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しおりを挟む「つ、疲れた……」
日が暮れ、 月が顔を出す。しかしルベルは前に進むことができずにいた。
「何がダメなんだ……? どうして……」
もう目を閉じずともスカーレットの動きは完璧に思い出すことができる。それでも、ルベルはこの剣を剣としてしか扱うことはできていなかった。
「……お疲れルベル、今日は終わりだ」
いつからか来ていたスカーレットが、よく通る声で終わりを告げる。
「……クソっ!」
ギリリ、とルベルは歯ぎしりをし、剣を置く。
「ダメだ、昨日からまるで進捗が無い……」
溜息。そして、暗い声。ルベルは焦っていた。
「スカーレットの動きを真似ても、分析してもできないんだ。手本を見せてもらって、こんなにできないなんて……」
自分の無能さを悔いるように、はたまた出来ぬ自分への怒りを吐き捨てるかのように呟く。
「……バカモノ」
ポスッ。俯いていたルベルの頭をスカーレットが撫でる。
「そんなに急いてどうした? 進歩が無いなんて言うな。私の動きを真似ても、分析してもできないという事が分かっただろう?」
「ッ! それがわかったところで! 前に進めるのかよ⁉」
思わず乱暴な言葉がルベルの口から漏れる。本来、ルベルは我慢強い男だ。しかし、近衛に選ばれた事、護るべき相手に勝てない事、周囲の期待が大きい事、それらの要素が積み重なり、ルベルは目に見えぬプレッシャーを感じていた。
「……ルベル……」
「あっ、その……」
自分の口から出た言葉を悔いる。言ってしまった事を悔いる。ルベルは自分に向けてくれた優しい言葉に対し、怒りを向けてしまった。
「クソっ……!」
狼狽。焦燥。羞恥。罪悪感。色々な感情が入り乱れ、頭と心を行き来する。数秒間は固まったまま動かず。しかし――
「おい、ルベル!」
考えるより体が先に動いていた。ルベルは歯を食いしばった後、走って行ってしまった。
「クソっ! クソっ……!」
すべてをかなぐり捨て、ルベルは逃げ出した。
「……俺は最低だ……」
息が切れるほど走り、多少雑念が抜けたルベルは近くの木にもたれかかる。
『ッ! それがわかったところで! 前に進めるのかよ⁉』
先ほどの言葉が脳内をリフレインする。ぐるぐる、ぐるぐると円環状にルベルの頭を回り続ける。
悔しくて涙が滲む。頭ではわかっている、俺はこんなことで投げ出す男ではないと。これしきのことでつまずいて泣く男ではないと。それでも、涙が滲む。視界が揺れる。情けない、嗚呼、情けないと心では思っている。でも涙は止まらない。
「まるで……」
ガキみたいだ。その言葉をどうにか飲み込む。自分で自分に負けを通告する必要はない。
「こんな簡単なこと、二日やっただけでこんなになるなんて……」
自分の脆い心が嫌になった。自分の弱い意思に吐き気がする。
「やっぱり、俺はその程度の人間だったんだ」
ついに自分から負けの言葉を吐いた。ぽろりと出てしまった言葉はどんな果実にも勝る甘美なモノで、ルベルは負けたと認め――
「はあっ、はあっ……。ば、バカモノ!」
声がした。いつも澄まして、笑っている姫の怒気をはらんだ声が。
「……スカーレット」
走ってきたのか、呼吸が荒い。ルベルが顔を上げると、呼吸とともに髪すらも多少乱れたスカーレットがそこにいた。
「私は怒っている! 理由はわかるか⁉」
「……逃げたから、か?」
ルベルがそう言うや否や、スパーン! と頭を叩く綺麗な音が響き渡った。
「いってぇぇぇぇ!」
ルベルの視界がチカチカと揺れた。
「そんなことで私が怒るか! 私が怒っているのは、そこじゃない! そこじゃないんだ……」
少し悔しそうに、スカーレットは唇を噛む。
「……ルベル、君は強いよ、私が認める。でも、心はまだまだだ」
「……知ってるさ、たった二日で何もかも嫌になってしまうのだから」
「違うよ、たった二日じゃない。二日もやったんだ。私は知っているよ? 君がどれほど真剣に、本気で剣を振るっていたか。どれだけ試行錯誤して、どれだけ失敗したかも」
静かにスカーレットは語る。
「普通なら、できない、諦めようと考える。それに、もっと時間が欲しいとも嘆くだろう。中には、もっと頑張る者もいるかもしれない。けれどね、ルベル。君と彼らでは決定的に違うものがあるんだ」
「決定的に、違うもの……?」
「そうだ。普通なら、この剣は欠陥品だ、難しすぎると物のせいにするようなところを、己のせいにしていることだ。無能さを悔いていたろう。それは、凄いことだ」
「で、でも……」
「それに! 私があれだけ時間を費やしたんだ、数日でやすやすとやられてたまるか!」
駄々っ子のように口を尖らせる。
「君の目に見えぬ不安もわかる。だから言うぞルベル」
ルベルにスカーレットが近づく。そして、自分の胸元にルベルを抱き寄せた。
「え、ちょっ!」
鼻先に誰もがうらやむ二つの果実が。抵抗むなしくルベルの顔は豊かな胸の間に挟まった。
「私を頼ってくれ。どうか、玉座でふんぞり返る無能な主だと思わないでくれ。その肩にのしかかっている不安、私にも背負わせてくれないか」
ふくよかな双丘でルベルを包み込みながら、スカーレットは言う。
「もちろん、私の不安も少しは背負ってもらうぞ、それがあるべき主従関係なのだからな」
「……ああ、そう、だな」
フッ、と憑き物が落ちたようにルベルが笑う。
「ふふ、やはりおっぱいは偉大だな。それに、胸は母性の塊であるからな、どうだ?」
「どうだ、と言われても……」
すげー柔らかくて、いいにおいがしますという言葉を飲み込む。そう言ってしまうと、折角のスカーレットのいい言葉が台無しになってしまうからだ。
「ってか、もういいか? さすがにこの状況はマズいのでは……」
「むー、私の胸ではダメか?」
「だ、ダメとかそういうわけじゃないんだけど! とりあえず離して!」
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