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その手に還る祈り
しおりを挟む「ジュリアン様……!」
叫んでも、もう彼は答えなかった。
彼の背に突き刺さった短剣は深く、血がどくどくと流れ出している。アヴェリンがその背にすがると、彼の身体は力なく前に傾いでいった。咄嗟に腕を回して抱きとめると、その重みがあまりに現実で、涙が喉までこみ上げる。
「……エルリック兄さんに続いてジュリアン兄さんまで……」
マイロが呆然と膝をつく。ケイランでさえ剣を握ったまま動けずにいた。
「嫌……もう、やめて……っ」
アヴェリンの両手が、ジュリアンの顔を必死に支える。けれどその目は閉じられ、唇から色が失われてゆく。
――まただ。
また、私のせいで……。
あの夜のことが、脳裏によみがえる。
エルリックの、あの絶望に満ちた叫び。震える背中。私を拒絶する瞳――
――二度と、あんな思いはしたくない。
「私が、守られてばかりで……!」
涙で滲んだ視界の中、アヴェリンはジュリアンに突き刺さった短剣を抜くと顔にそっと額を押しつける。
「お願い……返して……!」
ふと、脳裏に響く。
――祈れ。私には、その力がある。
女神の祝福。それは与えられた4つの力のひとつ――
「聖女の吻」
アヴェリンはその力を、まだ誰にも見せたことがなかった。
「ジュリアン……」
彼の頬にそっと触れ、震える唇を重ねる。
それは祈り。願い。命を繋ぐ、儀式。
「どうか、どうか……帰ってきて」
唇が離れた瞬間――
淡く、柔らかな光がジュリアンの身体を包んだ。まるで夜明けのように、静かに、けれど確かに、その身体の中心から広がってゆく。
「……な、なんだ……?」
レオポルドが驚愕に目を見開き、ケイランも息をのむ。
マイロは「女神の……奇跡…………?」と唇を震わせていた。
その光は、アヴェリンの両手を通して、ジュリアンの胸へと染み渡っていく。そして、刃が深く突き刺さっていた背の傷がみるみるふさがり、流れていた血も止まっていく。
まるで時を巻き戻すかのように。
「嘘……まさか、生き返るのか……?」
誰かが呟いた瞬間だった。
ジュリアンのまつげが、微かに震えた。
「……ん、っ……」
かすれた息と共に、彼の瞳がゆっくりと開かれる。
「……アヴェ……リン?」
その瞳が焦点を結び、彼女を捉える。
「……これは……君が……」
ジュリアンの腕が、ゆっくりとアヴェリンの背に回された。
「……生きて……る……?」
彼の手が、震えていた。けれど確かに彼女を抱き寄せる力が、そこにあった。
「ジュリアン殿下ぁ……!」
アヴェリンの頬に、涙がぽろぽろと零れる。
「どうして……こんな事を……馬鹿なんですかっ……!」
彼女が泣きながら叫ぶと、ジュリアンは微かに笑った。
「……君が……無事で……よかった……怖い思いをさせてしまって……すまない……」
声はまだ弱々しく、かすれていた。
けれど、その眼差しはいつものように優しかった。むしろ、以前よりもずっと、深く、彼女だけを見つめていた。
アヴェリンの胸の奥で、何かが静かにほどけていく。
それは恐れか、悲しみか、それとも自責か。
けれどそれらすべてが、ジュリアンの生還によって、癒されていく気がした。
「……私の為に……自分の命を犠牲にするような事……しないでください」
ぽつりと呟くと、ジュリアンは目を細めて、そっと彼女の頬に手を伸ばした。
「……君の涙を、もう二度と見ない為に動いたつもりだったのに……これでは意味がないな」
昨夜2度と涙を流さないと誓ったはずだったのに……アヴェリンは無意識に流れていた涙に気づきハッとした。
「……」
「君が無傷で良かった……本当に……よかった……」
アヴェリンは答えず、ただその手に自分の手を重ねた。
周囲は静まり返っていた。
誰もが、その奇跡の光景に息を呑み、目を離せずにいた。
「これが神に与えられし女神の力か……」
レオポルドが、息を殺すように呟く。
「お伽話ではなかったのですね………」
マイロは、驚きとともに、アヴェリンを見つめる。
ケイランは無言で腕を組み、その表情に複雑な影が差していた。
「女神の代行者……アヴェリン・ド・レイヴェンコート……」
誰かがその名を呟いた。
その瞬間、アヴェリンの存在は、ただの少女ではなく――**奇跡を呼ぶ“選定者”**として、そこに確かな存在感を示した。
そして、彼女が守りたいと願った者の命は、確かにその手の中にあった。
「アヴェリン……ありがとう」
再び、ジュリアンの声が静かに響く。
彼女はうなずき、涙に濡れたまま微笑んだ。
「……こちらこそ、私を守ってくれて……生きていてくれて……ありがとうございます」
誰も動けずにいる中、アヴェリンとジュリアンだけが、静かに見つめ合っていた。
血の上に咲いた命の奇跡。
それは、一度失われそうになった2人の関係を――より強く、深く、結びなおすものだった。
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