じゃなくてヒカルゲンジなのだが。

「オイ、ヨウサイガミエタゾ。」

肩の唄い鳥がそう言うので、前方の彼方を見ると、灰色の要塞が見えた。

「デカイな、ありゃ。」

要塞は石造りの巨大な壁に包まれている。壁の上にはいくつも大砲が見えている。





 軍は要塞目掛けて進んでいくと、

「攻撃開始!! 」

「おおおお!!! 」

掛け声と共に攻撃が始まってしまった。

「いやいやいや、もっとこう、手順みたいなのがあるだろ! 」

包囲も、陣を張ることもなく、そのまま突撃を始めてしまったのである。

 ただし、兵士たちの動きは実に統率が取れている。とても突然攻撃を始めたようには思えない。

「いけるんですか? これで。」

「いけると踏んだんだろうよ。」

この判断はおそらくパゴスキーがしたのだろう。
 

 要塞はさすがにその名前に恥じないくらいの堅牢さだった。攻め込もうとしている兵士たちはなかなか壁を登れずにいる。

 兵たちはどんどん登っては落とされをくりかえてしている。素人目ではあるが、この様子からして、無謀に見えてしまう。

 僕はピオーネがどういう意図でこんなことをしているのかが気になってしまい、本隊のテントに向かった。

 ピオーネはテントの中で地図を見ていた。

「地図見て何してるの? 」

「あら、タイセイさん。ご覧の通り、ニフラインの地図なんですけどね、あの都市の周辺をどの順番で落としていこうかを考えていたところです。」

「いやいや! 目の前の攻撃は? 」

「ああ、あれですか。もうすぐ終わりますよ。」

「どうしてさ? 全然攻略できてないように見えるけど。」

「じきに分かりますよ。」

ピオーネはニフラインの都市の周辺を立体図で吟味し始めた。

「悠長な……。」

 そのとき、一羽の鷹がテントに舞い込んできた。

「あら、もう来ましたか。仕事が早いですね。」

鷹はピオーネの前に止まった。

 鷹の足には、筒が付いており、ピオーネはそれを開けてから、中に入っている紙を取り出した。

 ピオーネはその紙を一通り流し読みにすると、笑みを浮かべた。

「終わりますよ。」

彼女は紙を僕に渡した。

 紙に書かれてあった内容は以下の通り。

「貴軍の攻撃開始を合図として準備し、ただいまそれが完了せり。正門制圧まで十五分も掛からざると思われる。制圧次第開門するので、入城されたし。  シェイニー・ダイバード准将 」

とのこと。

「これは? 」

「要塞内で私たちの方についてくれそうな将官がいましたから、連絡を取ってみました。そしたら案の定、この通りですよ。」

こっちについてくれるのは有難いのかもしれないけど、そうホイホイと裏切ってくるのはどうなのかな。

「そんなに簡単に裏切ったりするものなのか? 」

「いえいえ、裏切るとかじゃないですよ。むしろ、ダイバード准将はセルギアン公爵に固く忠誠を誓っております。反乱自体が裏切りですからね。間違えちゃいけませんよ。」



 ほんとに十五分も経たずに要塞内は静かになり、門は開かれてしまった。

「上手くいくもんだな。」

「そのために一生懸命考えてますからね。ほら、早く入城しましょう。タイセイさんも準備してきてください。」

ピオーネはテントを出て兵士たちに指示を始めた。

 僕もヒカルゲンジのもとに戻ってから、ライアンくんと兵士くんにも話した。

「へえ、さすがのサミュール要塞も内側からこじ開けられたらひとたまりもないというわけですか。相変わらずハマりますね、パゴスキーさんの作戦。」

不思議なほどに作戦が成功していくのは、僕としても理解が追いつかない。

 僕たちとメイデン少将の部隊も本隊に遅れる形でサミュール要塞に入った。

 門の中には、かなりの数のニフライン兵が倒れていた。免疫のない僕にとってはキツい光景だ。

 サミュール要塞の全体に不審な部分がないことが確認されると、僕たちには要塞内の一部屋が割り当てられた。

 あまり綺麗ではなかったが、十分に広かった。贅沢は言えないし、これでもいい方だ。

 さっきまでの逃避行の疲れもあるし、三人で少し休んでいると、部屋の扉がノックされた。

「パゴスキー少将がタイセイさんをお呼びです。司令室までお越しください。」

またまた呼び出しだ。
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