Fairy Song

時雨青葉

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第3歩目 呪い

狂気の女王

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 ―――遠くで音がする。


 何かを打ち付ける、甲高い音だ。
 それは近くに遠くに木霊こだまし、不気味な余韻だけを残して消えていく。


「う…」


 シュルクはうめく。


 とてつもなく頭とまぶたが重い。
 体中が鋭い痛みを訴えている。


 一体、何が……


「―――っ!?」


 記憶をまさぐって何があったのかを思い出し、シュルクは慌てて飛び起きた。


 


「いって!」


 しかし、体は全身を貫く激痛と共に地面に戻されてしまった。


「!?」


 どういうことなのか分からず、シュルクは目を白黒させる。


 体が動かないのだ。
 少しでも体を動かそうとすれば、何かに引っ張られる感覚と痛みが襲ってくる。


 目の前には、薄暗い部屋の天井が広がっているだけ。


(ここ、どこだ…?)


 シュルクは頭だけを軽く上げた。
 どうやら、首から上は動かしても支障はないらしい。


 とにかく自分が置かれている状況を把握しようと、首を回して周囲の様子を見回す。


「………っ」


 シュルクは、大きく目を見開いて固まるしかなかった。


 やたらと広い部屋だった。
 ゆらゆらと揺れる蝋燭ろうそくの灯り。
 壁を覆い尽くす黒い布。


 そして、何よりも目を引くのは床一面に描かれた魔法陣。
 自分は、その中央に寝かされていた。


 動けなかった理由は単純明快。
 穿うがたれたくいによって、服と羽が床に固定されていたからだ。


 さらに、自分の両腕にはいくつもの切り傷が走り、流れ出た血が床を濡らしていた。


 足にも刺すような痛みがあるので、もしかしたらこの傷は腕だけのものではないのかもしれない。


「なんだよ、これ……」


 意味が分からない。
 何がどうなれば、こんな状況になるのか。


 状況を把握するどころか、頭はむしろ混乱の中に叩き落とされてしまう。


「あらあら、起きちゃったのね。」


 部屋のドアが開く音がして、柔らかな印象を持たせる声が聞こえてきた。
 声の主はゆっくりと歩み寄ってきて、シュルクの傍に腰を下ろす。


「なっ…!?」


 自分の顔を覗き込んできた女性の姿を見て、シュルクは息を飲んだ。


 さらさらと流れる白銀色の長い髪。
 穏やかな藍色の瞳。
 耳に揺れる、王族を示すイヤリング。


 ありえるはずのない現実が、そこにあった。




 そこにいたのは―――ティーン族を治める女王、リリアだったのだ。




「ふふ、綺麗な瞳。髪や運命石とお揃いなのね。」


 リリアはどこか愛しげにシュルクの頬をなで、次にエメラルド色の髪をいた。


「それにしても、運がよかったわ。ヨルがあなたに目をつけておいてくれなければ、まんまと逃げられていたかもしれないわね。」


 くすりと、リリアは微笑む。


「あの子も馬鹿ね。あなたを私から逃がしたとしても、どうせ呪いからは逃げられないのに。」


「何、言って……」


「ああ、でも。あえて生かして、呪いに苦しむ様を見るのも一興かしら。」


 リリアはうっとりとした表情で、両手を合わせている。
 どうやら、こちらの言葉は全く届いていないようだ。


「―――でも。」


 途端に、リリアの口調が変わる。


「無理ね。それじゃあ、私が生きてる間にあなたが死ぬか分からないし。それに、目の前にあなたがいて自分で手を下さないなんて……そんなの、私にはただの拷問だわ。」


「―――っ!?」


 シュルクは呼吸をつまらせた。


 どこからか、リリアが取り出したもの。
 それは、心臓を易々と貫くことができそうな大振りのナイフだった。


「ふふふ…。いいわよ、その怯えた顔。」


 リリアの目に宿るのは狂気。


「報告書どおり、あなたって綺麗に霊子を寄せつけないのね。おかげで、下手に抵抗されなくて助かるわ。」


「………っ」


「ああ。最期に、これだけは言っておかなくちゃ。」


 リリアは歌うように告げる。


「別に、これはあなたのせいじゃないのよ。あなたは私に殺される運命だった。ただそれだけ。」


 笑い、リリアがナイフを振り上げる。


「恨むなら、ルルーシェを恨みなさい。」
「―――っ!!」


 迫り来るナイフに、理性の糸が切れる。


(とにかく、逃げなきゃだめだ!)


 けたたましく脳内に警鐘が鳴り響く中、シュルクは必死に体を動かそうともがいた。
 すると幸運にも、くいで縫い止められていた服が破れた。


 それを理解する余裕もなく、体が動くままに無意識で床を転がる。
 ナイフがかすったのか、首に微かな痛みが走った。


「あら……」


 狙いを外して床に刺さったナイフを見下ろし、リリアは残念そうに息を吐いた。


「だめじゃない。けなければ、楽に終わらせてあげたのに。」


 リリアの視線を受けながら、間一髪で拘束からのがれたシュルクは荒い呼吸を繰り返した。


(なんで……なんで!?)


 脳裏がそれで埋まる。


 どうしてこんなことになっているのだ。
 リリアは自分のせいではないと言ったが、それでは彼女に殺される道理が分からない。


 それが運命だったから?
 ふざけるのも大概にしてくれ。
 それに、ルルーシェとは誰のことだ。


 疑問は尽きないが、そんなことを考えている余裕はなかった。


「ふふふふふ……」


 リリアがナイフを片手にこちらへと近寄ってくる。


 疑問はひとまず置いておいて、今は彼女からどうにかして逃げることが先決だ。
 そう自分に言い聞かせ、シュルクはリリアとの距離を一定に保つ。


「あらあら、逃げちゃうのね。やっぱり、突然殺されそうになるのは怖いのかしら。」


 どこかおどけた口調で言うリリアに、もはや彼女の感性が自分の理解の範疇はんちゅうを超えているのだと思い知る。


 誰だって、殺されそうになれば逃げるに決まっている。
 そんな当たり前のことで首を傾げないでほしい。


 たとえ彼女の中に明確な理由があったとしても、こちらとしては殺されるなんてまっぴらごめんだ。


「仕方ないわね。」


 ふとナイフを下ろし、空いている方の手を突き出すリリア。


「ちょっと、静かにしててちょうだい。」


 残忍に光るリリアの双眸。


「霊子凝集。詠唱開始。召喚、第四霊神。」
「―――っ」


 心臓を鷲掴わしづかみにされた気分だった。


 ここで霊神召喚に訴えられては困る。
 抵抗できないではないか。


 でも……


 シュルクの迷いは、次の言葉で意味をなさなくなる。


「出でよ《虚無の監獄―――」
「―――っ!!」


 どんな迷いも、迫り来る死の危険の前には無力だ。


 目をぎゅっとつぶったシュルクは、意識とは関係のないところで、自分の中のリミッターを外してしまっていた。


 バチンッ


 火花が散るような音がする。
 その後、ふらりとよろけたリリアが手を押さえた。


「何!? 急に、霊子が……」


 信じられないとでも言いたげに自分の手を見下ろしていたリリアだったが、すぐにその視線がシュルクをとらえる。


「あなた……まさか……」


 何かを察したようなリリアの言葉。


 しかし、リリアがそれ以上の言葉を連ねるよりも、シュルクの周囲を淡い光が包み込む方が格段に早かった。


「!?」


 シュルクとリリアは、それぞれ驚愕に目をく。




「ワーパリア、彼を私の元に!!」




 脳内に響いたのは、鈴のように澄んだ声。
 憎々しげに顔を歪めたリリアの姿が、あっという間にかすんでいく。


 そして、意識すらもが―――

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