「知ってはイケナイ。」

晴れ。

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閑話ー続

ー閑話ー2 ところてん

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「お前は今日から

 うちの子だからね」




そう言われて随分の年月が過ぎた。

父に初めて会った時

非常に不思議に思ったのだ。




毛が生えてない。

ヒゲもない。

コワイ顔をしていない。



ニコニコしている。




父ー養父であり最初の師でもある。



僧侶を生業とする父の頭は

綺麗に剃髪されていたのだ。



ツルツル頭を見たのは

生まれて初めてだったのだ。



目をこれでもかと見開いて

口は、

たぶん半開きだったんじゃないだろうか。




ニコニコのツルツル。

初めて見る

コワクナイヒト

だった。



「頭ツルツル

 見るのは初めてかい?

 面白いか?

 触っていいよ」



僕の手を取り

頭に持って行く。

それまでの「日常」ならば

直ぐに手を引っ込めただろう。



ビク、リ。



父は気にせず

自分の頭を

僕に撫でさせた。



「ほーらツルツル」

「・・・・・・」

「こっちもツルツル」

「・・・・・・」



ツルツル頭は 

どこまでもツルツル。



ツルツル頭をツルツルしているうちに

楽しくなってきたのを覚えている。

その時の僕は

傍から見ても反応は乏しかろうに。




その場に数人いた警官たちは

険しい、嫌そうな表情のままで。




今 思えば、だ。

「痛ましい」ものを見た

辛い表情だったのだけれど。

当時の僕には

そんなことは判らない。

「怒り」や「嫌悪」の表情との差は

表情からは伺い知れない。




ヒトやオトナは

そういうモノ。

コワイモノ。




そんなものに囲まれて。





毛布にくるまれる。

抱きかかえられる。

車に詰め込まれる。

雑音交じりの無線の音。



「もう大丈夫」



毛布ごと僕を抱えた警官が

言った。



「可哀想に可哀想に。

 もう大丈夫だぞ。

 怖くないぞ大丈夫だぞ」



毛布が暖かくて。



「痛くないか?

 痛いよな、がんばったな。

 いい子だ

 がんばったな、いい子だな」



その時の僕は幼かった。

抱き抱えた警官の言葉の意味は

あまり理解してはいなかった。

理解してはいないが

言葉自体は

鮮明に記憶している。



毛布がとても気持ちよかった。






ニコニコツルツルが現れた。

ツルツル。

ツルツル。

時々、ジョリ。

ニコニコ。

声を出して

もっとニコニコ。



あの時

僕は幾つだったのだろう。



誰も知らなかった。



推定で3~5歳ではなかろうか、と、

医者も見立てに窮きゅうしていたようだ。




ガリガリに痩せていた。

骨皮で、おまけにカサカサしていた。

健康そうな肌も特になく。

鬱血の浮いた隙間が裂けていて。

縫合された痕は

今でも薄っすらと確認できる。




辛うじて生きているらしきモノを

ニコニコツルツルは

大切に連れ帰ったのだ。






碓井うすい 溫彌はるや



名前がなかった僕に

父が一生懸命考えてくれた。

最初に呼んでくれたのは

やはり父。





ただの見習い。

ただの手伝い。

ただの小僧以下。



寺を継ぐかは後でいい。

今はこれで十分と思っている。






ところてんは旨い。



ところてんは

縁側で食べると幸せになるのだ。



初めて家に来て

最初に食べたのは

ところてん だった。

縁側で父と二人食べた。



いつもは美味しく食べるだけ。

今日は何故か「思い出し」ていた。






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