世界の十字路

時雨青葉

文字の大きさ
48 / 714
第6章 帰郷

〝返して〟

しおりを挟む
 最初に感じたのは、頭を貫く激しい耳鳴りと頭痛だった。
 頭が大きく揺れて、乗り物に酔ったかのような吐き気がする。


 そんな不快な心地の中、周りの空気が変質していくのを確かに感じた。




 そうして耳鳴りと吐き気がようやく治まった頃―――実たちは、さっきとは全く違う場所にいた。




 何かの儀式に使う部屋なのだろう。
 石造りの壁や床には、魔法陣や呪文のような文字が描かれている。
 棚には、様々な薬品や草花が並んでいた。


「彼らを連れていけ。」


 サリアムは、部屋のすみで控えていた兵の男たちに短く命じた。


 サリアムの命令に応えて、兵の一人が梨央を立たせる。


 移動の衝撃で完全に放心状態に陥っている梨央は、意思のない人形のようにされるがままになっていた。


 その様子を眺めながら、サリアムが拓也に向かって笑う。


「彼女に危害を加えてほしくなかったら、大人しくすることだ。今どちらが不利なのか、優秀な君なら分かるはずだよ。」


「………っ」


 拓也は唇を噛み締める。


 勝手についてきたらしいとはいえ、梨央は本来巻き込まれるべきではない人間だ。
 彼女を見捨てることは簡単だが、きっと実はそれを望まないだろう。


 梨央を守りつつ実も救出できるならいいが、大きなダメージを受けている今の状態では無謀に等しい足掻きだ。


 近付いてきた兵士が、拓也の腕を背中に回す。
 拓也はそれに逆らわず、素直に従った。


「女の子は丁重に。彼は、緊縛を施してある部屋に連れていけ。後で私が処置を施す。」


 余裕を含ませたサリアムの言葉に苛立たしさが煽られて、奥歯を強く噛み締める拓也。


 緊縛を施された部屋では、無条件に魔力を封じられてしまう。
 その後の処置とは、言うまでもない。


 記憶を改ざんされて洗脳されるか、殺されるかだ。


「サリアム!!」


 悔しげな拓也の横を、一人の女性が通り過ぎた。
 彼女はサリアムの元に駆け寄り、実の顔を覗き込む。


「サリアム、この子がそうなの?」
「ええ、そうですよ。セリシア様。」


 セリシアに優しい口調で答え、サリアムは静かに膝を落とした。


 ゆっくりと下りてきた実の体を、セリシアは待ち焦がれていたと言わんばかりに掻きいだく。


「ああ、こんなに大きくなって…。エリオスにそっくりだわ。」


 彼女は実を抱き締め、髪をき、頬を愛しげになでる。


 そんな彼女の仕草に、実は細く目を開いた。


 自分を見つめてくる女性は、青灰色せいかいしょくの目に涙を浮かべている。


 自分の頬に落ちてくる柔らかくうねった細い銀髪はとても綺麗で、ちょっと気弱そうな女性の雰囲気にとても似合っていた。


(あれ…? この人、知ってる…?)


 そんな気がしたけど、思い当たる記憶がない。
 誰かと訊きたかったのに、声も出ない。


「無理に力を使ったから、疲れちゃったのね……」


 セリシアは愛しげに微笑んで、実の頭をなでた。
 実はふと息をつく。


 不思議な気分だ。
 懐かしいような、くすぐったいような、そんな気分。


 知っている。
 この感覚を知っているはずだ。
 それなのに、どうしても思い出せない。


「サリアム。もう少し……もう少しだけ、この子と一緒にいさせて。お願い。」


 セリシアがサリアムのすそを掴んで、涙目で訴える。


 そんな彼女の様子にサリアムは難しげに眉を寄せ、しばらくすると諦めたように息をついた。


「分かりました。半日くらいなら、儀式を待ちましょう。ですが、これだけはお許しくださいね。」


 サリアムがセリシアから実を離し、実の胸に手をかざした。


「―――っ!!」


 実は身を強張らせた。


 胸から熱が流れ込んできて、体と頭を掻き回されているかのような苦痛が全身を支配する。


「大丈夫。事が終わるまで、眠ってもらうだけだよ。」
「実! 流されちゃだめだ!!」


 微笑むサリアムの穏やかな声と、必死な拓也の声が脳内に響く。


 意識が無理やり沈められそうになる。
 周りの音が一気にとお退き出して、思考がまとまらなくなる。


 意識が深い眠りの中へ落ちそうになる中、拓也の声だけを頼りにして、なんとか現実にしがみついた。


 しかし、眠気に逆らえば逆らうほど、全身をさいなむ苦痛が増していく。
 どこがどう苦しいのか、それも分からないくらいに不快だった。


「逆らわない方がいい。力を抜けば、すぐに楽になる。」
「実!!」


 サリアムの言葉と魔法に、実は全身全霊で逆らった。


 ここで眠ってしまったら、きっと自分は一生目覚めない。
 そんな確信があった。


 自分の身を守るためにも、絶対に負けるわけにはいかない。
 もはや意地だけで、全身を貫く苦痛に耐え続けた。


 だけど―――


「……う…っ」


 腕が力を失って地面に落ちる。
 意識は懸命に逆らっても、どんどん体から力が抜けていってしまう。


 必死に意識を繋ぎ止めようとしても、サリアムの前に自分はやはり無力だった。
 どんなに足掻いても、徐々にとお退いていく意識を引き戻せない。


(……嫌だ。)


 脱力感と苦痛にさいなまれながら、今ある力を意地で出して唇を噛む。


 嫌だ。
 嫌だ嫌だ嫌だ。
 このままこいつらの思い通りになるなんて、絶対に嫌だ。


 がむしゃらに自分の気持ちを奮い立たせると―――ざわりと、胸の奥がざわついた。


「そう。力を抜いて。」
「実、踏ん張ってくれ! じゃないと……お前は死んじまう!!」


 拓也が必死に叫び続ける。
 兵士たちに抵抗しているのか、拓也と彼らが揉み合う声も聞こえてくる。


(拓也……ごめん……俺のせいで……)


 悔しさが身にみる。


 にぶくなる五感。
 それとは対照的に、胸のざわめきはだんだん大きくなっていく。


(―――力が、あれば……)


 ぼんやりと、そんなことを思った。


 封じられているという力。
 それがあれば、もしかしたらこの状況を打破できるかもしれない。
 拓也たちのことも、これ以上危険な目に遭わせないで済むかもしれないのに。


 自分のためにここまでしてくれた拓也や、望まずに巻き込んでしまった梨央を、助けられるかもしれないのに……


 胸のざわめきが、より一層大きくなる。
 まるでその先の言葉が欲しいというように、力を求める心をかしてくるのだ。




(このまま終わるなんて……―――嫌だ!!)




 曖昧あいまいな思考の中に浮かんだ意地。
 それをバネに、実は最後の力を振り絞って音にならない声で叫んだ。


 お願い。
 後悔しないし、後戻りもしない。
 今この場で覚悟を決めるから。




 だから、俺に力を……あの力を―――!!



しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

45歳のおっさん、異世界召喚に巻き込まれる

よっしぃ
ファンタジー
コミカライズ企画進行中です!! 2巻2月9日電子版解禁です!! 紙は9日に配送開始、12日発売! 【書籍版 大ヒット御礼!オリコン18位&2巻出版!】 皆様の熱狂的な応援のおかげで、書籍版『45歳のおっさん、異世界召喚に巻き込まれる』が、コミカライズ決定いたしました!現在企画進行中!!そしてオリコン週間ライトノベルランキング18位、そしてアルファポリス様の書店売上ランキングでトップ10入りを記録しました! 12日には、楽天koboにおいてファンタジー5位となりました!皆様のおかげです! 本当に、本当にありがとうございます! 皆様の応援が、最高の形で「続刊(2巻)」へと繋がりました。 市丸きすけ先生による、素晴らしい書影も必見です! 【作品紹介】 欲望に取りつかれた権力者が企んだ「スキル強奪」のための勇者召喚。 だが、その儀式に巻き込まれたのは、どこにでもいる普通のサラリーマン――白河小次郎、45歳。 彼に与えられたのは、派手な攻撃魔法ではない。 【鑑定】【いんたーねっと?】【異世界売買】【テイマー】…etc. その一つ一つが、世界の理すら書き換えかねない、規格外の「便利スキル」だった。 欲望者から逃げ切るか、それとも、サラリーマンとして培った「知識」と、チート級のスキルを武器に、反撃の狼煙を上げるか。 気のいいおっさんの、優しくて、ずる賢い、まったり異世界サバイバルが、今、始まる! 【書誌情報】 タイトル: 『45歳のおっさん、異世界召喚に巻き込まれる』 著者: よっしぃ イラスト: 市丸きすけ 先生 出版社: アルファポリス ご購入はこちらから: Amazon: https://www.amazon.co.jp/dp/4434364235/ 楽天ブックス: https://books.rakuten.co.jp/rb/18361791/ 【作者より、感謝を込めて】 この日を迎えられたのは、長年にわたり、Webで私の拙い物語を応援し続けてくださった、読者の皆様のおかげです。 そして、この物語を見つけ出し、最高の形で世に送り出してくださる、担当編集者様、イラストレーターの市丸きすけ先生、全ての関係者の皆様に、心からの感謝を。 本当に、ありがとうございます。 【これまでの主な実績】 アルファポリス ファンタジー部門 1位獲得 小説家になろう 異世界転移/転移ジャンル(日間) 5位獲得 アルファポリス 第16回ファンタジー小説大賞 奨励賞受賞 復活の大カクヨムチャレンジカップ 9位入賞 オリコンランキングライトノベル 週間BOOKランキング 18位(2025年9月29日付)

どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~

さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」 あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。 弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。 弟とは凄く仲が良いの! それはそれはものすごく‥‥‥ 「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」 そんな関係のあたしたち。 でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥ 「うそっ! お腹が出て来てる!?」 お姉ちゃんの秘密の悩みです。

底辺から始まった俺の異世界冒険物語!

ちかっぱ雪比呂
ファンタジー
 40歳の真島光流(ましまみつる)は、ある日突然、他数人とともに異世界に召喚された。  しかし、彼自身は勇者召喚に巻き込まれた一般人にすぎず、ステータスも低かったため、利用価値がないと判断され、追放されてしまう。  おまけに、道を歩いているとチンピラに身ぐるみを剥がされる始末。いきなり異世界で路頭に迷う彼だったが、路上生活をしているらしき男、シオンと出会ったことで、少しだけ道が開けた。  漁れる残飯、眠れる舗道、そして裏ギルドで受けられる雑用仕事など――生きていく方法を、教えてくれたのだ。  この世界では『ミーツ』と名乗ることにし、安い賃金ながらも洗濯などの雑用をこなしていくうちに、金が貯まり余裕も生まれてきた。その頃、ミーツは気付く。自分の使っている魔法が、非常識なほどチートなことに――

勇者召喚に巻き込まれ、異世界転移・貰えたスキルも鑑定だけ・・・・だけど、何かあるはず!

よっしぃ
ファンタジー
9月11日、12日、ファンタジー部門2位達成中です! 僕はもうすぐ25歳になる常山 順平 24歳。 つねやま  じゅんぺいと読む。 何処にでもいる普通のサラリーマン。 仕事帰りの電車で、吊革に捕まりうつらうつらしていると・・・・ 突然気分が悪くなり、倒れそうになる。 周りを見ると、周りの人々もどんどん倒れている。明らかな異常事態。 何が起こったか分からないまま、気を失う。 気が付けば電車ではなく、どこかの建物。 周りにも人が倒れている。 僕と同じようなリーマンから、数人の女子高生や男子学生、仕事帰りの若い女性や、定年近いおっさんとか。 気が付けば誰かがしゃべってる。 どうやらよくある勇者召喚とやらが行われ、たまたま僕は異世界転移に巻き込まれたようだ。 そして・・・・帰るには、魔王を倒してもらう必要がある・・・・と。 想定外の人数がやって来たらしく、渡すギフト・・・・スキルらしいけど、それも数が限られていて、勇者として召喚した人以外、つまり巻き込まれて転移したその他大勢は、1人1つのギフト?スキルを。あとは支度金と装備一式を渡されるらしい。 どうしても無理な人は、戻ってきたら面倒を見ると。 一方的だが、日本に戻るには、勇者が魔王を倒すしかなく、それを待つのもよし、自ら勇者に協力するもよし・・・・ ですが、ここで問題が。 スキルやギフトにはそれぞれランク、格、強さがバラバラで・・・・ より良いスキルは早い者勝ち。 我も我もと群がる人々。 そんな中突き飛ばされて倒れる1人の女性が。 僕はその女性を助け・・・同じように突き飛ばされ、またもや気を失う。 気が付けば2人だけになっていて・・・・ スキルも2つしか残っていない。 一つは鑑定。 もう一つは家事全般。 両方とも微妙だ・・・・ 彼女の名は才村 友郁 さいむら ゆか。 23歳。 今年社会人になりたて。 取り残された2人が、すったもんだで生き残り、最終的には成り上がるお話。

異世界サバイバルゲーム 〜転移先はエアガンが最強魔道具でした〜

九尾の猫
ファンタジー
サバイバルゲームとアウトドアが趣味の主人公が、異世界でサバゲを楽しみます! って感じで始めたのですが、どうやら王道異世界ファンタジーになりそうです。 ある春の夜、季節外れの霧に包まれた和也は、自分の持ち家と一緒に異世界に転移した。 転移初日からゴブリンの群れが襲来する。 和也はどうやって生き残るのだろうか。

【完結保証】僕の異世界攻略〜神の修行でブラッシュアップ〜

リョウ
ファンタジー
 僕は十年程闘病の末、あの世に。  そこで出会った神様に手違いで寿命が縮められたという説明をされ、地球で幸せな転生をする事になった…が何故か異世界転生してしまう。なんでだ?  幸い優しい両親と、兄と姉に囲まれ事なきを得たのだが、兄達が優秀で僕はいずれ家を出てかなきゃいけないみたい。そんな空気を読んだ僕は将来の為努力をしはじめるのだが……。   ※画像はAI作成しました。 ※現在毎日2話投稿。11時と19時にしております。 ※2026年半ば過ぎ完結予定。

【しっかり書き換え版】『異世界でたった1人の日本人』~ 異世界で日本の神の加護を持つたった1人の男~

石のやっさん
ファンタジー
12/17 13時20分 HOT男性部門1位 ファンタジー日間 1位 でした。 ありがとうございます 主人公の神代理人(かみしろ りひと)はクラスの異世界転移に巻き込まれた。 転移前に白い空間にて女神イシュタスがジョブやスキルを与えていたのだが、理人の番が来た時にイシュタスの顔色が変わる。「貴方神臭いわね」そう言うと理人にだけジョブやスキルも与えずに異世界に転移をさせた。 ジョブやスキルの無い事から早々と城から追い出される事が決まった、理人の前に天照の分体、眷属のアマ=テラス事『テラスちゃん』が現れた。 『異世界の女神は誘拐犯なんだ』とリヒトに話し、神社の宮司の孫の理人に異世界でも生きられるように日本人ならではの力を授けてくれた。 ここから『異世界でたった1人の日本人、理人の物語』がスタートする 「『異世界でたった1人の日本人』 私達を蔑ろにしチート貰ったのだから返して貰いますね」が好評だったのですが...昔に書いて小説らしくないのでしっかり書き始めました。

最遅で最強のレベルアップ~経験値1000分の1の大器晩成型探索者は勤続10年目10度目のレベルアップで覚醒しました!~

ある中管理職
ファンタジー
 勤続10年目10度目のレベルアップ。  人よりも貰える経験値が極端に少なく、年に1回程度しかレベルアップしない32歳の主人公宮下要は10年掛かりようやくレベル10に到達した。  すると、ハズレスキル【大器晩成】が覚醒。  なんと1回のレベルアップのステータス上昇が通常の1000倍に。  チートスキル【ステータス上昇1000】を得た宮下はこれをきっかけに、今まで出会う事すら想像してこなかったモンスターを討伐。  探索者としての知名度や地位を一気に上げ、勤めていた店は討伐したレアモンスターの肉と素材の販売で大繁盛。  万年Fランクの【永遠の新米おじさん】と言われた宮下の成り上がり劇が今幕を開ける。

処理中です...