Fairy Song

時雨青葉

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第20歩目 静観

互いに相容れない姿勢

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 思わず言い放ってしまった、フィオリアを突き放すような言葉。
 それをが自分の鼓膜を揺さぶって、かなり複雑な心境に陥った。


 これだから、フィオリアには何も知られずにいたかったのだ。


 奴隷商がいると知れば、彼女は己の正義感に従って悪事を止めようとするだろう。
 それに対して、自分が選んだのは静観。


 最初から、この件に関する意見が合うわけがないのだ。


 シュルクの苦い確信は外れることがなく、リドーに帰れと言われたフィオリアはカッと顔を赤くした。


「そういう問題じゃなくない!? そこまで確信してたなら、初めからみんなに気をつけろって言えばよかったのに!」


「言ったところで、信じる奴がいるもんか。俺が動いたところで、止められる人は誰もいなかっただろうよ。」


 激昂するフィオリアに対し、シュルクはあくまでも冷静な態度を貫く。


 そして、何を言っても揺らがないシュルクの姿が、フィオリアの激情をさらに煽ってしまう。


「そんなの、やってみないと分からないじゃない!!」


「忘れてるようなら思い出させてやるよ。俺が気をつけろって言った時、コルムさんはなんて言った? 状況を深刻にとらえる気があったか?」


「………っ」


 少し口調を厳しくして問いかけると、途端にフィオリアが口をつぐむ。


「それに、お前はヒンスやミシェリアさんの話の何を聞いてたんだ?」


 少しばかり熱が下がったフィオリアの隙に畳み掛けるように、シュルクはつらつらと言葉を連ねた。


「ここで一人や二人を助けたところで、ただそれだけ…。運よくこの一回を止められたとしても、俺たちがいなくなった後にツアーは再開されるだろう。あの女たちが狩りをやめない限り、犠牲者は増え続ける。」


「それは……そうかもしれないけど……でも!」


 こちらに気圧されながらも、フィオリアに引く気は皆無。
 そんな彼女の姿を見ていると、胸が苦しくてたまらなくて―――




「なあ……―――お前は、俺に何を求めてるんだ?」




 気付けば、そう問いかけていた。


「俺がめぐだってことを、過大評価してねぇか? なんでも都合よく物事を動かせるほど、この能力は万能じゃねぇんだよ。はっきり言う。このツアーを止めてみんなを助けるなんて、俺には無理だ。ここがティーン領じゃない以上、王族のお前にだってこれは止められない。それが現実だ。」


「―――っ!!」


 問答無用で現実を突きつけると、フィオリアが息を飲んだ。


 そう。
 これは、自分たちでは変えようもないこと。


 その場の被害者を助けたところで、別の場で被害者が出る。
 加害者を捕らえたところで、どこかで別の加害者が勢いづく。


 そんな堂々巡りのような現実を前に、自分たちはあまりにも無力だ。


(俺だって、しんどいさ……)


 やりきれなくて、シュルクは奥歯を噛み締める。


 ここでは下手に突っ込まず、受け流すことが最善。
 間違いだと思うことにも目をつむれ。
 不用意な正義感は、かえって人々の命をおびやかすのだと胸に刻め。


 ヒンスに言われたことの数々。
 その言葉の意味を思い知ったのは、ダントリアンでのとある出来事から。


『お兄ちゃん、助けて!』


 ダントリアンの片隅かたすみで、奴隷の子供に助けを乞われた。


 運よく逃げ出してきたのだろう。
 息を切らせて自分を見つめる両目には、大きな希望が表れていた。


 しかし、その首にくっきりと刻まれた奴隷の証が、今さらのがれようもないその子の運命を物語っていた。


 ミシェリアのように、自分を大事にしてくれる主人に恵まれでもしない限り、あの子の生活に安寧はない。


 その証拠に、その子の希望はあっさりと消え去ることになる。
 脱走に気付いた奴隷商が、その子を連れ戻しに来たからだ。


『助けて……助けて!!』


 必死に伸ばされた小さな手を握り返せたら、どんなに楽だっただろう。


 でも、これが現実。
 これがこの町の普通。


 仮にあの子を助けたとしても、それで何が変わるわけでもない。


 自分の知らないところで何人もの人が捕まり、絶望の中で望まない主人に買われていくのだ。


 もしもあの子を買うだけの金があったとして、それを見た他の奴隷が自分も買ってくれと頼んできたら?


 一縷いちるの希望を掴もうとする大勢の中から、自分が救う一人を選ぶ。


 そんな残酷なこと、自分にできるのか…?


 とっさにその子に向かって伸ばしかけた手を握り締め、ヒンスの言葉をくどいほど自分に叩き込みながら、遠ざかっていく幼い姿をただ見送った。


 あの時の悔しさは、今でも不快感として心身を焼いている。
 だから余計に、フィオリアには何も知られたくなかった。


 彼女に自分と同じ苦しさを味わってほしくないし、なまじっか下手に強い権力を持っている彼女が、素直に現実を受け止められるとも思わなかったから。


「こらえろ。今さら、もう変えられない。」


 渦巻く激情を飲み込み、シュルクはいっそ冷たく聞こえる声音でフィオリアに告げた。


 もどかしい現実に怒りを覚えるなら、それを自分にぶつけてくれ。
 現実を知られてしまった以上、自分にはそれくらいしかできないから。


「……シュルクの馬鹿!!」


 案の定、フィオリアは納得などしなかった。


 勢いよくシュルクを突き飛ばしたフィオリアは、憤怒に染まった表情で拳を握り締める。


「私には、みんなを切り捨てるなんてできない。助けられるなら、絶対に助けるんだから!」


 決意に満ちた宣言をして、フィオリアはずんずんと茂みの向こうへと消えていく。
 そんなフィオリアを、すぐには追いかけられなかった。

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