Fairy Song

時雨青葉

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第10歩目 眩暈

消えてしまえ

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 小屋に飛び込むや否や、水道に駆け寄って何度も顔を洗った。
 そうでもしないと、気が収まらなかった。


 しつこくしつこく、何度も何度も。
 冷たい水に、何もかも洗い流してほしくて。


 そんなことをしても意味がないと。


 心のどこかで分かっていながら、それでもそんな些細な行為にすがらずにはいられなくて……


 違う。
 違う。


 全部、全部消えてしまえばいい。
 今までの記憶も想いも、何もかもこの水に流されてしまえばいい。


 こんなことになるなら、旅になんて出なければよかった。
 自由に飛び回りたいなんて焦がれない方がよかった。


 フィオリアとなんて―――出会わなければよかった。


 気持ちがめまぐるしく回るほど、水に手を突っ込む自分を止められなくなる。


 最悪だ。
 こんなこと、考えたくもないのに。


 こんなの、自分が認められる自分じゃない。


 消えてしまえ。
 なくなってしまえ。


 全部、全部、全部―――


「………………はぁ……」


 手がかじかんで動かなくなってきたところで、シュルクはようやく水を止めた。


 体が重い。
 何もしたくない。


 全身をさいなむ倦怠感に抗うことができず、シュルクは近くの椅子に腰を下ろして机に突っ伏す。


「馬鹿か、俺は…… 」


 フィオリアからも自分の気持ちからも逃げたくて、集会所を飛び出したくせに。
 それに、心底安堵しているなんて。


 何かをする気力も起こらないのに、自己嫌悪する脳内だけは、無駄に活発に動く。
 それにまた、深く息を吐いていると……


「よ、ようやく追いついた……」


 シュルクの到着から遅れること、十五分ばかり。
 息を荒くしたルーウェルが小屋に入ってきた。


「もー…。お前に何かあったらオレの責任になるんだから、勝手に行くなよー。」
「………」


 自分勝手だったのは自覚しているので、何も返す言葉がない。


 黙るシュルクの隣に座り、ルーウェルは火照ほてった体を冷ますように襟元えりもとを手で扇いだ。


「あっちー。それにしても、オレの先導なしにこんな高い場所まで…。よくガスの溜まり場に当たらずに来れたな。もしかして、もうあの地図を覚えたの?」


「まあな……」


 とりあえず、頷いておくことにする。


 本当は霊子の密度が比較的低いルートを選んで飛んできたのだが、表向きにはそういうことにしておいた方が無難だろう。


 ルーウェルはこちらの肯定を、特に疑いはしなかった。


「シュルクって、本当にすごいな。今度、入山資格の試験でも受けてみたら? お前、オレより強いし、それだけの頭があるなら余裕で資格を取れるって。」


「あー……そうかもな。」


 机から顔を上げないまま、生返事をするシュルク。
 するとルーウェルが、少しだけ不満そうな顔をした。


「なんか……今日はいつにも増して、オレの相手をめんどくさがってないか?」
「え…?」


 これには少し驚いた。
 よもや、ルーウェルの口からそんな言葉を聞くことになるとは。


「……なんだ。少しは、他人の顔色が分かるようになったんじゃん。成長、成長。」
「なっ、なんだよ! その子供扱い!!」
「実際、ガキだっただろうが。」


 いつもどおりすぎて、なんだか気が抜けてくる会話だ。


 いつもは鬱陶うっとうしく感じる会話に救われたような感じがして、シュルクは思わず表情を緩めて淡く微笑んでいだ。


「シュ、シュルクが初めて笑った…っ」


 ルーウェルが、ぎょっとして目を見開く。
 まるで、天変地異でも目にしたかのような顔だ。


「んな驚くことか?」


 訊ねると、ルーウェルは何度も首を縦に振った。


「そりゃあもう! お前って、無表情かキレる顔しかしない奴だと思ってた。」
「なんだよそれ……」


 いちいち反応が面白いので、シュルクはくすくすと笑い声をあげる。


 まさか、あのルーウェルにここまで癒される時が来るなんて思いもしなかった。
 だが、そんな風に気を緩められたのもつかの間……


「今日のシュルク、なんか変だぞ? フィオリアちゃんも言ってたけど。」


 ルーウェルの口からフィオリアの名が告げられ、途端に全身が緊張で強張った。


「別に……お前には、関係ないだろ。」


 歪みそうになる顔を見られたくなくて、シュルクは頭をルーウェルとは反対側の方に向けた。


「……なんかあったの? フィオリアちゃんに、今日のシュルクは絶対に無理してるから、監督を頼むって言われてきたんだけど。」


「………」


「おーい。」


「………」


「シュルク?」


「……………………もし。」


 そう呟いたのは、半分以上が無意識のことだった。

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