43 / 48
42,いただきますとアリス
しおりを挟む「お待たせいたしました、本日のメニューはビーフシチューとフレッシュサラダ、堅焼き白パン、ヨーグルトでございます」
手を洗い、席についたアリスの前にウェンティが料理を運んできた。
「今回もボリュームたっぷりだな」
品数は少し少ないものの、やはり量が多い。
「はい! そしてこちらのビーフシチューですが、途中でこちらを入れるとより美味しくなりますので頃合いを見て入れさせていただきます」
クロイツがテーブルの上に置いてあった蓋をしてある銀の小皿を示す。
「わかった。では」
いただきます、と発する。
アリスは、いつしか食事を始める前に『いただきます』と言うようになった。誰かに言われたからではない。というより、この世界にいただきますと言う文化は無い。手を合わせる、女神ステイネアに祈るなど信仰故の習慣、文化は見かけはしたが、誰しもがやっているわけでは無かった。信心深いネルンは食事の前に一分ほど祈ってから食べ始めるが、これはキリスト教などの既存の宗教などでは『神』に対して、日々の糧を感謝する。だが、日本では食材に対していただきますと祈りを捧げる。一説によれば、日本の八百万(やおよろず)の神々に対しての祈りであるとも言われているが、幅広く浸透しているのはやはり日本の宗教への関心の薄さが起因しているとも考えられる。
アリスはそんな事を0.5秒ほど考えていた。いただきますと言うことは無駄かもしれない。だが、これもなんだか人間に近づいたような気がしていて、これはこれで悪くないと考えていた。
「今日のパンは堅めなのだな」
手に取った今日の白パンは黒パンのように硬く、元居た世界のフランスパンに似ている。
「はい。このパンが柔らかくなるくらい浸して食べるのがおススメです」
「なるほど、こうだな」
堅焼き白パンをむしり、と三分の一ほどにちぎってビーフシチューに浸した。パンはすぐにビーフシチューを吸い、持ち上げるとずっしりと重くなっていた。
「んむっ……」
ビーフシチューが服に垂れないように注意しつつ口に運ぶ。
「……いい味だ。コクと深み、その両方が同時に押し寄せてくる」
このビーフシチューは、長い時間丁寧に煮込まれており、まず尋常ならざる手間を感じた。他にも、時間をかけて煮込まれたことによりたまねぎは存在がわからないほどトロトロに溶け、主役の厚切りの牛肉から溶けだした旨味を引き出している。
「今年の赤ワインは出来が良かったらしく、予想よりも芳醇な仕上がりになりました。それと、市場で珍しくセロリが出ていたのでそれも入れています」
ワインはコクを大幅に増幅させる。それに加えて香りも付与するため、ビーフシチューには無くてはならない存在だ。セロリは、好き嫌いが別れる食べ物として有名だが、ビーフシチューに入れるとあの独特の薬のような香りが抜け、代わりにビーフシチューに複雑な味と香味をもたらす。
「お肉の方もじっくり加熱したため、美味しく仕上がりました」
どうぞ、と言われ、匙で大ぶりな肉をすくう。深い茶色の牛肉は、これまた深い茶色のシチューを被り、一種の背徳感さえ与えるほどに輝いていた。脂身もツヤツヤと輝き、アリスを誘惑しているようだ。
「はむっ」
大ぶりの肉を思い切って一口で口の中に入れきる。そして歯をたて――
「!」
歯を立てる前に、口の中で肉が『ほどけた』。ホロホロと肉の繊維という繊維が口の中で、舌の上でほどける。 その触感を楽しんだ後、優しく噛むと旨味の強い肉汁とシチューがじゅわっ! と口の中で爆発した。どこにそんな水分が含まれていたのかわからないほどの水分量に思わずアリスは肉汁のみを飲み込んでしまった。だが、噛むとまた出てくる。旨味の強い肉汁は噛めば噛むほど溢れる。そのためアリスはしばらく無言で咀嚼を続けた。
「お肉は先に表面に焼きを入れ、その後じっくり焼き上げたので肉汁を閉じ込めてあります。その様子だと……大丈夫そうですね」
笑顔でクロイツが語る。
「素晴らしい調和だな」
ゴクンと肉を飲み込み、水を一口飲む。
「ありがとうございます」
褒められてクロイツは嬉しそうだ。
「手が止まらないぞ」
パンをちぎり、シチューに浸し、口に入れ、咀嚼し、またパンをちぎる。ループが始まっていた。
「そろそろこれをいれましょうか」
そう言い、クロイツは先程示した銀の小皿を取り、ふたを開けた。
「これはクリームチーズです。入れるだけでも表情が一気に変わります。いかがですか?」
「いただこう」
「かしこまりました。では、どれくらいお入れいたしますか?」
「……たくさんだ」
その返答を聞き、かしこまりました……とごっそりクリームチーズをすくい、ビーフシチューの皿の端に落とす。
「パンにつけても美味しいですよ」
そう言われたのでアリスは素直にパンにクリームチーズをつける。そしてそのまま口に運ぶ。
「……なるほど」
クリームチーズが入ったことにより、こってりとした旨味が追加された。爽やかな香りも相まって、別の食べ物のようだ。酸味もうまく作用し、クセになる後味を醸し出している。
「サラダもいただくか」
パンを一切れ食べ終えたので、サラダにフォークを伸ばす。レタスとトマトのシンプルなものではあるが、逆にそれが魅力的だ。
「いい箸休めになるな」
レモンを振りかけてあるのか、鼻に柑橘系の香りが抜ける。
「レモンピール……レモンの皮を薄く切って混ぜています。強い香りが特徴なのですが、少量ならいいアクセントになります」
「味の濃いものの合間に食べるとリセットされるな」
口の中がさっぱりし、箸休めとしては最適であった。
「……満足した」
その後は黙々と食事を進め、出された皿を全て空っぽにした。
「ありがとうございます」
恭しくクロイツが礼をする。
「あ、お嬢様!」
アリスが食べ終わったのを確認したシナが駆け寄ってきた。
「どうしたシナ」
シナはアリスのもとに駆け寄り、声を潜めて耳打ちした。
「……クリスティーナが二時間ほど寝ておけと。昨日の戦闘などで消耗しているだろうとのことです」
「……承知した。体が少し軋んでいるのを感じていたところだ。それに、疲労の蓄積もな」
頭が少し痛む。昨日の寝不足によるものだろう。
「お嬢様、今日のおやつはいかがなさいますか?」
クロイツが皿を下げながらアリスに問う。
「……一時間遅らせて私の部屋に持って来てくれ」
「かしこまりました」
クロイツが皿を下げ終わったのを確認してアリスは席を立った。
0
あなたにおすすめの小説
十三回目の人生でようやく自分が悪役令嬢ポジと気づいたので、もう殿下の邪魔はしませんから構わないで下さい!
翠玉 結
恋愛
公爵令嬢である私、エリーザは挙式前夜の式典で命を落とした。
「貴様とは、婚約破棄する」と残酷な事を突きつける婚約者、王太子殿下クラウド様の手によって。
そしてそれが一度ではなく、何度も繰り返していることに気が付いたのは〖十三回目〗の人生。
死んだ理由…それは、毎回悪役令嬢というポジションで立ち振る舞い、殿下の恋路を邪魔していたいたからだった。
どう頑張ろうと、殿下からの愛を受け取ることなく死ぬ。
その結末をが分かっているならもう二度と同じ過ちは繰り返さない!
そして死なない!!
そう思って殿下と関わらないようにしていたのに、
何故か前の記憶とは違って、まさかのご執心で溺愛ルートまっしぐらで?!
「殿下!私、死にたくありません!」
✼••┈┈┈┈••✼••┈┈┈┈••✼
※他サイトより転載した作品です。
悪役令嬢の心変わり
ナナスケ
恋愛
不慮の事故によって20代で命を落としてしまった雨月 夕は乙女ゲーム[聖女の涙]の悪役令嬢に転生してしまっていた。
7歳の誕生日10日前に前世の記憶を取り戻した夕は悪役令嬢、ダリア・クロウリーとして最悪の結末 処刑エンドを回避すべく手始めに婚約者の第2王子との婚約を破棄。
そして、処刑エンドに繋がりそうなルートを回避すべく奮闘する勘違いラブロマンス!
カッコイイ系主人公が男社会と自分に仇なす者たちを斬るっ!
私が王子との結婚式の日に、妹に毒を盛られ、公衆の面前で辱められた。でも今、私は時を戻し、運命を変えに来た。
MayonakaTsuki
恋愛
王子との結婚式の日、私は最も信頼していた人物――自分の妹――に裏切られた。毒を盛られ、公開の場で辱められ、未来の王に拒絶され、私の人生は血と侮辱の中でそこで終わったかのように思えた。しかし、死が私を迎えたとき、不可能なことが起きた――私は同じ回廊で、祭壇の前で目を覚まし、あらゆる涙、嘘、そして一撃の記憶をそのまま覚えていた。今、二度目のチャンスを得た私は、ただ一つの使命を持つ――真実を突き止め、奪われたものを取り戻し、私を破滅させた者たちにその代償を払わせる。もはや、何も以前のままではない。何も許されない。
裏切られた令嬢は死を選んだ。そして……
希猫 ゆうみ
恋愛
スチュアート伯爵家の令嬢レーラは裏切られた。
幼馴染に婚約者を奪われたのだ。
レーラの17才の誕生日に、二人はキスをして、そして言った。
「一度きりの人生だから、本当に愛せる人と結婚するよ」
「ごめんねレーラ。ロバートを愛してるの」
誕生日に婚約破棄されたレーラは絶望し、生きる事を諦めてしまう。
けれど死にきれず、再び目覚めた時、新しい人生が幕を開けた。
レーラに許しを請い、縋る裏切り者たち。
心を鎖し生きて行かざるを得ないレーラの前に、一人の求婚者が現れる。
強く気高く冷酷に。
裏切り者たちが落ちぶれていく様を眺めながら、レーラは愛と幸せを手に入れていく。
☆完結しました。ありがとうございました!☆
(ホットランキング8位ありがとうございます!(9/10、19:30現在))
(ホットランキング1位~9位~2位ありがとうございます!(9/6~9))
(ホットランキング1位!?ありがとうございます!!(9/5、13:20現在))
(ホットランキング9位ありがとうございます!(9/4、18:30現在))
記憶を失くして転生しました…転生先は悪役令嬢?
ねこママ
恋愛
「いいかげんにしないかっ!」
バシッ!!
わたくしは咄嗟に、フリード様の腕に抱き付くメリンダ様を引き離さなければと手を伸ばしてしまい…頬を叩かれてバランスを崩し倒れこみ、壁に頭を強く打ち付け意識を失いました。
目が覚めると知らない部屋、豪華な寝台に…近付いてくるのはメイド? 何故髪が緑なの?
最後の記憶は私に向かって来る車のライト…交通事故?
ここは何処? 家族? 友人? 誰も思い出せない……
前世を思い出したセレンディアだが、事故の衝撃で記憶を失くしていた……
前世の自分を含む人物の記憶だけが消えているようです。
転生した先の記憶すら全く無く、頭に浮かぶものと違い過ぎる世界観に戸惑っていると……?
悪役令嬢がヒロインからのハラスメントにビンタをぶちかますまで。
倉桐ぱきぽ
恋愛
乙女ゲームの悪役令嬢に転生した私は、ざまぁ回避のため、まじめに生きていた。
でも、ヒロイン(転生者)がひどい!
彼女の嘘を信じた推しから嫌われるし。無実の罪を着せられるし。そのうえ「ちゃんと悪役やりなさい」⁉
シナリオ通りに進めたいヒロインからのハラスメントは、もう、うんざり!
私は私の望むままに生きます!!
本編+番外編3作で、40000文字くらいです。
⚠途中、視点が変わります。サブタイトルをご覧下さい。
悪役令嬢に転生しましたが、全部諦めて弟を愛でることにしました
下菊みこと
恋愛
悪役令嬢に転生したものの、知識チートとかないし回避方法も思いつかないため全部諦めて弟を愛でることにしたら…何故か教養を身につけてしまったお話。
なお理由は悪役令嬢の「脳」と「身体」のスペックが前世と違いめちゃくちゃ高いため。
超ご都合主義のハッピーエンド。
誰も不幸にならない大団円です。
少しでも楽しんでいただければ幸いです。
小説家になろう様でも投稿しています。
悪意には悪意で
12時のトキノカネ
恋愛
私の不幸はあの女の所為?今まで穏やかだった日常。それを壊す自称ヒロイン女。そしてそのいかれた女に悪役令嬢に指定されたミリ。ありがちな悪役令嬢ものです。
私を悪意を持って貶めようとするならば、私もあなたに同じ悪意を向けましょう。
ぶち切れ気味の公爵令嬢の一幕です。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる