Fairy Song

時雨青葉

文字の大きさ
81 / 257
第9歩目 拒絶ではなくて―――

〝許してやれよ〟

しおりを挟む

「本当にお前って、馬鹿っていうかなんていうか……」


 少しの沈黙を経てシュルクの口から出たのは、優しさとは遠い一言だった。
 それを聞いたフィオリアが、余計に泣きじゃくってしまう。


「ううっ……やっぱり、私が悪いんだぁ……」
「ああもう! お前には、柔軟性ってもんがねえのか!?」


 なんだか色々と面倒になってきて、シュルクはフィオリアのうなじに手を伸ばし、彼女の体を強く自分の方へと引き寄せた。


「きゃっ…」


 自分の上に覆い被さってくるフィオリアの体を、シュルクはしっかりと抱き止める。


 こいつを黙らせるには、これしか方法がない。
 聞き分けのない子供を、驚かせてからなだめるもんだと思うことにしよう。


「分かった。俺の負けだよ。」


 仕方ない。
 ある程度は、こちらも譲歩するべきだろう。


「今はまだだめだけど、規制が緩和されたら、その時はちゃんとお前も連れてってやるから。」


「……ほんと?」


 フィオリアが、潤んだ瞳に期待を込めてこちらを見つめてくる。


「約束する。つーか、元々そのつもりではあったんだけどな…。どうやら俺の説明不足だったみたいだし、そこは謝るよ。悪かったな。」


 内心〝そこは察しろよ〟と思う自分がいたが、今のフィオリアに頭を使うことを求めても無意味である。


「それとな。」


 盛大な息をつきながら、シュルクはフィオリアの頭をぽんぽんと叩く。


「確かに俺は、今までの自分なんか捨てちまえって言ったよ。言ったけどさ……それは何も、これまでの自分を全否定しろってことじゃねぇんだよ。」


「……え?」


 ぱちくりと目をしばたたかせるフィオリア。


 難儀な奴だ。
 こいつには、言われた言葉に込められた深い意味を感じ取るという能力がないらしい。


 こいつに十のことを伝えたいなら、きちんと一から十までを説明しなければならないということか。


「めんどくせぇなぁ……」


 遠慮なく不満を零しておき、シュルクは再度フィオリアに向き合うことにする。


「なあ、変わりたいとか母さんを助けたいって思ったのは、ルルーシェとしての気持ちなのか?」


 訊ねると、フィオリアは戸惑った顔をした。


「……違う、と思う。私が助けたいのは、セイラお嬢様じゃないもん。」


「なら、それでいいんじゃねぇの?」


「え?」


「え? じゃねぇよ。どうもお前には、俺の言いたいことがいまひとつ伝わってないみたいだな。俺の言い方が分かりづらいのか? ったく……」


 ああ、早くもイライラしてきた。


 いっそ突き放してしまいたくなる衝動をぐっとこらえるも、苛立ちを我慢しきれずに自分の髪を掻き回してしまう。


「俺は別に、今のお前を作ってきた過去とか価値観とかを、全部まるごと捨てた方がいいなんて思ってない。言い方を変えればな、今までの生き方とは違う生き方をしろって言いたかったの。」


「……生き、方?」


「そう。今までのお前は、ルルーシェの価値観に沿って生きてきた。だから、セイラからの復讐を仕方ないって受け入れてきたんだろう。でも今、フィオリアのしてのお前は、ちゃんと自分の気持ちで呪いを解こうと思ってここにいるじゃん。」


 仕方ない。


 彼女を連れて旅立ったのは自分の判断だし、そこに付随する面倒は甘んじて買ってやろう。


 そう思うことにして、シュルクはフィオリアに自分が思うところを語った。


「ならその時点で、お前はルルーシェとしての生き方から抜け出してるよ。少なくとも、これまでと全く同じ結末は辿らないはずだ。それでいいじゃん。俺は、ルルーシェとしての気持ちを無理に捨てなくても構わないと思うぞ。」


「へ? ……あれ…? どういうこと?」


「ああもう……」


 今度からは、こいつ相手に含みのある言い回しなんてしない。
 そう心に決めながら、再び口を開く。


「物心ついた頃には、前世の記憶があったって言ってたよな? そんなら、ルルーシェとしての記憶や気持ちは、フィオリアとしてのお前の一部にもなってるんだろ。夢にセイラが出てくるっていうのも、お前がルルーシェにとらわれてるんじゃなくて、フィオリアとしてのお前が、ルルーシェを否定することに罪悪感を持ってるってことなんじゃないのか?」


「………?」


「まあ、こればっかりはお前しか本当のことは分からないから、俺はあくまでも推測で物を言うしかできないけどな。」


「………」


「あー……話が紛らわしくなりそうだから、さっさと結論を言うよ。」


 フィオリアの顔が難しそうに歪んだので、シュルクは話をまとめることにした。


「別にいいよ。ルルーシェとしての心を認めても。認めて、受け入れて―――それで、許してやれよ。」


「許す…?」


「そ。許せない過去の上に立つ自分のことなんて、いくら今を変えたって、結局許すことなんかできないだろ? そんなんじゃ、またそうやって自分を責めることになるぞ。今すぐにそれが無理なら焦らなくていいから、この旅の中で、ゆっくりと自分のことを許していけばいい。そしたら多分、今は見えないもんが色々と見えてくるさ。」


 そこで、シュルクは深々と溜め息を吐き出す。


「ちゃんと切り替えておけよ。今のうちに、はっきりと言っておく。仮にこの旅の途中で俺が死ぬことになったとしても、俺はそれをお前のせいにするつもりはないからな。だからお前も、俺が死んだことを自分のせいにするんじゃねぇぞ。死んだ後までねちねち悩まれても、こっちは迷惑なんだからな。」


 それは、心の底からの本音だった。


 生まれ故郷を出るはめになったきっかけは理不尽な運命だったとしても、この旅に出ることを選んだのは自分。


 呪いにとらわれていてもいいから自分の意思で自由に飛び回りたいと願ったのは、紛れもない自分自身なのだ。


 そう決めたことにフィオリアの存在も彼女の気持ちも関係ないのだから、それで彼女に変な責任を感じられても、こちらとしてはいい迷惑である。


「お前が俺の顔色を気にして悩んでるってのは、今ので分かったけどさ…。お前の人生はお前のもんなんだから、俺のことなんて気にせずに、もっと肩の力を抜けよ。どんな自分だろうが、お前がこれでいいって認められる自分なら、どんなんでもいいよ。」


 それで合う奴と合わない奴が出るのは仕方ないのだから、合わない奴とは深く関わらなければいい。


 つい流れでそこまで言いそうになったのだが、そんなことを言えば結局フィオリアがこちらの顔色をうかがってきそうなので、寸でのところでその言葉だけは飲み込む。


「………やっぱり……」


 これまでずっと黙っていたフィオリアが、ふと呟く。


「やっぱり……シュルクは優しいよ。」
「はあ?」


 何をどう受け取ったら、そんな結論に行き着くんだか。
 眉をひそめたシュルクに、フィオリアは微かに口の端を吊り上げる。


「だって、シュルクはいつも私を否定しないもん。そうやって、いつも私を支えてくれること言ってくれる。」


「んー…?」


 シュルクはさらに顔をしかめる。


 自分の言葉は、フィオリアにそういう風に受け取られているのか。


 こちらとしては当然のことを言ったまでで、とらえ方によっては自分の理論をただ押しつけているだけのようにも聞こえると思うが。


「……まあ、お前がそう思うなら、それでいいんじゃないの?」


 多分、ここであれこれ議論しても意味がない。
 そう思ったので、曖昧あいまいに流しておくことにする。


 すると―――


「ふえぇ…っ」


 唐突に、耳元でそんな不穏な声がした。


「は!? 泣くの!?」


 驚いてそちらを見やると、フィオリアは一生懸命に目をこすっていた。


「ごめ…なさ……なんか、気が抜けて……」


 必死に涙を止めようとするフィオリアだが、彼女がそうすればそうするほどに、かえって涙が零れてくるように見えた。


「ごめんなさい……今だけ……今だけ許して…っ」


 そう言ったかと思うと、フィオリアは小さな嗚咽おえつをあげて泣き始めてしまう。


 それを突き放すこともできず、かといってなぐさめてやることもできず、シュルクはフィオリアに気付かれないように息を吐きながら、この時間に耐えるしかなかった。

しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~

さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」 あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。 弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。 弟とは凄く仲が良いの! それはそれはものすごく‥‥‥ 「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」 そんな関係のあたしたち。 でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥ 「うそっ! お腹が出て来てる!?」 お姉ちゃんの秘密の悩みです。

【魔女ローゼマリー伝説】~5歳で存在を忘れられた元王女の私だけど、自称美少女天才魔女として世界を救うために冒険したいと思います!~

ハムえっぐ
ファンタジー
かつて魔族が降臨し、7人の英雄によって平和がもたらされた大陸。その一国、ベルガー王国で物語は始まる。 王国の第一王女ローゼマリーは、5歳の誕生日の夜、幸せな時間のさなかに王宮を襲撃され、目の前で両親である国王夫妻を「漆黒の剣を持つ謎の黒髪の女」に殺害される。母が最後の力で放った転移魔法と「魔女ディルを頼れ」という遺言によりローゼマリーは辛くも死地を脱した。 15歳になったローゼは師ディルと別れ、両親の仇である黒髪の女を探し出すため、そして悪政により荒廃しつつある祖国の現状を確かめるため旅立つ。 国境の街ビオレールで冒険者として活動を始めたローゼは、運命的な出会いを果たす。因縁の仇と同じ黒髪と漆黒の剣を持つ少年傭兵リョウ。自由奔放で可愛いが、何か秘密を抱えていそうなエルフの美少女ベレニス。クセの強い仲間たちと共にローゼの新たな人生が動き出す。 これは王女の身分を失った最強天才魔女ローゼが、復讐の誓いを胸に仲間たちとの絆を育みながら、王国の闇や自らの運命に立ち向かう物語。友情、復讐、恋愛、魔法、剣戟、謀略が織りなす、ダークファンタジー英雄譚が、今、幕を開ける。  

勘当された少年と不思議な少女

レイシール
ファンタジー
15歳を迎えた日、ランティスは父親から勘当を言い渡された。 理由は外れスキルを持ってるから… 眼の色が違うだけで気味が悪いと周りから避けられてる少女。 そんな2人が出会って…

【完結保証】科学で興す異世界国家 ~理不尽に死んだ技術者が、「石炭」と「ジャガイモ」で最強を証明する。優秀な兄たちが膝を折るまでの建国譚~

Lihito
ファンタジー
正しいデータを揃えた。論理も完璧だった。 それでも、組織の理不尽には勝てなかった。 ——そして、使い潰されて死んだ。 目を覚ますとそこは、十年後に魔王軍による滅亡が確定している異世界。 強国の第三王子として転生した彼に与えられたのは、 因果をねじ曲げる有限の力——「運命点」だけ。 武力と経済を握る兄たちの陰で、継承権最下位。後ろ盾も発言力もない。 だが、邪魔する上司も腐った組織もない。 今度こそ証明する。科学と運命点を武器に、俺のやり方が正しいことを。 石炭と化学による国力強化。 情報と大義名分を積み重ねた対外戦略。 準備を重ね、機が熟した瞬間に運命点で押し切る。 これは、理不尽に敗れた科学者が、選択と代償を重ねる中で、 「正しさ」だけでは国は守れないと知りながら、 滅びの未来を書き換えようとする建国譚。

春の雨はあたたかいー家出JKがオッサンの嫁になって女子大生になるまでのお話

登夢
恋愛
春の雨の夜に出会った訳あり家出JKと真面目な独身サラリーマンの1年間の同居生活を綴ったラブストーリーです。私は家出JKで春の雨の日の夜に駅前にいたところオッサンに拾われて家に連れ帰ってもらった。家出の訳を聞いたオッサンは、自分と同じに境遇に同情して私を同居させてくれた。同居の代わりに私は家事を引き受けることにしたが、真面目なオッサンは私を抱こうとしなかった。18歳になったときオッサンにプロポーズされる。

最初から最強ぼっちの俺は英雄になります

総長ヒューガ
ファンタジー
いつも通りに一人ぼっちでゲームをしていた、そして疲れて寝ていたら、人々の驚きの声が聞こえた、目を開けてみるとそこにはゲームの世界だった、これから待ち受ける敵にも勝たないといけない、予想外の敵にも勝たないといけないぼっちはゲーム内の英雄になれるのか!

真祖竜に転生したけど、怠け者の世界最強種とか性に合わないんで、人間のふりして旅に出ます

難波一
ファンタジー
"『第18回ファンタジー小説大賞【奨励賞】受賞!』" ブラック企業勤めのサラリーマン、橘隆也(たちばな・りゅうや)、28歳。 社畜生活に疲れ果て、ある日ついに階段から足を滑らせてあっさりゲームオーバー…… ……と思いきや、目覚めたらなんと、伝説の存在・“真祖竜”として異世界に転生していた!? ところがその竜社会、価値観がヤバすぎた。 「努力は未熟の証、夢は竜の尊厳を損なう」 「強者たるもの怠惰であれ」がスローガンの“七大怠惰戒律”を掲げる、まさかのぐうたら最強種族! 「何それ意味わかんない。強く生まれたからこそ、努力してもっと強くなるのが楽しいんじゃん。」 かくして、生まれながらにして世界最強クラスのポテンシャルを持つ幼竜・アルドラクスは、 竜社会の常識をぶっちぎりで踏み倒し、独学で魔法と技術を学び、人間の姿へと変身。 「世界を見たい。自分の力がどこまで通じるか、試してみたい——」 人間のふりをして旅に出た彼は、貴族の令嬢や竜の少女、巨大な犬といった仲間たちと出会い、 やがて“魔王”と呼ばれる世界級の脅威や、世界の秘密に巻き込まれていくことになる。 ——これは、“怠惰が美徳”な最強種族に生まれてしまった元社畜が、 「自分らしく、全力で生きる」ことを選んだ物語。 世界を知り、仲間と出会い、規格外の強さで冒険と成長を繰り広げる、 最強幼竜の“成り上がり×異端×ほのぼの冒険ファンタジー”開幕! ※小説家になろう様にも掲載しています。

役立たずと言われダンジョンで殺されかけたが、実は最強で万能スキルでした !

本条蒼依
ファンタジー
地球とは違う異世界シンアースでの物語。  主人公マルクは神聖の儀で何にも反応しないスキルを貰い、絶望の淵へと叩き込まれる。 その役に立たないスキルで冒険者になるが、役立たずと言われダンジョンで殺されかけるが、そのスキルは唯一無二の万能スキルだった。  そのスキルで成り上がり、ダンジョンで裏切った人間は落ちぶれざまあ展開。 主人公マルクは、そのスキルで色んなことを解決し幸せになる。  ハーレム要素はしばらくありません。

処理中です...