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第4章 抱えるもの
策士の微笑み
しおりを挟む「所詮は飢えの塊……単純。」
囁くように告げたエリオスは、血まみれのナイフの柄に唇をつけた。
「汝が取り込みし我が血に命ず。その血を糧に、汝に仇なす呪いとなれ。」
エリオスがそう唱えると、ナイフの柄にはめ込まれた石が強い光を放った。
そのまぶしさに目を閉じた真っ暗な視界の中で、リラステが苦しむ絶叫が聞こえた。
慌てて目を開くと、エリオスの手から離れたリラステが、地面で苦しげに身をくねらせていた。
「………っ」
息を飲むしかない。
エリオスが何をしたのかは分からないが、こんなリラステは初めて目にした。
「へぇ…。これだけでも、結構効くんだぁ。」
自分以上に意外そうな声で、エリオスは目を丸くする。
「小僧……貴様…っ」
苦しみながら、リラステが激しい怒りをみなぎらせた声をあげる。
それを聞いたエリオスは、ここで初めて本性が垣間見えるような笑みをたたえた。
それは―――遥かな高みから愚者を見下ろすかのような、策士の笑み。
「……ふふふ。君を倒すことはできないけど、追い払うことならできるよ。甘かったね。」
エリオスが手をしならせる。
あまりにも素早い動きで、全然見切れなかった。
気付いた時には、エリオスの手にあったはずのナイフが黒い塊に深々と突き刺さっていた。
けたたましい絶叫が脳内をつんざく。
それが収まった頃にはリラステの体は霧散していて、その気配すらも残っていなかった。
「―――さて、と。とりあえず、一件落着かな。」
エリオスは一瞬で雰囲気を和らげると、しゃがんでこちらと目線を合わせてきた。
「大丈夫?」
「……大丈夫じゃないのは……あんたの方だ…っ」
空気を揺らした自分の声は、情けないほどに震えていた。
エリオスの左腕は、血で真っ赤に濡れている。
服の袖はボロボロに破れ、その間から覗く白い肌には、いくつもの傷が穿たれていた。
指摘されて、エリオスはようやく自分の姿を見下ろす。
「ああ……大丈夫だよ。このくらいの傷、すぐに治せるか―――」
「大丈夫じゃない!!」
感情が限界点に達して、気付けば怒鳴っていた。
目をしばたたかせるエリオスに、自分は声の限りに叫ぶ。
「何考えてんだ、あんた!? 調べたんなら、あいつがどんな奴なのか知ってるだろ!? いきなり出てきて好き勝手やって、それでそんな怪我して……ふざけんな!! オレは……もう見たくない。そうやってあいつのせいで誰かが傷つくのは、もう散々なんだよ!!」
父さんが死んだ。
ここにいる人たちも、危険にさらしかけた。
これ以上、誰かが傷つくのはごめんなんだ。
いくら勝算があったからといって、あんなことをしてほしくなかった。
うつむいて激情をこらえていると、ふいに温かな手が頭に触れた。
「……ごめん。」
エリオスはしゅんと眉を下げて、謝罪の言葉を口にした。
「リラステを追い払うためには、これが手っ取り早いって思ったんだけど……そうだね。君のことを考えるなら、違うやり方がよかったね。」
エリオスの優しい言葉が、複雑な心境を生む。
「ちくしょう…っ。なんで謝るんだよ……オレが、情けねぇみたいじゃん。」
助けられたくせに、感謝もせずに怒鳴って、その上謝られるなんて。
自分が惨めに思えてならなかった。
しかし、そんな自分にエリオスは静かに首を振った。
「キース君は情けなくないよ。一族が背負ってきたものを抱えながら、一人で必死に頑張ってきたじゃないか。君たちはずっと、こんなに重たいものを背負ってきたんだね…。そんな風に、無理に大人にならなくていい。君はすごいよ。だから、もっと力を抜いていいし、甘えてもいいんだ。」
「……う…っ」
それから、思い切り泣いた。
父が死んでから、涙はずっと見せないようにしてきた。
泣いてたまるかと、日々を必死に生きてきた。
それが、こんなにも自分を追い詰めていたなんて……
声の限りに泣いて、喚いて、どろどろとあふれる感情を吐き出した。
どうして自分がこんな目に遭わなきゃいけないんだ。
なんで父さんが死ななきゃいけなかったんだ。
悲しい。
憎い。
寂しい。
―――つらい……
泣き疲れて気絶するまで、自分はエリオスにすがって泣き叫び続けた。
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