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五公演目――瑠璃とエンジェルズシング

一曲目:ウィリアム・セイラー

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「天使の左腕?」

 聞き返したオレに、アーティーは困り顔で頷いた。沢山ある二段ベッドのひとつ、オレが座ってるベッドの向かい。下の段に座るアーティーの右手には、白い石で出来た小さな天使が握られてる。そう、一目で天使だって分かるぐらいにはよくできてた。教会なんてよっぽど困った時にご飯貰いに行くだけだし、でっかい天使像があってもあんまジロジロ見ないけど。小さい頃も、うちはそこまで熱心な家じゃなかったし。それでもすぐに天使、それも大天使ぐらいの立派な天使だろうなって理解できるぐらいには綺麗だった。ただひとつ、左腕がありそうな部分に何もないってとこ以外は。

「……そういうやつなんじゃないの? ほら、首から上しかない像とか、逆にめちゃくちゃいっぱい羽はえてるのとかあるし」

「それならいいんだけど……でも右腕はあるみたいだし、断面がでこぼこしてて……」

「どれ? ……ああ~、これは折れたっぽいな確かに。この像自体手のひらに乗っかるサイズだし、どっかに転がってても気付かれなさそう」

 そっかあ……って、アーティーはしょんぼり肩を落とした。アーティーも、特別信心深いってわけじゃなかった気がする。だからきっとこれが犬のぬいぐるみでも生きてる小鳥でも、同じ反応だったんだろうなと思うと。なんとかしてあげたいな、って気持ちになるまで時間はかからなかった。見つかる可能性はすごく低いって、考えなくても分かったけど。

「いいよ、行こう! 陽が暮れるまでまだ時間あるし」

「ほんと? ありがとう……すごく、嬉しい」

「一人よりは二人、二人よりは三人! 人数は多いほうがいいしさ。で、どこで拾ったんだっけ」

「えっと……そう、リトル・イタリーの方」

 それなら、ここから歩いて十分ぐらい。イタリア語はそれなりに話せるし、左腕を探しながら歩くぐらいなら問題ないはず。チャーリー……は、通勤時間のピークを過ぎても売れなかった新聞をちょっと遠くの地区まで売りに行ってくれてるんだった。数部だけだから寮に戻ってろ、って言われたっきり二時間ぐらい経ってる。

「ついでにチャーリーの様子も見に行こうぜ。よっぽど売れないんだよ今日」

「そんなにつまんなかったっけ、今日」

「っていうかほら、万博でタイムカプセル埋めるとか書いてあったしさ、仕事だった奴も休んでるんじゃない?」

「なんだア? どォか行くのかァオ前らア」

 向かいのベッド上段から、長めの前髪が垂れる。覗き込まれる形になったアーティーから、あれえ、と間延びした声がでる。

「ベルの目、初めて見た。綺麗だね」

「んな、今そんな話してねェだろオ!?」

「え、そうなの? オレも見たい!」

「ッッ、イイから答エろオ!!」

 頭からシーツを被って、ベルの顔が見えなくなる。恥ずかしかったのかな。でもアーティーは綺麗って言ってたけど。まあ無理に見ることもないか。

「リトル・イタリーの方。ベルも行く?」

「……行かねェ」

「そっか。じゃあチャーリーに会ったら、日没までには帰るって言っといてくれる?」

「……覚エてたらなア」

 ぶっきらぼうに言われたけど、多分ちゃんと伝えてくれるはず。シーツが丸く縮こまっていくのを見届けて、オレたちは昼下がりの寮を出た。
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