発情の条件 ~夜と初恋2~

残月

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夜と初恋・番外編

甘い日々 1

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 月冴ゆる一月半ばの土曜日。狩野かのうりつは暖かな店内から真冬の屋外へと足を一歩踏み出した。
 もうすぐ午後十時になるという時間の風は予想通り身を切るように冷たい。はあっと空に向かって息を吐くと、白いもやが煙のように立ち上った。
「律。帽子、忘れてるぞ」
 遅れて出てきた大柄な男に、フワフワの毛糸で編まれたニットキャップを頭から被せられる。
「すみません……」
 律はニットキャップをちょうどいい位置に整えると、アルコールでほろ酔いになった恋人のおき一彬かずあきを見上げた。
「沖! これ持って帰って!」
 慌てた声と一緒に天井まで伸びたガラス張りのドアが開いて、カフェ&バー『Black sheep』の店長、香原かはら ゆいが顔を見せる。
「コロンビアのフルシティロースト。前に好きだって言ってた農園のものが手に入ったから」
 香原が手にしていたのは、深いコクと甘みのバランスがいいのだと言って沖が愛飲しているコーヒー豆だった。
「ああ、ありがとう」
 沖がそれを受け取ると、香原はいたずらっぽい笑みを浮かべて沖へこう言った。
「ねえねえ、今度は僕たちが新婚家庭冷やかしに行ってもいい?」
「おう、いつでもこい。俺と律のラブラブっぷりを見せつけてやるぞ」
 沖は香原へそう答えると、律の肩をギュッと抱き寄せて頬にキスを落としてきた。
「沖さん……!」
 慌てて沖を引き剥がそうとするけれど、力ではとても敵わないのはわかっている。
「あははっ、溺愛だねえ。よし、近いうちに享二きょうじとお邪魔するよ。都合があえばシュウちゃんと松川もね」
「『Swallow』での新年会が結局ダメになったからな。改めてうちでするか。いいだろ、律」
 沖の言葉にもちろんだと頷く。
「じゃあ鍋でもつつこうよ。フグか鴨が食べたいけど、律くんくらいの男の子だったら鴨のほうがいいかな」
 キラリと光る香原の琥珀アンバーの双眸が自分に向けられ、どきりとする。
 香原の醸し出す雰囲気は雪下とよく似ていたけれど、律は彼の視線が少し苦手だと思っている。
 香原の月のようなやわらかくて穏やかな見た目とは違い、その宝石に似た色のさやかな視線が律の心の奥底までも見通しているような気がするからだ。
「はい、鴨は好きです……」
 愛想笑いに近い笑みを浮かべると、香原はにっこりと笑って「じゃあ決まり」と沖の肩を叩いた。
「同棲のお祝いだからね、鴨肉とお酒は僕たちが買っていくよ。ケーキもいるかな? 沖と律くんは、お野菜とお蕎麦お願いね。さっそくシュウちゃんに電話して都合聞いてみるから」
「一番に連絡するのが片桐恋人じゃなくて雪下なのか」
 沖の疑問に、逆に香原が首を傾げた。
「なんで? 享二は仕事以外だったら、僕が行くならどこにでもついてくるよ。それより電車で帰るんでしょ。律くん手袋はしてないけど大丈夫かな」
「酔い醒ましに少し歩いたらタクシー捕まえる。冷えるからお前ももう戻れ」
 沖に律の片手をつかまれると、その手を沖のコートのポケットに入れられた。
「はいはい。じゃあ律くん、また今度ね」
 それを見た香原はニヤニヤと笑って手をこちらに振りながら、店のドアをくぐってしまった。
「寒くないか」
「はい」
 ポケットの中で絡められた指から熱が伝わってくる。返事と同時にそれを握り返すと、沖が長身を折って律のくちびるにキスを落とした。
「早く帰って……温まろう」
 沖のコーヒー色の瞳に欲望が浮かんでいる。律はそれに頷いて、沖の肩先に自分の頭を預けた。

     ✽
 
 獣のような息遣いが背後から聞こえる。ワイドキングのベッドで四つん這いになった後ろから沖に貫かれ、背中にぴったりとくっつくように抱きしめられている。
 前に回された手が律の乳首と屹立を弄んでいて、それぞれに与えられる快感に喘ぐことしかできなかった。
「あっ、ああっ……あ、んっ……」
 すべてを奪われ、すべてを与えられる。他に経験がないので比べようがないが、沖との交わりは良く言えば激しく情熱的で、裏を返せばお互いを明け渡すための魂のやり取りのようだった。
 全身全霊で愛される。そんな言葉がぴったりだと思った。
「気持ちいいか、律……」
 時々背中を吸い上げながら這う、沖の舌とくちびる。その手のひらが律の内腿から膝を撫でさすり、やわらかな尻肉をつかんでは腰の律動で熱い楔を打ち込んでくる。
「あっ、あッ……ん……い、いっ……」
 初めて沖と繋がってから半月が経った。夜ごとに幾度も求められ、身体はかなり沖に馴染んだと思う。
「……ッ、締まるッ……」
 切羽詰まった沖の声がして、律の肩を甘噛みされる。
「あっ……沖さん……、いいっ……すき……っ、好き……」
 噛まれることにすら感じてしまって、沖が与える悦びに思考を奪われた。
 中に突き立てられる怒張の抜き挿しが速さを増し、律の喘ぎ声といやらしい水音、そしてパンパンと二人の肌がぶつかる音だけが部屋に響き渡る。
「ア───ッ」
 パタパタと音がして、シーツに律の吹き上げた白濁が零れ落ちた。
「律……ッ」
 グッと後ろから沖の猛りを押し込まれ、腹の奥底に雄の精を撒き散らされる。じわっとナカが熱くなるようで、律はいつもこの瞬間に幸せを感じるのだ。
 はぁはぁと息を切らせて生理的な涙が浮かんだ目を閉じれば、沖に抱えられて彼の胡座の上に座らされた。そのまま背面座位の体勢で再び腰を使われ、再び律のいところをすべて擦り上げられる。
 今夜は何度、沖に抱かれるのだろう。もう沖のことしか考えられないこの頭では、数えることもできないだろうけれど。
「あ……っ、おき、さ……」
「愛してる……律……」
 二人のあいだに漂う濃密な官能へ飲み込まれながら、律は背後の沖にくちづけをねだった。

      ✽
 
 広いリビングのカーペットに座って船を漕いでいると、キッチンから食欲をそそる良い匂いがしてくる。
 お腹も空いているが床暖房の魔力にも抗い難く、とうとう律はブランケットを身体に巻きつけてカーペットへコロンと横になった。
 耳を澄ませると、もうお昼になるからと律を起こしにきた沖がキッチンで昼食の準備をしている。まな板で食材を刻む包丁の音、キッチンツールや食器が触れあう音、蛇口から水が流される音。
 沖が立てる幸せな音になんだか安心してしまって、昨夜も体力を消耗したせいで眠くて仕方がなかった。
 十年も眠れない日々を過ごしたくせに、最近は逆に寝てばかりいるような気がする。これも沖が律を甘やかすせいだ。
「りーつー、ご飯できたぞ。こら、カーペットに懐くな」
 寝癖のついた少し硬めの髪にダークグレーの上下のスウェット。あまり見ない沖のおじさん……もとい、ラフな格好に律は寝転がったまま目を細めた。
 どんな沖でも格好良いと思うのだから、とことん彼が好きなのだ。
「まだ腹が減ってないのか」
 髪がハネた格好いいおじさんの沖が、膝をついて律の顔を覗き込んでくる。
「減ってます。でも同じくらい眠くて……」
「じゃあ食ったあとに昼寝しよう。俺も一緒に寝る」
 沖にブランケットごと抱きかかえられ、簀巻すまきみたいになってダイニングテーブルへ運ばれた。
 そのまま沖が椅子に座り、その沖の膝の上に乗せられると「あーん」と言って沖が口元へスプーンを持ってくる。
「本日の昼食は洋風海老チャーハンだ。コンソメは入れてないから、濃くなくて食べ飽きないぞ」
 ん、と言いながらスプーンを近づけられると自然と口が開いてしまう。口に入れられたそれはバターと醤油がふわりと香って、沖の言うようにいくらでも食べられそうだった。
「おいしい……」
 親鳥から餌をもらう雛のように、沖から一匙ずつ海老チャーハンを食べさせてもらう。沖はといえば、律がそれを咀嚼しているあいだに自分も隣の皿から同じスプーンでチャーハンを食べていた。
「ごちそうさまでした」
 玉ねぎと人参の中華スープも平らげ麦茶を飲んでから手をあわせると、沖が再び律を抱え上げた。
「ベッドにいろ。片付けてから俺も行く」
「あ……片付けは、おれが……」
「いい。律は飯食って寝て、俺好みに太れ」
 沖はそう言って律を寝室まで運んでベッドへ下ろし、暖房の電源を入れてから律の額にキスを落とした。
「おれ、そんなに甘やかされたら……いまの倍くらいになっちゃうかもですよ」
「そうなる暇もないくらい毎晩ヤッてるだろう。俺はいまからでもいいんだぞ」
 物騒なことを言われて笑顔が引きつる。冗談とも言えないのが沖の怖いところだ。
 十分ほど経って、片付けを終えた沖が寝室に戻ってくる。律はその大きな腕に抱き込まれると、すぐに安心して目を閉じた。
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