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第25歩目 日だまりと水溜まり
移ろい
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それは、なんてことはない日常の一幕。
友達が遊びに行こうと誘いに来て、お兄ちゃんが外に出かけていくのを見送りながら、ふと疑問に思ったのだ。
「ねぇ、お母さん。お兄ちゃんはお外に出てもいいのに、なんで俺はだめなの?」
それは、何の気なしに訊ねただけのこと。
ちょっと疑問に思っただけで、まだそのことに不満は抱いていなかった。
だけど、そんな無邪気な問いを受けたお母さんは明らかに表情を強張らせた。
「……シュルクはまだ小さいからね。お外は、危ないものがいっぱいなのよー?」
「じゃあ、お母さんやお父さんと一緒ならいいの? そしたら危なくないよね?」
続けて放った疑問。
それに、お母さんは困ったように口ごもってしまう。
「………?」
この時、初めて抱いた違和感。
それは、年月が流れゆくほどに膨れ上がっていく。
「嫌だーっ! 俺もお外に行くーっ!!」
あれは、何歳になった時だったっけ。
自分が外に出してもらえない一方で、当然のように外に出ていく父さんや兄ちゃんを見送るだけの日々。
そして、その理由をはっきりと教えてもらえない日々に耐えかねて、俺は玄関に繋がる廊下のど真ん中で地団駄を踏んだ。
「シュルク……ごめんなさいね。」
そんな俺の前に、母さんはどこか悲しそうな表情を浮かべて膝をついた。
「まだ言わないでおこうと思ったのだけど……シュルクにはね、他の子たちにはない病気があるの。」
「病気…?」
「そう。お外に出たら、大変なことになっちゃうのよ。でもね、シュルクが元気でお外に出られるように、みんなで病気を治す方法を探してるところなの。いつか絶対にお外に出られるようにしてあげるから、もう少し我慢してね。」
「………っ」
母さんにそう説明された時、俺はそれを到底納得はできなかった。
「そんなの嘘だ! 俺、風邪引いた時みたいに具合悪くないもん! どこも痛くないし、熱だってないもん! 俺は病気じゃない!!」
この時の自分にとって、病気とは熱が出て喉や頭が痛くなるもの。
だから、こんなに元気なのに病気だと言われる理由が全く理解できなかった。
「う……うわああぁん!!」
感情のままに泣き叫ぶと、自分の周りにキラキラとした光が集まってくる。
それを見た母さんが、にわかにおろおろとし始めた。
「ごめんね。ごめんね、シュルク。お外に行けない代わりに、今度また、ルルンちゃんをお家に呼んであげるから。だから、泣くのはおしまいにしましょう? キラキラさんたちも心配しちゃうわ。」
そう言って、母さんは俺を強く抱き締める。
俺は不満をぶつけるように暴れてやろうと思ったんだけど……そこでふと、母さんの体が微かに震えていることに気付いた。
(母さん……もしかして、キラキラが怖いの…?)
俺にとっては普通の、このキラキラ。
そういえば、このキラキラは母さんや父さんとは一緒にいない。
いつだって、このキラキラが寄ってくるのは俺の近くだけだ。
(このキラキラが、俺の病気なの…?)
それは、たくさんの幸せをくれたキラキラたちへ疑いを持った初めての瞬間。
この時に入ったひびは、徐々に心に亀裂を広げていくことになる。
「―――シュルク。今日はプレゼントがあるんだ。」
九歳も半分を過ぎた真冬。
家族みんなで団欒していた時、父さんがそんなことを言って一つの小箱を差し出してきた。
「プレゼント? 誕生日でもないのに?」
泣き喚くことも怒ることも飽きたその頃。
早めの反抗期にでも入ったかのように、俺はひねくれた返答しかしない子供に育っていた。
「まあまあ。まずはちょっとつけてみておくれよ。」
持ち前の飄々さで俺の返答を流した父さんは、小箱からチョーカーを取り出す。
言われたとおりにチョーカーを首につけてみると、それまで近くで漂っていた霊子のきらめきが半減した。
そして、それを見た両親と兄ちゃんはあからさまにほっとしたような顔をする。
「……やっぱり、俺の病気ってこの霊子のことだったんだね。」
確信を持って告げると、兄ちゃんはものすごく驚いた顔を、両親は半ばこの展開が分かっていたかのような顔をした。
「シュルク、父さんの書斎に勝手に入ったね?」
「鍵をかけてないのが悪いんだ。」
しらばっくれるつもりはないので、つっけんどんに一言。
その次に、俺は父さんと母さんを真正面から見つめる。
「今度は、ちゃんと教えてくれる? 俺、ちゃんと我慢してきたよ。霊子がうるさいとみんなが怖がるから……怒ったり泣いたりしないように頑張ってきたんだ。だから、最近は霊子も大人しいでしょ?」
「………っ!!」
この言葉には、さすがに驚かされたのかもしれない。
顔を真っ青にした二人は、固まったまま動かなくなってしまった。
これまで、自分と接する数少ない人たちをよく観察してきた。
そして、自分が抱いている疑いが真実なのだと悟った。
俺が感情を乱して霊子が騒ぐ度、みんなの表情が恐怖で強張る。
それとは逆に、俺が落ち着いて霊子が大人しくなると安堵する。
霊子が騒ぐことは、俺以外の人にとってよくないこと。
それは、確認しなくても分かる事実だ。
そして、カーテンの隙間から外を観察する限りでは、こんな風に霊子をまとわせているのは俺以外にいない。
「シュルク……君が全然笑わなくなったのは、そういう理由だったんだね。気付いてあげられなくてごめんよ。君は、父さんたちが思っていた以上に聡い子みたいだ。」
涙ぐむ母さんをかばうように父さんが口を開いて、そっと頭をなでてくる。
それで胸が温かくなったけれど、俺はやっぱり無表情を貫くしかなかった。
「本当はもう少し大きくなってからって思ってたけど、ちゃんと説明しなきゃだめだね。」
そう告げた父さんは、できるだけ俺に分かりやすいように、俺の体質と霊子の関係について説明してくれた。
それで、父さんのメモを読むだけじゃ理解しきれなかったこともそれなりに分かった。
その中で―――俺が悪いわけじゃない、と。
くどいくらいに、何度も何度も。
母さんや兄ちゃんも一緒になって、父さんにそう言われた。
だけど……
「―――結局、俺が普通じゃないのがいけないんじゃん……」
みんなが眠って、本当に一人になったと感じた瞬間、そんな本音が口から零れ落ちた。
そっと窓に触れると、外で降り続ける雪に冷やされた窓が自分の手も冷たくしてくる。
それが、自分の心をも冷たく凍りつかせていくようだった。
「霊子が近寄ってこなければ、俺もみんなと同じになれるのかな…?」
ポツリと呟くと、途端に霊子がわらわらと群がってくる。
―――だめ、だめ……
―――嫌わないで……
脳裏に響く、いくつもの声。
大好きだったそれが、今は自分を苦しくさせる。
「うるさい!!」
思わず、頭を抱えて首を大きく振っていた。
「お前らの……お前らのせいだ!」
自分の周囲に集まる霊子たちを、渾身の力で振り払う。
空を切る手に手応えはなかったけれど、そうせずにはいられなかった。
「なんで俺に寄ってくるんだよ!? お前らがこうじゃなきゃ、俺は外に出られた! 父さんや母さんや兄ちゃんだって、あんな顔しなかったのに!!」
激情が赴くまま、ただ乱暴に言葉をぶつけた。
しかし、周囲に漂う霊子たちはまともな返事をしない。
馬鹿の一つ覚えのように、好きだの嫌だだのと言ってくるだけ。
霊子たちの意思が分からないことがもどかしくて、自分の気持ちを分かってもらえないことが悲しかった。
「……嫌い。」
噛み締めた奥歯の向こうから、悲嘆と憤怒に満ちた声が漏れる。
「お前らなんか、大っ嫌いだ!! もう俺に近寄ってくるな! 俺に……俺に、普通を返せよ!!」
血を吐くような、全身全霊の拒絶。
外の雪が厚い雲で太陽を隠して人々を凍えさせるように、その言葉は俺の胸に宿っていた日だまりを打ち壊していった―――……
友達が遊びに行こうと誘いに来て、お兄ちゃんが外に出かけていくのを見送りながら、ふと疑問に思ったのだ。
「ねぇ、お母さん。お兄ちゃんはお外に出てもいいのに、なんで俺はだめなの?」
それは、何の気なしに訊ねただけのこと。
ちょっと疑問に思っただけで、まだそのことに不満は抱いていなかった。
だけど、そんな無邪気な問いを受けたお母さんは明らかに表情を強張らせた。
「……シュルクはまだ小さいからね。お外は、危ないものがいっぱいなのよー?」
「じゃあ、お母さんやお父さんと一緒ならいいの? そしたら危なくないよね?」
続けて放った疑問。
それに、お母さんは困ったように口ごもってしまう。
「………?」
この時、初めて抱いた違和感。
それは、年月が流れゆくほどに膨れ上がっていく。
「嫌だーっ! 俺もお外に行くーっ!!」
あれは、何歳になった時だったっけ。
自分が外に出してもらえない一方で、当然のように外に出ていく父さんや兄ちゃんを見送るだけの日々。
そして、その理由をはっきりと教えてもらえない日々に耐えかねて、俺は玄関に繋がる廊下のど真ん中で地団駄を踏んだ。
「シュルク……ごめんなさいね。」
そんな俺の前に、母さんはどこか悲しそうな表情を浮かべて膝をついた。
「まだ言わないでおこうと思ったのだけど……シュルクにはね、他の子たちにはない病気があるの。」
「病気…?」
「そう。お外に出たら、大変なことになっちゃうのよ。でもね、シュルクが元気でお外に出られるように、みんなで病気を治す方法を探してるところなの。いつか絶対にお外に出られるようにしてあげるから、もう少し我慢してね。」
「………っ」
母さんにそう説明された時、俺はそれを到底納得はできなかった。
「そんなの嘘だ! 俺、風邪引いた時みたいに具合悪くないもん! どこも痛くないし、熱だってないもん! 俺は病気じゃない!!」
この時の自分にとって、病気とは熱が出て喉や頭が痛くなるもの。
だから、こんなに元気なのに病気だと言われる理由が全く理解できなかった。
「う……うわああぁん!!」
感情のままに泣き叫ぶと、自分の周りにキラキラとした光が集まってくる。
それを見た母さんが、にわかにおろおろとし始めた。
「ごめんね。ごめんね、シュルク。お外に行けない代わりに、今度また、ルルンちゃんをお家に呼んであげるから。だから、泣くのはおしまいにしましょう? キラキラさんたちも心配しちゃうわ。」
そう言って、母さんは俺を強く抱き締める。
俺は不満をぶつけるように暴れてやろうと思ったんだけど……そこでふと、母さんの体が微かに震えていることに気付いた。
(母さん……もしかして、キラキラが怖いの…?)
俺にとっては普通の、このキラキラ。
そういえば、このキラキラは母さんや父さんとは一緒にいない。
いつだって、このキラキラが寄ってくるのは俺の近くだけだ。
(このキラキラが、俺の病気なの…?)
それは、たくさんの幸せをくれたキラキラたちへ疑いを持った初めての瞬間。
この時に入ったひびは、徐々に心に亀裂を広げていくことになる。
「―――シュルク。今日はプレゼントがあるんだ。」
九歳も半分を過ぎた真冬。
家族みんなで団欒していた時、父さんがそんなことを言って一つの小箱を差し出してきた。
「プレゼント? 誕生日でもないのに?」
泣き喚くことも怒ることも飽きたその頃。
早めの反抗期にでも入ったかのように、俺はひねくれた返答しかしない子供に育っていた。
「まあまあ。まずはちょっとつけてみておくれよ。」
持ち前の飄々さで俺の返答を流した父さんは、小箱からチョーカーを取り出す。
言われたとおりにチョーカーを首につけてみると、それまで近くで漂っていた霊子のきらめきが半減した。
そして、それを見た両親と兄ちゃんはあからさまにほっとしたような顔をする。
「……やっぱり、俺の病気ってこの霊子のことだったんだね。」
確信を持って告げると、兄ちゃんはものすごく驚いた顔を、両親は半ばこの展開が分かっていたかのような顔をした。
「シュルク、父さんの書斎に勝手に入ったね?」
「鍵をかけてないのが悪いんだ。」
しらばっくれるつもりはないので、つっけんどんに一言。
その次に、俺は父さんと母さんを真正面から見つめる。
「今度は、ちゃんと教えてくれる? 俺、ちゃんと我慢してきたよ。霊子がうるさいとみんなが怖がるから……怒ったり泣いたりしないように頑張ってきたんだ。だから、最近は霊子も大人しいでしょ?」
「………っ!!」
この言葉には、さすがに驚かされたのかもしれない。
顔を真っ青にした二人は、固まったまま動かなくなってしまった。
これまで、自分と接する数少ない人たちをよく観察してきた。
そして、自分が抱いている疑いが真実なのだと悟った。
俺が感情を乱して霊子が騒ぐ度、みんなの表情が恐怖で強張る。
それとは逆に、俺が落ち着いて霊子が大人しくなると安堵する。
霊子が騒ぐことは、俺以外の人にとってよくないこと。
それは、確認しなくても分かる事実だ。
そして、カーテンの隙間から外を観察する限りでは、こんな風に霊子をまとわせているのは俺以外にいない。
「シュルク……君が全然笑わなくなったのは、そういう理由だったんだね。気付いてあげられなくてごめんよ。君は、父さんたちが思っていた以上に聡い子みたいだ。」
涙ぐむ母さんをかばうように父さんが口を開いて、そっと頭をなでてくる。
それで胸が温かくなったけれど、俺はやっぱり無表情を貫くしかなかった。
「本当はもう少し大きくなってからって思ってたけど、ちゃんと説明しなきゃだめだね。」
そう告げた父さんは、できるだけ俺に分かりやすいように、俺の体質と霊子の関係について説明してくれた。
それで、父さんのメモを読むだけじゃ理解しきれなかったこともそれなりに分かった。
その中で―――俺が悪いわけじゃない、と。
くどいくらいに、何度も何度も。
母さんや兄ちゃんも一緒になって、父さんにそう言われた。
だけど……
「―――結局、俺が普通じゃないのがいけないんじゃん……」
みんなが眠って、本当に一人になったと感じた瞬間、そんな本音が口から零れ落ちた。
そっと窓に触れると、外で降り続ける雪に冷やされた窓が自分の手も冷たくしてくる。
それが、自分の心をも冷たく凍りつかせていくようだった。
「霊子が近寄ってこなければ、俺もみんなと同じになれるのかな…?」
ポツリと呟くと、途端に霊子がわらわらと群がってくる。
―――だめ、だめ……
―――嫌わないで……
脳裏に響く、いくつもの声。
大好きだったそれが、今は自分を苦しくさせる。
「うるさい!!」
思わず、頭を抱えて首を大きく振っていた。
「お前らの……お前らのせいだ!」
自分の周囲に集まる霊子たちを、渾身の力で振り払う。
空を切る手に手応えはなかったけれど、そうせずにはいられなかった。
「なんで俺に寄ってくるんだよ!? お前らがこうじゃなきゃ、俺は外に出られた! 父さんや母さんや兄ちゃんだって、あんな顔しなかったのに!!」
激情が赴くまま、ただ乱暴に言葉をぶつけた。
しかし、周囲に漂う霊子たちはまともな返事をしない。
馬鹿の一つ覚えのように、好きだの嫌だだのと言ってくるだけ。
霊子たちの意思が分からないことがもどかしくて、自分の気持ちを分かってもらえないことが悲しかった。
「……嫌い。」
噛み締めた奥歯の向こうから、悲嘆と憤怒に満ちた声が漏れる。
「お前らなんか、大っ嫌いだ!! もう俺に近寄ってくるな! 俺に……俺に、普通を返せよ!!」
血を吐くような、全身全霊の拒絶。
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