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存じてますよ
しおりを挟む後ろ盾を持たないアレス殿下は、王太子である第一王子の庇護を得て、今の立場を確立させた。
王位簒奪を目論む第二王子陣営からはもちろん、王太子の母である正妃からも、卑しい泥棒猫から生まれた王子だと疎まれていたアレス殿下が、王太子の庇護を得るためには、必死に勉強して自分が有用であることを示すしかなかった。
「卒業すれば、私は正式に王政補佐官に任命される。その時点で即戦力になれねば、私に官職を与えてくださった兄上の顔を潰すことになる。だから今のうちに、仕事を覚えなければならないのだ」
ただでさえ官僚育成科は課題が多いのに、アレス殿下はそれに加えて、放課後は王政補佐官見習いとして王太子や宰相の下で公務に勤しんでいる。
正式な役職ではなく、給金も出ない代わりに、時間は本人の希望と都合に任せると言われているはずなのに、アレス殿下は自らの睡眠時間を削ってまで必死に公務を行っているのだ。
……無理はしないでくださいとは、私からは言えないな。
自分の基盤を安定させるのに必死なアレス殿下の邪魔はできないし、何よりも第二王子の問題がある。
病床の国王陛下に代わって、摂政として国をまとめている王太子殿下は、理知的でありながらも、穏やかで優しい御方だ。母である正妃様の介入もあってアレス殿下が幼い頃は手助けができなかったからと、殿下のために何かと心を砕いてくださっている。
だがしかし、軍務卿を務めている第二王子は、王位簒奪の最大の障害である王太子殿下はもちろん、王位継承権を持つアレス殿下に対しても明確な敵意を抱いている。もし王政補佐官になった殿下の仕事が不完全であれば、それを利用して殿下を追い落とそうとするだろう。
ちなみに第二王子の敵意の対象は殿下だけには留まらず、殿下の婚約者である私に加えて、私の叔父であるパウエル騎士団長にまで及んでいるらしい。
軍務卿と言えば、軍の財政などを取りまとめる立場であり、組織図で言うならば騎士団長であるパウエル叔父上の直属の上司にあたる。さぞいづらいだろうと申し訳ない気持ちになるが、元々叔父上は国王陛下のお気に入りだし、現在は第二王子のさらに上の責任者である王太子殿下からも慕われている為、存外不便はないとカラカラと笑っていた。
国のトップとNo.2から好かれていると、躊躇いなく公言できるあたり、さすがの豪胆さと人誑しっぷりと言う所だろうか。
「無理をなさらないでとは言えませんが、たまには休息も取られてくださいね。休息を取るのと取らないのとでは、作業効率が全然違って来ると聞いたことがありますよ」
柔らかい殿下の金色の髪を、そっと撫でる。
「ちゃんと半刻後には起こしますから、少しお眠りになってはいかがですか? 眠れなくても目をつぶるだけで大分違うらしいですよ」
「…………」
少し迷うように眉間に皺を寄せた殿下だったが、手のひらで目元を覆い隠すと、諦めたように目を閉じた。
「……10年も経てば、お前が膝枕なぞできないくらいの立派な体格になると思っていたのだがな」
「殿下は10年前に比べたら、ずいぶんと大きくなられましたよ」
「それでも……お前よりも大分背が低い」
「私の成長はもう止まりましたが、殿下の身長はまだ伸びてらっしゃるじゃないですか。殿下は幼少期の食生活の影響で成長が遅れているだけで、あと二年もすればきっと私より大きくなられますよ」
「……だと良いのだけどな……」
やっぱり疲れてらっしゃるのか、殿下の声が少しずつ間延びしてきて、徐々に眠りの縁を彷徨いだした。
殿下が速やかに入眠出来るように、殿下の髪を一定速度で、ゆっくりゆっくり撫であげる。
「……ナサニ、エル……」
「はい。殿下」
「……本当に、お前が他の令嬢を虐げたと思ったわけではないんだ……」
「存じてますよ」
「…………すまな、かった…………」
眠りに落ちる寸前に、掠れた声で謝罪を口にする殿下に、苦笑いが漏れる。
「存じてますよ。アレス殿下。ナサニエルは、全部存じております」
アレス殿下がただ、婚約破棄を宣言する為の口実が欲しかっただけということは。
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