117 / 257
第12歩目 海を臨む街
微かな違和感
しおりを挟む(ええっと……どうして、こんなことになってるんだっけ…?)
ヒンスと二人きりの食堂。
出された食事を口に運びながら、フィオリアはぐるぐると考える。
シュルクは帰ってこない。
すでに日も暮れたというのに、まだミシェリアが彼を連れ回しているようだ。
(そういえば、一人でこういう場にいるのって初めてかも……)
ふと気付く。
城にいた頃は、誰かの屋敷に赴くとなれば、必ず何人もの付き人が同行していた。
今だって、移動手段の手配や誰かとの交渉は、全部シュルクがやってくれている。
こんな時も、シュルクだったら自分の気まずさを気遣って、ヒンスと話すことを自ら買ってくれるのだろう。
(私、シュルクがいないとだめだなぁ……)
そんなことを、今さらのように自覚する。
こんな時くらい、しっかりしなきゃ。
そう思うのに、いつも隣にいたシュルクがいないと、急に暗闇の中に放り出された感じがして、寂しくて仕方ないのだ。
「………今日は……」
「えっ…」
急に前方から声が聞こえて、フィオリアは慌てて顔を上げる。
「今日は、ミシェリアがとんだ失礼をした。彼女に代わって、謝罪させていただく。」
持っていたワイングラスをテーブルに置き、ヒンスは小さく頭を下げた。
「い、いえ……」
フィオリアは、曖昧な相づちでその場をやり過ごすしかなかった。
確かに言い出しっぺはミシェリアだが、彼女を街の方へと追い出したのは、ヒンスの発言の粗暴さだと思う。
ここで彼の謝罪を受け入れるのは、この件の責任を全てミシェリアに着せるような感じがして気が引けた。
本音を胸にしまい込むフィオリアの前で、ヒンスは大きく溜め息をついた。
「彼女の私への反抗は、今に始まったことじゃない。私からもきつく言っておくが、あなたも彼に、ミシェリアの言うことは聞かなくていいと伝えていただきたい。王族に仕えるなら、常に王族が一番です。お忍びならば、なおのこと主人の傍を離れることなどないように、と。」
「あの、お言葉ですが。」
ヒンスの口調にシュルクを責めるような響きを感じ取り、フィオリアは思わず彼の言葉を遮った。
「誤解のないように、先に言っておきます。シュルクは、私の従者などではありません。仮に彼が私の従者だったとしても、従者の不始末は主人に責任があるというもの。不用意に従者を貶すことは、その主人を愚弄することになるとお思いくださいませ。」
きっとシュルクのことだから、自分よりもかなり早く状況を飲み込んでいたはず。
ならば、彼がミシェリアを拒まなかったのは、自分の顔を立ててくれようとしたからだ。
そんな思慮深い彼のことを責められるのは、どうしても我慢ならなかった。
「……失礼いたしました。肝に銘じます。」
いつになく強い口調で言い切ったフィオリアに、ヒンスは素直に自らの非を認めた。
「詮索するようで申し訳ありません。従者ではないということは、彼はもしや、フィオリア様の……」
ヒンスが何を訊ねようとしたかに気付き、フィオリアは仄かに顔を赤らめた。
「はい、そうです。」
「そうですか。ちなみに、彼は平民の出ですか?」
「ええ。」
「ふむ……」
フィオリアの答えを聞き、ヒンスは何かを思案するように目を伏せて、ワイングラスを回す。
しばらく、無言の時が流れる。
そして―――
「身分が違うというのは、なかなかに大変なのでしょうね。」
何故か、ヒンスは急にそんなことを言い出した。
「身につけてきた教養も、過ごしてきた環境も違う。会話が噛み合わないことも多いのではないですか? それに、互いに身分の違いを気にして、歩み寄りにくいこともあるでしょう。いくら運命石の導きとはいえ、周囲の目も温かいものだけではありますまい。」
「えっと……」
とっさに返せる言葉がなくて、フィオリアは戸惑ってしまう。
どうしてだろう。
なんだか彼は、ミシェリアの時とは違って、自分には随分と態度が柔らかい気がする。
これは、一応はこちらが目上の立場だからだろうか。
しかし、心底同情するかのようなこの口ぶり。
彼がいきなりこんなことを話した理由は、自分が王族だからというわけではないような……
ちょっとばかり気になったが、フィオリアは改めて背筋を伸ばす。
ヒンスが何を言いたいのかはともかく、今自分から断言できることはただ一つだ。
「心配させてしまったなら、申し訳ありません。ですが、私は無理をして彼と一緒にいるわけではありませんよ。あなたがおっしゃる課題は、確かにあるでしょう。でも彼となら、どんなことでも乗り越えられると。私はそう信じています。」
それは、脚色なしの素直な気持ち。
正直なところ、自分とシュルクの間にある身分の差なんて、考えたこともなかったけれど。
彼のことが好き。
彼のことを信じている。
今なら、その気持ちだけでどこまでも前を向けると思えるのだ。
「そう……ですか。差し出がましいことを申し上げてしまったようで。今のことは、忘れてください。」
ヒンスは特に顔色を変えず、平坦な口調でこの話題を切り上げた。
でも……なんだろう。
忘れてくれと言った彼の表情が少し、ほんの少しだけ曇ったような気がして……
「………?」
この時感じた違和感の正体まではさすがに分からず、フィオリアは不思議そうに小首を傾げるしかなかった。
0
あなたにおすすめの小説
どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~
さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」
あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。
弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。
弟とは凄く仲が良いの!
それはそれはものすごく‥‥‥
「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」
そんな関係のあたしたち。
でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥
「うそっ! お腹が出て来てる!?」
お姉ちゃんの秘密の悩みです。
【魔女ローゼマリー伝説】~5歳で存在を忘れられた元王女の私だけど、自称美少女天才魔女として世界を救うために冒険したいと思います!~
ハムえっぐ
ファンタジー
かつて魔族が降臨し、7人の英雄によって平和がもたらされた大陸。その一国、ベルガー王国で物語は始まる。
王国の第一王女ローゼマリーは、5歳の誕生日の夜、幸せな時間のさなかに王宮を襲撃され、目の前で両親である国王夫妻を「漆黒の剣を持つ謎の黒髪の女」に殺害される。母が最後の力で放った転移魔法と「魔女ディルを頼れ」という遺言によりローゼマリーは辛くも死地を脱した。
15歳になったローゼは師ディルと別れ、両親の仇である黒髪の女を探し出すため、そして悪政により荒廃しつつある祖国の現状を確かめるため旅立つ。
国境の街ビオレールで冒険者として活動を始めたローゼは、運命的な出会いを果たす。因縁の仇と同じ黒髪と漆黒の剣を持つ少年傭兵リョウ。自由奔放で可愛いが、何か秘密を抱えていそうなエルフの美少女ベレニス。クセの強い仲間たちと共にローゼの新たな人生が動き出す。
これは王女の身分を失った最強天才魔女ローゼが、復讐の誓いを胸に仲間たちとの絆を育みながら、王国の闇や自らの運命に立ち向かう物語。友情、復讐、恋愛、魔法、剣戟、謀略が織りなす、ダークファンタジー英雄譚が、今、幕を開ける。
【完結保証】科学で興す異世界国家 ~理不尽に死んだ技術者が、「石炭」と「ジャガイモ」で最強を証明する。優秀な兄たちが膝を折るまでの建国譚~
Lihito
ファンタジー
正しいデータを揃えた。論理も完璧だった。
それでも、組織の理不尽には勝てなかった。
——そして、使い潰されて死んだ。
目を覚ますとそこは、十年後に魔王軍による滅亡が確定している異世界。
強国の第三王子として転生した彼に与えられたのは、
因果をねじ曲げる有限の力——「運命点」だけ。
武力と経済を握る兄たちの陰で、継承権最下位。後ろ盾も発言力もない。
だが、邪魔する上司も腐った組織もない。
今度こそ証明する。科学と運命点を武器に、俺のやり方が正しいことを。
石炭と化学による国力強化。
情報と大義名分を積み重ねた対外戦略。
準備を重ね、機が熟した瞬間に運命点で押し切る。
これは、理不尽に敗れた科学者が、選択と代償を重ねる中で、
「正しさ」だけでは国は守れないと知りながら、
滅びの未来を書き換えようとする建国譚。
勘当された少年と不思議な少女
レイシール
ファンタジー
15歳を迎えた日、ランティスは父親から勘当を言い渡された。
理由は外れスキルを持ってるから…
眼の色が違うだけで気味が悪いと周りから避けられてる少女。
そんな2人が出会って…
春の雨はあたたかいー家出JKがオッサンの嫁になって女子大生になるまでのお話
登夢
恋愛
春の雨の夜に出会った訳あり家出JKと真面目な独身サラリーマンの1年間の同居生活を綴ったラブストーリーです。私は家出JKで春の雨の日の夜に駅前にいたところオッサンに拾われて家に連れ帰ってもらった。家出の訳を聞いたオッサンは、自分と同じに境遇に同情して私を同居させてくれた。同居の代わりに私は家事を引き受けることにしたが、真面目なオッサンは私を抱こうとしなかった。18歳になったときオッサンにプロポーズされる。
最初から最強ぼっちの俺は英雄になります
総長ヒューガ
ファンタジー
いつも通りに一人ぼっちでゲームをしていた、そして疲れて寝ていたら、人々の驚きの声が聞こえた、目を開けてみるとそこにはゲームの世界だった、これから待ち受ける敵にも勝たないといけない、予想外の敵にも勝たないといけないぼっちはゲーム内の英雄になれるのか!
真祖竜に転生したけど、怠け者の世界最強種とか性に合わないんで、人間のふりして旅に出ます
難波一
ファンタジー
"『第18回ファンタジー小説大賞【奨励賞】受賞!』"
ブラック企業勤めのサラリーマン、橘隆也(たちばな・りゅうや)、28歳。
社畜生活に疲れ果て、ある日ついに階段から足を滑らせてあっさりゲームオーバー……
……と思いきや、目覚めたらなんと、伝説の存在・“真祖竜”として異世界に転生していた!?
ところがその竜社会、価値観がヤバすぎた。
「努力は未熟の証、夢は竜の尊厳を損なう」
「強者たるもの怠惰であれ」がスローガンの“七大怠惰戒律”を掲げる、まさかのぐうたら最強種族!
「何それ意味わかんない。強く生まれたからこそ、努力してもっと強くなるのが楽しいんじゃん。」
かくして、生まれながらにして世界最強クラスのポテンシャルを持つ幼竜・アルドラクスは、
竜社会の常識をぶっちぎりで踏み倒し、独学で魔法と技術を学び、人間の姿へと変身。
「世界を見たい。自分の力がどこまで通じるか、試してみたい——」
人間のふりをして旅に出た彼は、貴族の令嬢や竜の少女、巨大な犬といった仲間たちと出会い、
やがて“魔王”と呼ばれる世界級の脅威や、世界の秘密に巻き込まれていくことになる。
——これは、“怠惰が美徳”な最強種族に生まれてしまった元社畜が、
「自分らしく、全力で生きる」ことを選んだ物語。
世界を知り、仲間と出会い、規格外の強さで冒険と成長を繰り広げる、
最強幼竜の“成り上がり×異端×ほのぼの冒険ファンタジー”開幕!
※小説家になろう様にも掲載しています。
バーンズ伯爵家の内政改革 ~10歳で目覚めた長男、前世知識で領地を最適化します
namisan
ファンタジー
バーンズ伯爵家の長男マイルズは、完璧な容姿と神童と噂される知性を持っていた。だが彼には、誰にも言えない秘密があった。――前世が日本の「医師」だったという記憶だ。
マイルズが10歳となった「洗礼式」の日。
その儀式の最中、領地で謎の疫病が発生したとの凶報が届く。
「呪いだ」「悪霊の仕業だ」と混乱する大人たち。
しかしマイルズだけは、元医師の知識から即座に「病」の正体と、放置すれば領地を崩壊させる「災害」であることを看破していた。
「父上、お待ちください。それは呪いではありませぬ。……対処法がわかります」
公衆衛生の確立を皮切りに、マイルズは領地に潜む様々な「病巣」――非効率な農業、停滞する経済、旧態依然としたインフラ――に気づいていく。
前世の知識を総動員し、10歳の少年が領地を豊かに変えていく。
これは、一人の転生貴族が挑む、本格・異世界領地改革(内政)ファンタジー。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる