Fairy Song

時雨青葉

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第15歩目 掴めない手

シュルク、仕掛ける

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「え…?」


 まったく想定していなかった展開に、思わず顔を上げるミシェリア。
 そんな彼女の耳元の壁に手をつき、シュルクは真正面から近距離で彼女と対峙した。


「そんなにつらいなら、連れ出してあげましょうか?」
「ええ…?」


 困惑するミシェリアには構わず、シュルクは一方的に話を続ける。


「いいじゃないですか。つらいなら逃げちゃえば。どうせあなたがこの屋敷から逃げたところで、ヒンスさんに貼られた〝可哀想な人〟っていうレッテルに箔がつくだけですよ。誰も困らないんだから、あなたは自分の幸せを見つけに行ってもいいんじゃないですか? ここで会ったのも何かの縁ですし、面倒くらいは見てあげますよ。」


「きゅ、急にどうしたんですの…? さっきまで、あんなに嫌がっていたのに……」


「だから、気が変わったって言ってるでしょう。」


 シュルクの声は、やけに淡々としていた。


「ミシェリアさん。さっき俺に、発言には気をつけろって言いましたよね? その言葉、そっくりそのままお返ししますよ。」


 もはや何も言えなくなってしまったミシェリアの頬に、シュルクはそっと手を添える。


「特に、男の前での発言には注意しないとだめですよ。誰かの代わりなんだとしても、女性に泣かれて甘えたいって言われたら、都合よく勘違いするのが男ってもんなんですから。」


 次の瞬間、シュルクは自分の顔をミシェリアの顔にぐっと近付けた。


「―――んんっ!?」


 ミシェリアが完全に裏返った声をあげる。
 驚愕のせいで強張った両手から本が落ち、静かだった廊下に大きな音を響かせた。


「~~~~~っ」


 なかばパニックに陥ったミシェリアが抗議するようにシュルクの背を叩くが、シュルクの体はびくともしない。


 それからゆうに十数秒後。


「―――行ったか。」


 低く呟き、シュルクはそれまで塞いでいたミシェリアの口元から手を外した。


「すみません。苦しかったですか?」


「くっ……苦しいなんてもんじゃありませんわ!! 鼻と口を両方塞ぐなんて、正気の沙汰じゃありませんわよ!? 天国に連れていかれるのかと思ったじゃないですか!!」


「だから、すみませんってば。ギャラリーがなかなか帰ってくれなくてね。」


「え…」


 あえぐように呼吸をしながら抗議していたミシェリアが、その言葉を聞いてピタリと動きを止める。


「ギャラリーって、まさか……」
「ヒンスさんだと思いますよ。」


 もったいぶらずに言うと、ミシェリアはさっと顔を青くした。


「どっ、どうしましょう…? あんな会話を聞かれたら、わたくしとあなたに関係があると誤解されてしまいますわ!!」


「いいんですよ、それで。わざと誤解されるような会話にしたんで。」


「ええっ!?」


「ってか、さっきの体勢、どこからどう見てもキスしてるようにしか見えないでしょう?」


「―――っ!?」


「あなたもいい感じにパニクってくれたんで、助かりましたよ。」


「なっ、何を考えているんですの!?」


「別に。腹が立ったんで、憎まれ役を買ってやろうと思っただけです。」


 いい気味だ。
 少しは、危機感というものを味わうといい。


 去っていったヒンスに対して、心の中だけでそう言ってやる。


 部屋から移動を始めた時から、後ろに誰かがいることには気付いていた。


 それがヒンスであろうことも同時に分かっていたが、その時はあえて気付かないふりをして泳がせておいたのだ。


 彼にとっては、妻の本音を聞く数少ない機会だ。


 己の身勝手さが好きな人に与えている苦痛のほどを、これでもかというほど思い知るといい。


 まあ場合によっては、長年の誤解を解消するための踏み台になってやらんでもない。
 

 そう思って屋敷の人々が普段からよく通る廊下を選んで話をしてやったというのに、彼は陰からこちらを観察するだけで、何も行動を起こそうとしなかった。


 旦那様のことが好きだと。
 その旦那様に振り向いてもらえないのが寂しいと。


 ミシェリアは、素直にそう言っていたというのに。


 誤解を解くいいチャンスだったじゃないか。


 あそこで偶然を装って飛び出して弁解すれば、ミシェリアも意地を張らずにそれを受け入れたはずだ。


 それで今度はミシェリアを責める方向にシフトチェンジしてみたわけだが、それでもヒンスは間に割り込んでこなかった。


 色々とお膳立てしてやったのに、結局遠くから見ることしかできないのかよ…っ


 苛立ちが脳天をぶち破るのは、あっという間だった。


「あのですね。言っときますけど、ヒンスさんはあなたのことがかなり好きですからね。」


 棒立ちになっているミシェリアに言ってやる。


「なんで俺が、あの人にあそこまで嫌われてると思ってるんですか。あなたが俺に懐くから、ヤキモチを焼いてるんです。フィオリアと一緒ですよ、まったくもう。」


「………ええっ!?」


 かなり遅れてこちらの言葉を理解したミシェリアが、一気に顔を赤くした。


「そ、そんなわけ―――」


「そんなわけなかったら、俺がこんな目に遭ってるわけないでしょうが。二人揃って俺をいいように使ってくれちゃって、やることが全部回りくどいんですよ。めんどくさい。」


 シュルクは、自分の髪の毛をぐるぐると掻き乱す。


 もう無理。
 できる限り穏便に事態を収束させようとした俺が馬鹿でした。


 本当に労力の無駄だ。
 この時間を返してくれ。


「もういいです。こうなったら、とことんいいように使われてやりますよ。間男の介入で深まる恋人の絆。恋愛小説の王道的なシナリオでしょ。」


 ここは、最終奥義の荒療治だ。


 どうせ引き返せないほどの深みに巻き込まれているのだから、悪役にでもなんでもなってやる。


 お代は、ミシェリアの心を引き戻そうと必死になるヒンスの間抜け面ということにしといてやろう。


 仕返しとさ晴らしにはちょうどいい。


「明日、期待しててください。多分、今日までとはちょっとは違うものが見れますよ。」


 どこか挑むように口の端を吊り上げ、シュルクはミシェリアを置いてその場を後にした。

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