Fairy Song

時雨青葉

文字の大きさ
42 / 257
第6歩目 石の行方

亡命特区

しおりを挟む

「シュルク、まだ起きてるか?」


 ノックの後に、ザキの声。


「起きてるよ。」


 答えると、部屋のドアを開いてザキが入ってきた。


「どうしたの?」
「グレーからの届けもんだ。」


 ザキが差し出したのは、一つの布袋。
 それを受け取って中をあらためてみると、そこには目を疑う額の金銭が詰まっていた。


「何考えてるんだ、あの親父は…?」


 正直な感想だった。


「ちゃんと、お前の取り分を加えた額だって言ってたぞ、あいつは。」


 ザキは面白くなさそうに答えた。


「お前の問題とは別として、国から集会所に仕事の報酬が支払われたそうだ。」
「なるほどね。あいつらも、そこらへんの分別はできるんだ。」


 基本給に、自分の取り分としてこれだけの金額が上乗せされているのだ。
 おそらく、ヨルが交渉どおりの金額を集会所に支払ったのだろう。


 正直すっぽかされる気がしていたのだが、それはそれ、これはこれということらしい。


「これから、どうするつもりだ?」


 複雑な表情で大金を見つめるシュルクに、ザキが訊ねる。


「どうするって言われてもね……」


 シュルクは肩をすくめる。


「とにかく、まずは国を出なきゃいけないのかなとは思ってる。これ以上、派手な鬼ごっことかはしたくないし。」


「賢明だな。」


 返すザキの瞳が、より一層の真剣味を帯びた。




「シュルク、チャパルシアに向かえ。」




 彼から告げられたのは、そんなこと。


「……なるほどね。」


 シュルクは息をついた。


 チャパルシア。
 ティーン国からロアヌ国とナナリア国を経由した先にある、極西の海に浮かぶ孤島だ。


 チャパルシアはどこの国にも属さず、どの国からの干渉も跳ね除けている沈黙の島。


 過去にチャパルシアに干渉したことが原因で危うく世界戦争になりかけたという苦い経験から、今ではどの国もチャパルシアには触れない。


 そしてチャパルシアの方も、大陸側から干渉されない限り一切動くことはない。


 それが、沈黙の島と呼ばれる所以ゆえんだ。


 チャパルシアに足を踏み入れることを許されるのは、国の名を背負わない個人。
 しかも、チャパルシアを束ねるおさに認められた者だけだそうだ。


 島に入るまでの道のりは長い。


 しかし、一度島に入ることを許されれば、二度とチャパルシアを出ないことを条件に、それまでのあらゆるしがらみから解放される。


 それ故につけられた別の呼び名は〝亡命特区〟。


 今でもチャパルシアの手前に位置するモルサネ島には、人生をやり直したいと願う人々が数多く滞在しているのだという。


 チャパルシアに受け入れられ、今までの過ちや絶望からのがれられる日を夢見て。


「実は、チャパルシアの上層部に昔の馴染みがいてな。密やかに話を通してある。我々の同胞として迎える準備をしておこうとのことだ。チャパルシアに着くまでには時間も金もかかるだろうが、お前の語学力なら、道中の生活に困ることもないだろう。」


「そうだろうな……」


 床を見つめてそっけなく呟くシュルクの声には、どことなく空虚な響きが含まれている。


「お前には、こくすぎる話だと分かっている。町から出してやれないの次は……もう町に戻れない、だからな……」


 さすがのザキの表情にも、やりきれない思いが広がった。


 お前を守るためにも、お前を町の外に出してやることはできない。
 ずっとそう言われてきた。


 それが、今はどうだ?


 チャパルシアに受け入れられるということは、今まで育ってきた町も触れ合ってきた人々も、全て捨てなくてはいけないということ。


 そうでなくても、自分に絡みついた運命が周囲を危険にさらすと分かった以上、そう簡単に故郷に帰ることはできないのだ。


 とんだ手のひら返しではないか。


 でも……


 シュルクはそっと目を閉じた。
 そして―――


「ありがとう。」


 表情をやわらげ、ザキに向き合う。


「俺のために、そこまでしてくれて。」


 確かに、現状に納得はしていない。


 ザキの言葉に動揺している自分もいるし、これからのことに対する不安や不満は掃いて捨てるほどある。


 それでも、ザキやウィールを始めとする多くの人々が、自分を助けるために尽力してくれている事実は変わらない。


 これ以上を求めるのは、わがままになってしまう。


「馬鹿野郎。お前に礼を言われちゃ、こっちの面目がねえだろ。本当は……もっといい方法があるだろうって、そう思ってるのによ。」


「十分だよ。ここからは、俺が考える番だから。ほんと、昔から先生たちには世話になりっぱなしだよな。」


「やめろやめろ、そういうのは。」


 ザキが嫌そうな顔で手を振る。


「別にこっちは、善意だけでお前を構ってたんじゃないんだからよ。」
「そうなの?」
「ああ、そうだ。」


 言い切ったザキの目に、少しだけ寂しげな色が揺れる。


「おれたちは、子供に恵まれなかったからな…。色々と手を尽くして、それでもだめで、もう諦めてた時にお前が生まれたんだ。エトアールたちだけじゃ、お前を隠してはやれない。おれたちが助けないとだめだって……傲慢だが、おれたちはそのことにすがっちまったんだ。自分たちの子供に向けられない感情の出口を、全部お前に向けちまった。おれたちの中じゃ、お前は立派に自分たちの子供なんだよ。そりゃ、可愛いがりたくもなるさ。」


「そのおかげで、色んな人にやっかまれたけどね。」


「知ってたよ。な? 下心丸出しだろ?」


 苦々しく笑うザキに、シュルクも同じように苦笑を呈する。


 町一番の占い師と、誰もが恐れる鬼教官。


 町の政治にも大きな影響を与えるこの夫婦に特別扱いされていたせいで、いらぬ恨みやねたみを買ったことはしばしば。


 どんなに成果を出してもコネだなんだとさげすまれ、それがさらに誤解と嫉妬しっとを生む。


 思えば、散々な日々だった。


「でも、俺は先生たちに気に入られてたことを嫌だと思ったことはないよ。今もそう。」


 それは嘘偽りのない、本当の気持ち。


 痛いほどに感じていた。
 ザキたちは、別に無理をして自分のことを気にかけていたわけじゃないと。
 彼らから注がれる愛情は、両親から注がれるそれと同等のものだと。


 だからこそ、曲がったことはしたくなかったのだ。


 悪意の塊のような言葉をぶつけられても、それに負けて、向こうが思うような奴に落ちぶれたくはなかった。


 ザキたちに心から愛されていると分かっているからこそ、二人の愛情に精一杯応えられる自分でありたかったのだ。


「お前は本当に、昔から変わらないな。」


 どこかほっとしたように、ザキは眉を下げた。

しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~

さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」 あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。 弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。 弟とは凄く仲が良いの! それはそれはものすごく‥‥‥ 「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」 そんな関係のあたしたち。 でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥ 「うそっ! お腹が出て来てる!?」 お姉ちゃんの秘密の悩みです。

【魔女ローゼマリー伝説】~5歳で存在を忘れられた元王女の私だけど、自称美少女天才魔女として世界を救うために冒険したいと思います!~

ハムえっぐ
ファンタジー
かつて魔族が降臨し、7人の英雄によって平和がもたらされた大陸。その一国、ベルガー王国で物語は始まる。 王国の第一王女ローゼマリーは、5歳の誕生日の夜、幸せな時間のさなかに王宮を襲撃され、目の前で両親である国王夫妻を「漆黒の剣を持つ謎の黒髪の女」に殺害される。母が最後の力で放った転移魔法と「魔女ディルを頼れ」という遺言によりローゼマリーは辛くも死地を脱した。 15歳になったローゼは師ディルと別れ、両親の仇である黒髪の女を探し出すため、そして悪政により荒廃しつつある祖国の現状を確かめるため旅立つ。 国境の街ビオレールで冒険者として活動を始めたローゼは、運命的な出会いを果たす。因縁の仇と同じ黒髪と漆黒の剣を持つ少年傭兵リョウ。自由奔放で可愛いが、何か秘密を抱えていそうなエルフの美少女ベレニス。クセの強い仲間たちと共にローゼの新たな人生が動き出す。 これは王女の身分を失った最強天才魔女ローゼが、復讐の誓いを胸に仲間たちとの絆を育みながら、王国の闇や自らの運命に立ち向かう物語。友情、復讐、恋愛、魔法、剣戟、謀略が織りなす、ダークファンタジー英雄譚が、今、幕を開ける。  

【完結保証】科学で興す異世界国家 ~理不尽に死んだ技術者が、「石炭」と「ジャガイモ」で最強を証明する。優秀な兄たちが膝を折るまでの建国譚~

Lihito
ファンタジー
正しいデータを揃えた。論理も完璧だった。 それでも、組織の理不尽には勝てなかった。 ——そして、使い潰されて死んだ。 目を覚ますとそこは、十年後に魔王軍による滅亡が確定している異世界。 強国の第三王子として転生した彼に与えられたのは、 因果をねじ曲げる有限の力——「運命点」だけ。 武力と経済を握る兄たちの陰で、継承権最下位。後ろ盾も発言力もない。 だが、邪魔する上司も腐った組織もない。 今度こそ証明する。科学と運命点を武器に、俺のやり方が正しいことを。 石炭と化学による国力強化。 情報と大義名分を積み重ねた対外戦略。 準備を重ね、機が熟した瞬間に運命点で押し切る。 これは、理不尽に敗れた科学者が、選択と代償を重ねる中で、 「正しさ」だけでは国は守れないと知りながら、 滅びの未来を書き換えようとする建国譚。

春の雨はあたたかいー家出JKがオッサンの嫁になって女子大生になるまでのお話

登夢
恋愛
春の雨の夜に出会った訳あり家出JKと真面目な独身サラリーマンの1年間の同居生活を綴ったラブストーリーです。私は家出JKで春の雨の日の夜に駅前にいたところオッサンに拾われて家に連れ帰ってもらった。家出の訳を聞いたオッサンは、自分と同じに境遇に同情して私を同居させてくれた。同居の代わりに私は家事を引き受けることにしたが、真面目なオッサンは私を抱こうとしなかった。18歳になったときオッサンにプロポーズされる。

最初から最強ぼっちの俺は英雄になります

総長ヒューガ
ファンタジー
いつも通りに一人ぼっちでゲームをしていた、そして疲れて寝ていたら、人々の驚きの声が聞こえた、目を開けてみるとそこにはゲームの世界だった、これから待ち受ける敵にも勝たないといけない、予想外の敵にも勝たないといけないぼっちはゲーム内の英雄になれるのか!

真祖竜に転生したけど、怠け者の世界最強種とか性に合わないんで、人間のふりして旅に出ます

難波一
ファンタジー
"『第18回ファンタジー小説大賞【奨励賞】受賞!』" ブラック企業勤めのサラリーマン、橘隆也(たちばな・りゅうや)、28歳。 社畜生活に疲れ果て、ある日ついに階段から足を滑らせてあっさりゲームオーバー…… ……と思いきや、目覚めたらなんと、伝説の存在・“真祖竜”として異世界に転生していた!? ところがその竜社会、価値観がヤバすぎた。 「努力は未熟の証、夢は竜の尊厳を損なう」 「強者たるもの怠惰であれ」がスローガンの“七大怠惰戒律”を掲げる、まさかのぐうたら最強種族! 「何それ意味わかんない。強く生まれたからこそ、努力してもっと強くなるのが楽しいんじゃん。」 かくして、生まれながらにして世界最強クラスのポテンシャルを持つ幼竜・アルドラクスは、 竜社会の常識をぶっちぎりで踏み倒し、独学で魔法と技術を学び、人間の姿へと変身。 「世界を見たい。自分の力がどこまで通じるか、試してみたい——」 人間のふりをして旅に出た彼は、貴族の令嬢や竜の少女、巨大な犬といった仲間たちと出会い、 やがて“魔王”と呼ばれる世界級の脅威や、世界の秘密に巻き込まれていくことになる。 ——これは、“怠惰が美徳”な最強種族に生まれてしまった元社畜が、 「自分らしく、全力で生きる」ことを選んだ物語。 世界を知り、仲間と出会い、規格外の強さで冒険と成長を繰り広げる、 最強幼竜の“成り上がり×異端×ほのぼの冒険ファンタジー”開幕! ※小説家になろう様にも掲載しています。

役立たずと言われダンジョンで殺されかけたが、実は最強で万能スキルでした !

本条蒼依
ファンタジー
地球とは違う異世界シンアースでの物語。  主人公マルクは神聖の儀で何にも反応しないスキルを貰い、絶望の淵へと叩き込まれる。 その役に立たないスキルで冒険者になるが、役立たずと言われダンジョンで殺されかけるが、そのスキルは唯一無二の万能スキルだった。  そのスキルで成り上がり、ダンジョンで裏切った人間は落ちぶれざまあ展開。 主人公マルクは、そのスキルで色んなことを解決し幸せになる。  ハーレム要素はしばらくありません。

バーンズ伯爵家の内政改革 ~10歳で目覚めた長男、前世知識で領地を最適化します

namisan
ファンタジー
バーンズ伯爵家の長男マイルズは、完璧な容姿と神童と噂される知性を持っていた。だが彼には、誰にも言えない秘密があった。――前世が日本の「医師」だったという記憶だ。 マイルズが10歳となった「洗礼式」の日。 その儀式の最中、領地で謎の疫病が発生したとの凶報が届く。 「呪いだ」「悪霊の仕業だ」と混乱する大人たち。 しかしマイルズだけは、元医師の知識から即座に「病」の正体と、放置すれば領地を崩壊させる「災害」であることを看破していた。 「父上、お待ちください。それは呪いではありませぬ。……対処法がわかります」 公衆衛生の確立を皮切りに、マイルズは領地に潜む様々な「病巣」――非効率な農業、停滞する経済、旧態依然としたインフラ――に気づいていく。 前世の知識を総動員し、10歳の少年が領地を豊かに変えていく。 これは、一人の転生貴族が挑む、本格・異世界領地改革(内政)ファンタジー。

処理中です...