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第3歩目 呪い
シュルクの秘密
しおりを挟む「まず、姫様。こいつが何を召喚したのを見ましたか?」
シュルクの隣に座りながら、ザキがフィオリアに訊ねる。
「アイシュリアとフィールの同時召喚と、ワーパリアの召喚を見ました。」
「お前……」
ザキの殺気すらこもった視線に、シュルクは思わず顔を逸らした。
「やりすぎだ。さすがに言い訳できねぇだろ、これは。」
「だって、俺だって逃げるのに必死だったんだもん……」
確かに、やりすぎたとは思わないでもない。
だが、こちらだって命の危機だったのだ。
間違ったことをしたつもりはない。
「あ、あの! どういうことなんですか?」
フィオリアが、たまらずといった様子で声をあげる。
「霊神召喚ができるできないの問題ではありません。霊神の同時召喚なんて、うちのヨルだってできないんです。しかも、召喚したどちらもが第五霊神だなんて……」
「姫様、落ち着いてください。ご説明しますから。」
思わず身を乗り出していたフィオリアは、ザキの言葉でハッと我に返る。
「す、すみません。」
仄かに顔を赤らめ、フィオリアは背もたれに背を預けた。
ザキは一つ息をつく。
「姫様。すでに手遅れだとは思いますが、一応今からお話することはご内密にお願いします。―――シュルク、見せてやりなさい。」
「えっ…」
ザキに言われ、シュルクは大いに戸惑ってしまう。
「でも…」
「こうなっては、仕方ないだろう。姫様には知る権利がある。」
「………」
ぴしゃりと言われ、シュルクは口をつぐんだ。
あまり事情を話したくないのだが、反論のしようがないから困る。
シュルクはしばし躊躇い、やがて観念して肩を落とした。
ゆっくりと右手を掲げ、ふっと力を抜く。
すると―――
「!!」
フィオリアが、大きく目を開いて息を飲んだ。
シュルクが掲げた右手には、大量の霊子が集まってきていた。
いつもは空気に溶け込んで存在を主張しない霊子が、今は誰の目からも分かるほどの光を放ちながらシュルクの右手に群がっている。
「―――本当は、逆なのです。」
ザキは重々しく告げる。
「この子は霊子を寄せつけないのではなく、寄せつけすぎてしまう体質なのです。その引力は桁外れでしてね。霊子を弾くまじないを施し、なおかつシュルク自身が霊子を拒絶しないと、普通の人たちの中に溶け込めないくらいなのです。シュルクが霊子の拒絶をやめれば、ご覧のとおりです。霊子が無条件にシュルクに集まってしまうものだから、その気になれば他人の霊神召喚をキャンセルさせることもできるんですよ。」
ザキの話を聞きながら、シュルクは掲げていた右手をぎゅっと握る。
少し意識を集中させると、群がっていた霊子は見えなくなる程度には散っていった。
あの時リリアが霊神召喚に失敗したのは、こういうからくりなのだ。
彼女が召喚しようとしたのは、第四霊神《虚無の監獄 ダードール》。
他人の意識と体の自由の一切を奪い取る霊神だ。
とても短い時間しか効力を発揮しないが、その短い間の束縛に打ち勝つのは不可能。
ダードールを召喚されては、自由を奪われた一瞬の間に自分は殺される。
気付けば、リリアの周囲に集まっていた霊子を自分の方へと引き寄せていた。
「そんなの、まるで……」
「恵み子、か?」
半ば茫然と呟いたフィオリアに、他でもないシュルクが口を開いた。
「父さんが恵み子の血を引いてるらしい。とはいっても、もうかなり血は薄まってるはずなんだけどな。」
恵み子。
数百年前に局地的に生まれた、極端に霊子との相性がいい人々の呼び名だ。
彼らは自由にどんな霊神も召喚でき、霊子に祝福された存在として各地方で重宝されたという。
しかしそれは一過性のものだったのか、時を重ねるにつれて恵み子の数は減っていき、今に至ってはもう、存在すらも伝説なのではと疑われているほど。
父も、自分が生まれるまでは自身の血について信じていなかったのだと言う。
もうその存在すら抹消されそうだというのに、そんな時代に自分はこんな体質で生まれた。
生まれてきてしまったのだ。
シュルクのどこか自虐的な響きを伴った言葉を引き継ぐように、今度はウィールが話し始めた。
「一種の先祖返り、とでも言うべきでしょうか。この子が生まれてすぐに恵み子の兆候が現れ、私どもは早急に話し合いの場を設けました。この子には、なんの非もありません。ですが、息絶えたと思われていた恵み子が再び生まれたとなれば、世界中がこの子を放っておかないでしょう。恵み子に関する文献には、血生臭い記述も多い。このことを公にしても、この子は絶対に幸せになれません。」
ウィールの話を聞きながら、シュルク自身も複雑な気持ちに陥る。
自分も体質改善のために恵み子に関する文献は腐るほど読んだが、あれはなかなかにえげつない。
能力欲しさの誘拐から、果てには怪しい人体実験まで。
自我が芽生えていない子供や力の弱い女性ほど、一部では凄惨な扱いを受けていたようだ。
「話し合いの末に、私たちはこの子を霊子に嫌われた存在だと偽って育てていくことを決めました。特に、城の方々には間違っても知られないように、慎重に。……お前さんには、ただの押しつけになってしまったがね。」
「それはもういいって、だいぶ前に言ったじゃん。」
寂しそうに微笑んでこちらを見てきたウィールに、シュルクは苦虫を噛み潰したような表情でそっぽを向いた。
嫌なことはそれこそ腐るほどあったが、周囲が自分を守るためにそう行動してくれていることは理解している。
自分たちのせいではないのに、両親は泣きながら何度も自分に謝ってきた。
そんな両親の心境も愛情も、察せられる範囲では察しているつもりだ。
だからザキたちに従って、落ち零れという蓑を被って能力を隠してきたのだ。
外への憧れを抱きながらも、これまで言いつけを破ろうと思ったことはない。
「とはいえ、こそこそするのも今日で終いだな。シュルクが霊神召喚なんてしなけりゃ、もしかしたらまだごまかせたかもしれんが……」
溜め息混じりにそう零すザキ。
「いや、もしかしたら霊神召喚なんてしなくても、シュルクの秘密はばれてたかもしれないね。」
ザキの言葉を否定したのはウィールだ。
「まじないの効果が切れてるよ。」
険しい口調のウィールの手には、シュルクのチョーカーが握られていた。
このチョーカーには、ウィールが霊子を弾くためのまじないを込めた糸が編み込まれている。
そんなチョーカーには、小さな切れ目が入っていた。
おそらく、どこかのタイミングでまじないを込めた糸が切れてしまったのだろう。
(あの時か……)
シュルクは首に手をやった。
リリアが振り下ろしたナイフを間一髪で避けた時、首に微かな痛みが走ったのを覚えている。
まじないが壊されたのは、きっとあの時だ。
だが、まじないの効力が切れていようと顕在だろうと、自分が並みを外れた霊神召喚を披露した後では状況が変わるはずもない。
「ついてねぇな。」
故に、ザキはぽつりとそう言うだけだった。
「さて……」
ザキはゆっくりと、視線をフィオリアに向けた。
「こちらの事情は、お話したとおりです。次は、あなた方の事情をお聞かせ願えますか?」
ザキの瞳に、抑えた怒りが宿る。
極力表には出さないように努力しているのだろうが、その声にも少し棘が混じっていた。
「私どもとて、国を疑いたくはありません。ですが、どうしても解せないのですよ。何故、シュルクがこんな姿になるはめになったのか。このままでは、この子の両親に説明する言葉がない。どうか、納得できるご説明を。」
ザキの目からもウィールの目からも、国への不信感がありありと見て取れた。
シュルクも黙して、フィオリアの言葉を待つ。
「今回の一件、王族側としては一切弁解の余地はありません。」
フィオリアは震える両手を握り締めて、沈痛な面持ちで目を閉じた。
「少し、長いお話になります。」
そう前置いて、彼女は語り始めた。
―――――これは、呪いなのです。と……
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