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第6歩目 石の行方
亡命特区
しおりを挟む「シュルク、まだ起きてるか?」
ノックの後に、ザキの声。
「起きてるよ。」
答えると、部屋のドアを開いてザキが入ってきた。
「どうしたの?」
「グレーからの届けもんだ。」
ザキが差し出したのは、一つの布袋。
それを受け取って中をあらためてみると、そこには目を疑う額の金銭が詰まっていた。
「何考えてるんだ、あの親父は…?」
正直な感想だった。
「ちゃんと、お前の取り分を加えた額だって言ってたぞ、あいつは。」
ザキは面白くなさそうに答えた。
「お前の問題とは別として、国から集会所に仕事の報酬が支払われたそうだ。」
「なるほどね。あいつらも、そこらへんの分別はできるんだ。」
基本給に、自分の取り分としてこれだけの金額が上乗せされているのだ。
おそらく、ヨルが交渉どおりの金額を集会所に支払ったのだろう。
正直すっぽかされる気がしていたのだが、それはそれ、これはこれということらしい。
「これから、どうするつもりだ?」
複雑な表情で大金を見つめるシュルクに、ザキが訊ねる。
「どうするって言われてもね……」
シュルクは肩をすくめる。
「とにかく、まずは国を出なきゃいけないのかなとは思ってる。これ以上、派手な鬼ごっことかはしたくないし。」
「賢明だな。」
返すザキの瞳が、より一層の真剣味を帯びた。
「シュルク、チャパルシアに向かえ。」
彼から告げられたのは、そんなこと。
「……なるほどね。」
シュルクは息をついた。
チャパルシア。
ティーン国からロアヌ国とナナリア国を経由した先にある、極西の海に浮かぶ孤島だ。
チャパルシアはどこの国にも属さず、どの国からの干渉も跳ね除けている沈黙の島。
過去にチャパルシアに干渉したことが原因で危うく世界戦争になりかけたという苦い経験から、今ではどの国もチャパルシアには触れない。
そしてチャパルシアの方も、大陸側から干渉されない限り一切動くことはない。
それが、沈黙の島と呼ばれる所以だ。
チャパルシアに足を踏み入れることを許されるのは、国の名を背負わない個人。
しかも、チャパルシアを束ねる長に認められた者だけだそうだ。
島に入るまでの道のりは長い。
しかし、一度島に入ることを許されれば、二度とチャパルシアを出ないことを条件に、それまでのあらゆるしがらみから解放される。
それ故につけられた別の呼び名は〝亡命特区〟。
今でもチャパルシアの手前に位置するモルサネ島には、人生をやり直したいと願う人々が数多く滞在しているのだという。
チャパルシアに受け入れられ、今までの過ちや絶望から逃れられる日を夢見て。
「実は、チャパルシアの上層部に昔の馴染みがいてな。密やかに話を通してある。我々の同胞として迎える準備をしておこうとのことだ。チャパルシアに着くまでには時間も金もかかるだろうが、お前の語学力なら、道中の生活に困ることもないだろう。」
「そうだろうな……」
床を見つめてそっけなく呟くシュルクの声には、どことなく空虚な響きが含まれている。
「お前には、酷すぎる話だと分かっている。町から出してやれないの次は……もう町に戻れない、だからな……」
さすがのザキの表情にも、やりきれない思いが広がった。
お前を守るためにも、お前を町の外に出してやることはできない。
ずっとそう言われてきた。
それが、今はどうだ?
チャパルシアに受け入れられるということは、今まで育ってきた町も触れ合ってきた人々も、全て捨てなくてはいけないということ。
そうでなくても、自分に絡みついた運命が周囲を危険にさらすと分かった以上、そう簡単に故郷に帰ることはできないのだ。
とんだ手のひら返しではないか。
でも……
シュルクはそっと目を閉じた。
そして―――
「ありがとう。」
表情を和らげ、ザキに向き合う。
「俺のために、そこまでしてくれて。」
確かに、現状に納得はしていない。
ザキの言葉に動揺している自分もいるし、これからのことに対する不安や不満は掃いて捨てるほどある。
それでも、ザキやウィールを始めとする多くの人々が、自分を助けるために尽力してくれている事実は変わらない。
これ以上を求めるのは、わがままになってしまう。
「馬鹿野郎。お前に礼を言われちゃ、こっちの面目がねえだろ。本当は……もっといい方法があるだろうって、そう思ってるのによ。」
「十分だよ。ここからは、俺が考える番だから。ほんと、昔から先生たちには世話になりっぱなしだよな。」
「やめろやめろ、そういうのは。」
ザキが嫌そうな顔で手を振る。
「別にこっちは、善意だけでお前を構ってたんじゃないんだからよ。」
「そうなの?」
「ああ、そうだ。」
言い切ったザキの目に、少しだけ寂しげな色が揺れる。
「おれたちは、子供に恵まれなかったからな…。色々と手を尽くして、それでもだめで、もう諦めてた時にお前が生まれたんだ。エトアールたちだけじゃ、お前を隠してはやれない。おれたちが助けないとだめだって……傲慢だが、おれたちはそのことにすがっちまったんだ。自分たちの子供に向けられない感情の出口を、全部お前に向けちまった。おれたちの中じゃ、お前は立派に自分たちの子供なんだよ。そりゃ、可愛いがりたくもなるさ。」
「そのおかげで、色んな人にやっかまれたけどね。」
「知ってたよ。な? 下心丸出しだろ?」
苦々しく笑うザキに、シュルクも同じように苦笑を呈する。
町一番の占い師と、誰もが恐れる鬼教官。
町の政治にも大きな影響を与えるこの夫婦に特別扱いされていたせいで、いらぬ恨みや妬みを買ったことはしばしば。
どんなに成果を出してもコネだなんだと蔑まれ、それがさらに誤解と嫉妬を生む。
思えば、散々な日々だった。
「でも、俺は先生たちに気に入られてたことを嫌だと思ったことはないよ。今もそう。」
それは嘘偽りのない、本当の気持ち。
痛いほどに感じていた。
ザキたちは、別に無理をして自分のことを気にかけていたわけじゃないと。
彼らから注がれる愛情は、両親から注がれるそれと同等のものだと。
だからこそ、曲がったことはしたくなかったのだ。
悪意の塊のような言葉をぶつけられても、それに負けて、向こうが思うような奴に落ちぶれたくはなかった。
ザキたちに心から愛されていると分かっているからこそ、二人の愛情に精一杯応えられる自分でありたかったのだ。
「お前は本当に、昔から変わらないな。」
どこかほっとしたように、ザキは眉を下げた。
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