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星祭りの夜
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人化が出来るようになった時の祝いで貰った小刀でリコセハの木を削る。
リコセハで細工をした経験は少なくないが、指輪を作るのは初めてだ。贈る相手もいなかったし、自分の為にわざわざ作ろうとも思わなかった。
中心に穴を開けた環の形を、木の枝から削り出すのは、なかなか根気がいる作業だ。大き過ぎれば削れば良いが、削り過ぎれば取り返しがつかなくなる。
先日洞窟で測ったミステの薬指の大きさを反芻しながら、慎重に作業を進めていく。
一区切りがついた時、ふと、ミステの視線に気がついて、木を削る手を止めた。
……一体いつから見つめられていたのだろうか。全く気がつかなかった。
「……休憩に、するか」
隣でひたすら何かをノートに書き綴っていたミステも、作業に一区切りがついたらしい。ちょうど良いタイミングだ。
俺が指輪を作り初めて以来、俺とミステはこんな風に隣り合ってそれぞれの作業をするようになっていた。
隣で何かをノートに書き記すミステの作業の意味を、俺は知らない。
知らないが、ただ、作業に集中するミステがあまりに真剣な表情をしているので、俺は作業の邪魔になることだけはしないと決めている。
……それなのに、どちらか一方が作業が中断をすると、自然ともう片方も作業を止めて一緒に休憩に入るようになっているのは、果たしてどういうわけだろうか。特別、俺がミステにそう求めたわけでもないのに。
慣れた手つきで、お茶を淹れるミステを横目で見ながら、そんなことをふと思う。
「……休憩をしたいと思う時間が、いつもたまたま合うだけならば、嬉しいけどな」
狼獣人の間で、伝わる昔話。
番になる夫婦は、生まれる前から運命によって定められていて、その証として同じ間隔で時を刻む体内時計を腹の中に宿して生まれてくるという。
食事や、睡眠、喜びの時から悲しみの時に至るまで、腹の中の時計に支配されているが故に、番は誰より互いのことを理解できるのだと、幼い時分に寝物語で聞かされたものだ。
……自分の中の体内時計が指し示す時が、たまたまミステの時間と一致するというのなら、それほど幸福なことはない。
25年ごしに再会した「運命」を、改めて信じられる気がするから。
……まあ、十中八九、ミステが気を使って俺の休憩時間に合わせてくれているのだろうが。……妄想するだけは自由だろう。
「………ありがとう」
茶を淹れ終えたミステからカップを受けとると、静かに口に運んだ。
……料理の時は過分に「番補正」や、甘さに対する衝撃が作用していた気もするが、茶に関しては、客観的に捉えても、ミステが淹れたものは美味しい。普段俺が淹れるやり方と、一体何が違うのだろうか。
……聞いてみたい気もするが、このままミステにずっと茶を淹れて欲しいという下心もあり、ついつい彼女の好意に甘えてしまっている。
喉元を通っていく爽やかな苦みを感じながら、目を細めた。
隣り合って座りながら、ただ二人でお茶を飲む。
……そんなささやかな時間が、たまらなく幸せだ。
「……作業は、順調か?」
お茶を飲む合間に、ふと尋ねてみた。
「良い! 早い。 ……ローグ?」
恐らく肯定の意を示しているのだろう返事をしてから、俺の進捗を尋ねてくるミステに、少し口元が緩む。
「ああ。……順調だ」
祭りの夜までには確実にできあがるだろう。……とはいえ、失敗して作り直す可能性もある為、そう楽観もできないのだが。
恐らくミステは俺が何をしているのか知らないし、俺もまたミステがしていることの詳細は知らない。
……だが、今の俺とミステの関係からすると、きっとそれくらいがちょうど良いのだと思う。
祭りの時に、ミステは嫌でも俺の作業の意味を知ることになる。
そして、ミステが俺の指輪を受けとってくれて、その先も共に過ごすことが出来るようになれば、俺はいつかミステの作業の意味を知る日もくるだろう。
だから、今はただ、この穏やかで幸せな時間を共に過ごせるだけで、良い。
茶を飲み終えると、外から同胞の遠吠えと、笛の音が聞こえてくるのが分かった。
………あれは、北のシュデルが獣化して歌っているのに、妹のヘルデヤが笛を合わせているのだな。
シュデルの方は、歌というよりも最早普通の遠吠えにしか聞こえない酷い仕上がりだが、ヘルデヤはなかなか上手いじゃないか。……いや、これは元々歌がへたなシュデルの練習の為に、ヘルデヤが笛で音程を示して付き合ってやっているというのが状況的に正しいか。
そんなことを考えている傍らで、ミステが笛の音に聞き惚れていた。
祭りが近いから村の若者が練習しているのだと説明してやると、ミステは目に見えて顔を輝かせた。
星祭りの夜は、我々狼獣人にとって特別な夜だ。
年に一度、魔宝石の洞窟に溜まった魔力が空に向かって噴き出し、村の一帯の夜空を様々な色に染め上げる。
その美しい空を見上げながら、家族でご馳走を食べ、贈り物を交わし、それぞれの家庭で神を讃えた音楽を奏でるのが慣習となっている。
……そして、その夜。番を求める若い男女はこっそり家を抜け出して、意中の異性に愛の告白をするのもまた、祭りの定番になっているのだ。
リコセハで細工をした経験は少なくないが、指輪を作るのは初めてだ。贈る相手もいなかったし、自分の為にわざわざ作ろうとも思わなかった。
中心に穴を開けた環の形を、木の枝から削り出すのは、なかなか根気がいる作業だ。大き過ぎれば削れば良いが、削り過ぎれば取り返しがつかなくなる。
先日洞窟で測ったミステの薬指の大きさを反芻しながら、慎重に作業を進めていく。
一区切りがついた時、ふと、ミステの視線に気がついて、木を削る手を止めた。
……一体いつから見つめられていたのだろうか。全く気がつかなかった。
「……休憩に、するか」
隣でひたすら何かをノートに書き綴っていたミステも、作業に一区切りがついたらしい。ちょうど良いタイミングだ。
俺が指輪を作り初めて以来、俺とミステはこんな風に隣り合ってそれぞれの作業をするようになっていた。
隣で何かをノートに書き記すミステの作業の意味を、俺は知らない。
知らないが、ただ、作業に集中するミステがあまりに真剣な表情をしているので、俺は作業の邪魔になることだけはしないと決めている。
……それなのに、どちらか一方が作業が中断をすると、自然ともう片方も作業を止めて一緒に休憩に入るようになっているのは、果たしてどういうわけだろうか。特別、俺がミステにそう求めたわけでもないのに。
慣れた手つきで、お茶を淹れるミステを横目で見ながら、そんなことをふと思う。
「……休憩をしたいと思う時間が、いつもたまたま合うだけならば、嬉しいけどな」
狼獣人の間で、伝わる昔話。
番になる夫婦は、生まれる前から運命によって定められていて、その証として同じ間隔で時を刻む体内時計を腹の中に宿して生まれてくるという。
食事や、睡眠、喜びの時から悲しみの時に至るまで、腹の中の時計に支配されているが故に、番は誰より互いのことを理解できるのだと、幼い時分に寝物語で聞かされたものだ。
……自分の中の体内時計が指し示す時が、たまたまミステの時間と一致するというのなら、それほど幸福なことはない。
25年ごしに再会した「運命」を、改めて信じられる気がするから。
……まあ、十中八九、ミステが気を使って俺の休憩時間に合わせてくれているのだろうが。……妄想するだけは自由だろう。
「………ありがとう」
茶を淹れ終えたミステからカップを受けとると、静かに口に運んだ。
……料理の時は過分に「番補正」や、甘さに対する衝撃が作用していた気もするが、茶に関しては、客観的に捉えても、ミステが淹れたものは美味しい。普段俺が淹れるやり方と、一体何が違うのだろうか。
……聞いてみたい気もするが、このままミステにずっと茶を淹れて欲しいという下心もあり、ついつい彼女の好意に甘えてしまっている。
喉元を通っていく爽やかな苦みを感じながら、目を細めた。
隣り合って座りながら、ただ二人でお茶を飲む。
……そんなささやかな時間が、たまらなく幸せだ。
「……作業は、順調か?」
お茶を飲む合間に、ふと尋ねてみた。
「良い! 早い。 ……ローグ?」
恐らく肯定の意を示しているのだろう返事をしてから、俺の進捗を尋ねてくるミステに、少し口元が緩む。
「ああ。……順調だ」
祭りの夜までには確実にできあがるだろう。……とはいえ、失敗して作り直す可能性もある為、そう楽観もできないのだが。
恐らくミステは俺が何をしているのか知らないし、俺もまたミステがしていることの詳細は知らない。
……だが、今の俺とミステの関係からすると、きっとそれくらいがちょうど良いのだと思う。
祭りの時に、ミステは嫌でも俺の作業の意味を知ることになる。
そして、ミステが俺の指輪を受けとってくれて、その先も共に過ごすことが出来るようになれば、俺はいつかミステの作業の意味を知る日もくるだろう。
だから、今はただ、この穏やかで幸せな時間を共に過ごせるだけで、良い。
茶を飲み終えると、外から同胞の遠吠えと、笛の音が聞こえてくるのが分かった。
………あれは、北のシュデルが獣化して歌っているのに、妹のヘルデヤが笛を合わせているのだな。
シュデルの方は、歌というよりも最早普通の遠吠えにしか聞こえない酷い仕上がりだが、ヘルデヤはなかなか上手いじゃないか。……いや、これは元々歌がへたなシュデルの練習の為に、ヘルデヤが笛で音程を示して付き合ってやっているというのが状況的に正しいか。
そんなことを考えている傍らで、ミステが笛の音に聞き惚れていた。
祭りが近いから村の若者が練習しているのだと説明してやると、ミステは目に見えて顔を輝かせた。
星祭りの夜は、我々狼獣人にとって特別な夜だ。
年に一度、魔宝石の洞窟に溜まった魔力が空に向かって噴き出し、村の一帯の夜空を様々な色に染め上げる。
その美しい空を見上げながら、家族でご馳走を食べ、贈り物を交わし、それぞれの家庭で神を讃えた音楽を奏でるのが慣習となっている。
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