平蜘蛛

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平蜘蛛

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 カタっと音がして光が射してきた。二本のごつい手が私を木箱から持ち上げる。
 「ほおー、これが。」
 眼光鋭い瞳が私をじっと見つめている。
 私の名は「古天明平蜘蛛」下野国天明(現佐野市)で生まれた茶釜だ。そして、縁あってこのお方の元へやってきた。松永久秀。それが今、私を持っている主となる人の名だ。
 「お主、新入りか?」
 ここは数々の名品が収められている部屋だ。隣の茶器が話し掛けてきた。
 「わしは九十九髪茄子じゃ。」
 「古天明平蜘蛛と申します。平蜘蛛とお呼びください。」 
 九十九髪茄子は茶入れで抹茶を入れるものだ。丸っこく可愛い形をしているが妙に落ち着きをはらっている。
 「ところで、どうしてそなたは平蜘蛛という名がついたのじゃ?」
 うっ…これについてはあまり言いたくない。
 「その…蜘蛛が這いつくばっているような形状からつけられたものと聞いております。」
 「ほほっ、そうか…。蜘蛛が這いつくばっているからか」。
 周囲の茶器からもくすくす聞こえる。茄子に言われたくないわと思ったが、ここはこらえる。こうして、ここでの茶釜としての生活が始まった。
 
 静寂の中、湯が沸く音だけが響く。ここは多門山城。私の持ち主の松永久秀様の居城である。永禄六年、一月十一日、松永様主催の茶会が催された。私、平蜘蛛はここで初めて使用された。
 ここに来て、幾ばくか時が過ぎたが松永様のことが少しばかり分かってきた。この時代は茶の湯が盛んで、松永様はかなり有名な茶人だということを知った。最初は、こんな豪快そうでいかつい方がこんな繊細な茶道をやるとはとかなり意外だったが。そして、一流の茶人の条件は名物茶器を持っていること。
 「九十九茄子、あなたすごい茶器だったのね。」
 「当たり前じゃ。今頃、気づいたのか。」
 何度も茶会に出ている九十九茄子に比べ、私は今日が初のお披露目だ。客人たちはそうそうたる顔ぶれらしい。私はどうなのか?この茶会に値するのだろうか?

「少し嫉妬した。客人達が皆お主のことを見ておったからな。」
 茶会が終わり一息ついた時、九十九茄子がおもむろに言った。
 「私をですか?」
 「何だ、気づいておらんかったのか。」
 「緊張してその…」
 「茶器が緊張するとは聞いたことないぞ。いいか、松永様はお前を披露するために、半ば自慢もあるが、茶会を開いたのじゃぞ。もっと名品だということに自覚を持て。」
 私が名品…。私が。
 「全くもう」
 九十九茄子の呆れた声をただ聞くしかなかった。
 
 松永様は時折私を手に取り、よく愛でて下さる。何を言う訳でもなくただひたすら愛でる。それが何より嬉しくそして誇らしい。茶会で皆から注目されるよりより松永様と二人でいるときの方が幸せを感じる。こうしていると、松永様が武士だということを忘れる。少しでも疲れた松永様の心を癒してあげたい。ようやく私の…平蜘蛛としての役割が分かってきた。
 
 「平蜘蛛、お別れじゃ。」
 突然の九十九茄子の告白だった。
 「わしは織田信長のとこに行くことになった。」
 最近、松永様の周辺が騒々しいのは私でも分かる。それにしても、あれだけ可愛がっていた九十九茄子を手放すとは…。余程のことがあったのに違いない。
 「そうですか、寂しくなしますね。」
 「いや、案外早く会えるかも知れぬ。」
 「えっ?」
 「あっ、何でもない。達者でな。」
 こうして九十九茄子は信長のところに行ってしまった。思えばよく九十九茄子とは茶会に出ていた。あの丸っこい 
のがいなくなったのは妙な感じだ。

 「平蜘蛛、お前は信長のところにいくのか?」
 別の茶器がある日私に聞いてきた。
 「はっ、何を言ってる?行くわけがなかろう?」
 「信長はたいそうお前をご所望だそうだ」
 案外、早く会えるかも知れぬ。九十九茄子の言葉がよみがえる。
 ふん、誰が信長のところになんぞ行くものか。私の主君は松永久秀様ただお一人だ。
 
 しかし、この後とんでもない事態がやってきた。松永様が信長と対立したというのだ。
 松永様、どうかご無事で…。こんな時、自分が茶器であること、何も出来ないのが本当にもどかしい。せめて、人間ならば側にいてお守りすることが出来るのに。いや、出来る。私にしか出来ないこと。松永様、私を信長の元に行かせてくださいませ。あなた様を守れるなら私は喜んで信長の元に参ります。

 目の前を赤い炎が焼き尽くしている。松永様は信長を裏切り、大和信貴山上にたてこもった。
  私、平蜘蛛を差し出せば助けてやるという信長の申し出を断り、城は業火の中にいる。
 「平蜘蛛…、お前を巻き込んですまんのお。」
 松永様は私を優しくなでてくれた。
 いいえ、あなた様と一緒にいて幸せでした。直接、想いを伝えられたらと何度思ったことか。でも、もうそんなことはどうでもいい。
 松永様の腕の中にいられるのが幸せだった。
 そして、爆音が響き何も見えなくなった。

 
 
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