Fairy Song

時雨青葉

文字の大きさ
93 / 257
第10歩目 眩暈

山頂に導かれて

しおりを挟む
 山頂へと続く道は、規制が緩和されている状況下でも、許可証なしには入れないようになっている。


 ルーウェルの手続きが終わるのを待ち、人一人が入れる程度の門をくぐり抜けると、辺りの風景の様子が少し変わった。


 人気ひとけがぐっと減り、獣道同然のような足場の悪い道が奥へと伸びている。
 それだけ、ここに入ることができる人も、ここに入れる機会も少ないのだろう。


「シュルク、どう?」


 ルーウェルの後ろを歩きながら、フィオリアはこっそりとシュルクに訊ねる。
 しかし、シュルクはフィオリアの問いに一切答えない。


「シュルク?」
「黙ってろ。」


 短く告げるシュルク。


「今は、霊子を弾くのに集中させてくれ。」
「あ……分かった。」


 すぐに状況を察したフィオリアは、真面目な顔で頷いた。
 シュルクは目元に力を込める。


 ルーウェルがいる手前、今は一瞬たりとも気を抜けない。
 それほどまでに、周囲に霊子が集まってきていた。
 ちょっとでも油断したら、周囲はすぐに光の海になるだろう。


 そういえば、最初の運命石があった湖も、こちらが弾くように意識しても集まってくるくらいに霊子で満ちていたか。


(やっぱり、ここに……)


 一歩進めば進むほどに、確信が強くなる。


 道を進んでいくにつれ木々の数が減っていき、その隙間から見えていた赤い景色がどんどん近付いてくる。


「わあ…っ」


 その光景を前にして、フィオリアは深く感嘆の息を吐いた。


 そこでは、山の斜面をびっしりと埋めるライトマイトが太陽光を反射してキラキラと赤く輝く、幻想的な風景を作り出していた。


「いる?」


 美しい風景に見惚みとれていたフィオリアに、ルーウェルがライトマイトの欠片かけらを渡す。


「いいの?」


「いいんじゃないかな? 今のところ、採っちゃだめってお触れも出てないし。まあそれも、今後はどうなるか分からないけど。もし採取に制限をかけられたら価値がうんと上がるから、持ってて損はないと思うぜ。」


 悪戯いたずらっぽく笑い、ルーウェルは持ってきた工具でどんどんライトマイトを採取していった。


 彼は数十メートル進むごとに立ち止まり、斜面と地面にあるライトマイトを採取しては手持ちの布袋に入れ、ラベルに様々な情報を書き込んでは布袋にくくりつけていく。


「たくさん採るんだね。」


「まあ、数ヵ月に一度しか入れないから。今のうちに数を確保しとかないと、研究に差しさわるんだ。」


「研究かぁ……確かこれって、ガスの成分が結晶化してるって言われてるんだっけ?」


「そう。もし本当にそうなら、どうにかこうにかガスが結晶化する仕組みをはっきりさせたいんだよね。ガスの発生源はいくつか分かってるし、もしオレらの操作でガスを結晶化できるなら、ここは危ない山じゃなくて、宝の山に変わると思わないか?」


「なるほど。確かにそう考えたら、これも大事な研究材料だね。」


「だろ? あくまでも貴重なサンプルだって何度も言ってるんだけどさ、採ってくる度に売ってくれって奴らが結構来るもんだから、採れるだけ採っとかないと研究分がなくなるんだよ。」


「そんなに高く売れるの? これ。」


「んー…。よく分からないけど、採取できる奴が極端に少ないから、高値で取引されてるみたい。」


「そっかぁ。ルーウェルさんも大変なんだね。」


「そうなんだよー。これがいかに貴重かっていうとな?」


「うん。」


 難しい話になってきても嫌な顔をせずに相づちを打ってくれるフィオリアに気分をよくして、ルーウェルの舌がどんどん回る。


 よくもまあ、あんな眠くなりそうな話を長々と聞いていられるものだ。


 ルーウェルの相手は、このままフィオリアに任せておくとしよう。
 山に詳しい彼の傍にいるなら、フィオリアも安全なはずだ。


(今は俺も……あいつを傍に置いときたくないしな……)


 シュルクは目を伏せ、すぐに思考を切り替えて頭上を見上げた。


 晴れた青い空に、うっすらと白っぽい帯が見える。
 それは大河のように、とある一か所へと流れていた。


 目指す場所は、はっきりとしている。


 シュルクは話に夢中になっている二人の隣を通り過ぎ、一人で山頂へ続く道をのぼり始めた。


(ああ……やっぱり、そういうことなんだ。)


 ぼんやりと、そう思う。


 ―――こっち、こっち……と。


 そんな風に、呼ばれているような気がする。


 一歩、また一歩と。
 歩を進めるほどに、胸が引き絞られるように切なくなる。


 まるで、長年会いたくてたまらなかった人にようやく会える寸前かのような。
 そんなはやる気持ちが、足を問答無用で突き動かしていた。


 今なら大丈夫。
 なんとなく、そう思えた。


 今なら、どんなに深い水の底へも、どんなに熱い炎の中へでも飛び込んでいける。
 そしてその中から、自分は無事に帰ってこられる。


 根拠はないが、そんな自信があった。


「………」


 そこに立ったシュルクは、無言で眼下を見下ろす。


 ヨルが以前に言っていたように、山頂には大きな穴が開いていた。
 簡素な柵の向こうに広がるのは、深紅色にきらめく湖のような光景だ。


 こうして自分の目で見ると、呼吸を忘れてしまいそうになるほどに壮観な景色だ。


 人の手が入らない分ライトマイトの結晶が大きく育ち、その様はまるで地面から赤い木々がたくさん生えているよう。


 そんなライトマイトの巨木が、穴の中をぎっしりと埋め尽くすように立ち並んでいる。


 ここまで大きくなってしまったライトマイトは、逆に採取が難しいだろう。
 穴の中のガス濃度が他に比べてより濃いならなおさらだ。


「………」


 シュルクは思案げに眉を寄せる。


 ライトマイトの林の中に一ヶ所、妙に霊子が溜まっている所がある。


 結晶の木々の向こうに何かがあるのか、もしくはこの大きな結晶の中に運命石が埋まっているのか。


 どちらにせよ、とりあえずあそこに行ってみればどうにかなるだろう。


「ちゃんと行くから、今はまだ待っててくれよ。」


 耳元でざわめく霊子たちに向けて呟き、シュルクは苦しげに唇を噛んだ。


 まずい。
 あの霊子の溜まり場に引きずり込まれそうだ。


 今はルーウェルも一緒なのだ。
 ここで穴の中へ飛び込めば、大きな騒ぎになってしまう。


 正確な場所が分かったことだし、今日の夜にもう一度ここを訪れて回収した方が穏便だ。


 そうは思うのだが……


 こっち、こっち……
 早く、早く……


 胸が苦しい。
 あの湖での時のように、世界が切り替わっていきそうな感覚がする。


 それに触発されてなのか、周囲で風が渦巻き始めた。
 だけど、その異変を危険だとは感じない。


 自分をなぶる風の強さも、この胸の苦しさも、全部夢の中で起こっているようなにぶいものに思えてきて……


「危ねえ!」


 この時に後ろから羽交はがめにされなければ、霊子の呼びかけに負けていたことだろう。

しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~

さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」 あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。 弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。 弟とは凄く仲が良いの! それはそれはものすごく‥‥‥ 「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」 そんな関係のあたしたち。 でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥ 「うそっ! お腹が出て来てる!?」 お姉ちゃんの秘密の悩みです。

【魔女ローゼマリー伝説】~5歳で存在を忘れられた元王女の私だけど、自称美少女天才魔女として世界を救うために冒険したいと思います!~

ハムえっぐ
ファンタジー
かつて魔族が降臨し、7人の英雄によって平和がもたらされた大陸。その一国、ベルガー王国で物語は始まる。 王国の第一王女ローゼマリーは、5歳の誕生日の夜、幸せな時間のさなかに王宮を襲撃され、目の前で両親である国王夫妻を「漆黒の剣を持つ謎の黒髪の女」に殺害される。母が最後の力で放った転移魔法と「魔女ディルを頼れ」という遺言によりローゼマリーは辛くも死地を脱した。 15歳になったローゼは師ディルと別れ、両親の仇である黒髪の女を探し出すため、そして悪政により荒廃しつつある祖国の現状を確かめるため旅立つ。 国境の街ビオレールで冒険者として活動を始めたローゼは、運命的な出会いを果たす。因縁の仇と同じ黒髪と漆黒の剣を持つ少年傭兵リョウ。自由奔放で可愛いが、何か秘密を抱えていそうなエルフの美少女ベレニス。クセの強い仲間たちと共にローゼの新たな人生が動き出す。 これは王女の身分を失った最強天才魔女ローゼが、復讐の誓いを胸に仲間たちとの絆を育みながら、王国の闇や自らの運命に立ち向かう物語。友情、復讐、恋愛、魔法、剣戟、謀略が織りなす、ダークファンタジー英雄譚が、今、幕を開ける。  

【完結保証】科学で興す異世界国家 ~理不尽に死んだ技術者が、「石炭」と「ジャガイモ」で最強を証明する。優秀な兄たちが膝を折るまでの建国譚~

Lihito
ファンタジー
正しいデータを揃えた。論理も完璧だった。 それでも、組織の理不尽には勝てなかった。 ——そして、使い潰されて死んだ。 目を覚ますとそこは、十年後に魔王軍による滅亡が確定している異世界。 強国の第三王子として転生した彼に与えられたのは、 因果をねじ曲げる有限の力——「運命点」だけ。 武力と経済を握る兄たちの陰で、継承権最下位。後ろ盾も発言力もない。 だが、邪魔する上司も腐った組織もない。 今度こそ証明する。科学と運命点を武器に、俺のやり方が正しいことを。 石炭と化学による国力強化。 情報と大義名分を積み重ねた対外戦略。 準備を重ね、機が熟した瞬間に運命点で押し切る。 これは、理不尽に敗れた科学者が、選択と代償を重ねる中で、 「正しさ」だけでは国は守れないと知りながら、 滅びの未来を書き換えようとする建国譚。

春の雨はあたたかいー家出JKがオッサンの嫁になって女子大生になるまでのお話

登夢
恋愛
春の雨の夜に出会った訳あり家出JKと真面目な独身サラリーマンの1年間の同居生活を綴ったラブストーリーです。私は家出JKで春の雨の日の夜に駅前にいたところオッサンに拾われて家に連れ帰ってもらった。家出の訳を聞いたオッサンは、自分と同じに境遇に同情して私を同居させてくれた。同居の代わりに私は家事を引き受けることにしたが、真面目なオッサンは私を抱こうとしなかった。18歳になったときオッサンにプロポーズされる。

役立たずと言われダンジョンで殺されかけたが、実は最強で万能スキルでした !

本条蒼依
ファンタジー
地球とは違う異世界シンアースでの物語。  主人公マルクは神聖の儀で何にも反応しないスキルを貰い、絶望の淵へと叩き込まれる。 その役に立たないスキルで冒険者になるが、役立たずと言われダンジョンで殺されかけるが、そのスキルは唯一無二の万能スキルだった。  そのスキルで成り上がり、ダンジョンで裏切った人間は落ちぶれざまあ展開。 主人公マルクは、そのスキルで色んなことを解決し幸せになる。  ハーレム要素はしばらくありません。

最初から最強ぼっちの俺は英雄になります

総長ヒューガ
ファンタジー
いつも通りに一人ぼっちでゲームをしていた、そして疲れて寝ていたら、人々の驚きの声が聞こえた、目を開けてみるとそこにはゲームの世界だった、これから待ち受ける敵にも勝たないといけない、予想外の敵にも勝たないといけないぼっちはゲーム内の英雄になれるのか!

真祖竜に転生したけど、怠け者の世界最強種とか性に合わないんで、人間のふりして旅に出ます

難波一
ファンタジー
"『第18回ファンタジー小説大賞【奨励賞】受賞!』" ブラック企業勤めのサラリーマン、橘隆也(たちばな・りゅうや)、28歳。 社畜生活に疲れ果て、ある日ついに階段から足を滑らせてあっさりゲームオーバー…… ……と思いきや、目覚めたらなんと、伝説の存在・“真祖竜”として異世界に転生していた!? ところがその竜社会、価値観がヤバすぎた。 「努力は未熟の証、夢は竜の尊厳を損なう」 「強者たるもの怠惰であれ」がスローガンの“七大怠惰戒律”を掲げる、まさかのぐうたら最強種族! 「何それ意味わかんない。強く生まれたからこそ、努力してもっと強くなるのが楽しいんじゃん。」 かくして、生まれながらにして世界最強クラスのポテンシャルを持つ幼竜・アルドラクスは、 竜社会の常識をぶっちぎりで踏み倒し、独学で魔法と技術を学び、人間の姿へと変身。 「世界を見たい。自分の力がどこまで通じるか、試してみたい——」 人間のふりをして旅に出た彼は、貴族の令嬢や竜の少女、巨大な犬といった仲間たちと出会い、 やがて“魔王”と呼ばれる世界級の脅威や、世界の秘密に巻き込まれていくことになる。 ——これは、“怠惰が美徳”な最強種族に生まれてしまった元社畜が、 「自分らしく、全力で生きる」ことを選んだ物語。 世界を知り、仲間と出会い、規格外の強さで冒険と成長を繰り広げる、 最強幼竜の“成り上がり×異端×ほのぼの冒険ファンタジー”開幕! ※小説家になろう様にも掲載しています。

バーンズ伯爵家の内政改革 ~10歳で目覚めた長男、前世知識で領地を最適化します

namisan
ファンタジー
バーンズ伯爵家の長男マイルズは、完璧な容姿と神童と噂される知性を持っていた。だが彼には、誰にも言えない秘密があった。――前世が日本の「医師」だったという記憶だ。 マイルズが10歳となった「洗礼式」の日。 その儀式の最中、領地で謎の疫病が発生したとの凶報が届く。 「呪いだ」「悪霊の仕業だ」と混乱する大人たち。 しかしマイルズだけは、元医師の知識から即座に「病」の正体と、放置すれば領地を崩壊させる「災害」であることを看破していた。 「父上、お待ちください。それは呪いではありませぬ。……対処法がわかります」 公衆衛生の確立を皮切りに、マイルズは領地に潜む様々な「病巣」――非効率な農業、停滞する経済、旧態依然としたインフラ――に気づいていく。 前世の知識を総動員し、10歳の少年が領地を豊かに変えていく。 これは、一人の転生貴族が挑む、本格・異世界領地改革(内政)ファンタジー。

処理中です...