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001 ゾンビに捧げるレクイエム

お祈りメールのせいなのか?

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「なっ……。ここはどこだ?」
「どこって? 君が望んだ世界だよ」
「それって異世界? まさか」
「まさかって? 見ての通りだけど」

 神の使いだという小動物に、知らない場所に飛ばされた。
 辺りは暗く、密集した木が見える。フクロウらしき鳴き声に、葉っぱもカサカサ鳴っていた。

「夢だ、夢に違いない! 炎天下の就職活動疲れで、倒れ込んだんだ」

 ベタだけど、ほおをつねればしっかり痛い。湿った土と草の香り。夜風もなんだか生ぬるい。
 全てがリアルだ。

「ここはやっぱり、異世界なのか?」
「もう、何をブツブツ言ってるの? 願いを叶えてあげたのに」

 羽付きリスが、首をかしげる。
 もしかしてこれ、こいつの力か!?

「お前……いえ、あなた様は神ですか?」
「ボクが神? やだなぁ、神はそっちでしょう? ボクはただの使いだよ」
「俺が神だって!?」
「そうだよ。わかっているくせに」
「は? そんなわけないだろ」
「またあ~。ボクには隠さなくていいよ」

 ダメだ、話が通じない。
 ならば、別のことを聞こう。

「ちなみに、使いって誰の?」
「あれれ? ここに来る前言ったはずだけど? 偉大な神、最高神リデウス様の御使みつかいだよって」

 そこまで詳しく言ってたか?
 あと、デウスならまだしもリデウスなんて名前、聞いたことがない。

「とにかく君は元の世界の神として、ここの人を救ってね。大丈夫、ボクがちゃ~んと補佐するから」
「いやいやいや、話が見えない。俺が神ってなんの冗談だ?」
「まったまた~。謙遜けんそんしちゃってぇ」

 リスがクスクス笑うけど、神ってなんだ? 
 まさかこれ、お祈りメールのせいなのか?

「誤解だ。ちゃんと話せば……」
「ぐああぁぁぁ」

 その時突然、吠えるような声が聞こえた。
 クマ? それともイノシシ?

「えっと、急いだ方がいいみたい。いくら神でも、襲われたら大変だもんね」
「だから神じゃないって!」
「腕輪を確認してくれる?」

 リモという名の羽付きリスは、俺の話を華麗にスルー。腕輪なんて、そんなの知らないけどな。

「え? 形が変わってる?」

 着ていたリクルートスーツはそのままだけど、腕時計が変化して腕輪っぽくなっていた。

「銀の突起を上に三回、下に三回まわしてみて」
「そこはネジ巻き式なのか」

 言われた通りにしてみると、目の前に黒い画面が現れた。そこに、黄緑色の文字が光っている。


【打佐田 太一(ださだ たいち) 神レベル1】

 体力 10
 知力  8
 聖力 15
 素早さ10
 運   2
 特殊スキル『聖なる灯火ともしび
 

「すごいな。最新式のスマートウォッチは、ここまで進化したのか」

 親と疎遠な貧乏苦学生。
 そんな自分に、高価な品など買えるはずもなく……。

「なんか、ゲームのステータス画面みたいだ。体力知力はわかるけど、聖力?」
「ねえ、確認が済んだらスキルを使ってみてよ」

 リモに急かされたので、聞いてみる。

「スキルって、特殊スキル? 『聖なる灯火』のことか?」
「そう。今はまだ、それしかないでしょ。ほら、あのかたまりに向けて放てばいい」

 放つってことは、魔法か何かか?
 よくわからんが、となえてみよう。

 中二病っぽい言葉は意外と好きで、声に出しても苦にならない。
 イタイやつ? ……ふ。聞こえないね。

 俺は左腕を突き出して、カッコ良く口にする。

「『聖なる灯火』……うわあっ」

 突如、手の平から青い光が放たれた。
 灯火なんてとんでもない。閃光弾せんこうだんだ!

 バランスを崩すも立て直す。
 前方では、光を浴びた塊がもがき苦しんでいる。

「ごあ、がご、ぐううぅ……」
「やったね☆ さすが神様」

 リモは喜び、俺の周りをパタパタ飛んでいる。

「さっきまで動かなかったのに……。人だったらどうしよう」
「違う、あれはゾンビだよ。しつこいし、襲ってくるから気をつけてね」
「ゾンビって、つまり腐った死体? うげっ」

 思わずその場でのけった。
 おかしい。異世界で最初に出くわす敵って、スライムじゃなかったのか?



 ◎◎◎◎◎



 それが、つい先ほどのこと。
 散々追いかけられるうち、ちょっぴり慣れた自分が怖い。
 
「確かにしつこいな。……あ! なんか見えた。あれが民家か?」
「たぶんね~」

 リモはこんな時でもゆっくり話す。
 だけど俺に、のんびりしている暇はない。
 あちこちからズリズリという音がする。
 ゾンビが迫ってくるようだ。
 
「やっぱり家だ!」

 石の壁に木の扉。
 窓は閉ざされている。
 俺は迷わず、扉をどんどん叩く。
 
「お願いです、助けてください!」

 何せゾンビの数が多いのだ。
『聖なる灯火』じゃ間に合わない。

「ゾンビに追われているんです。早く!」

 待てど暮らせど、開く気配はない。

「留守なのか? クソッ」
「もう、神なのに下品だなぁ」
「だから違うって。俺はただの人間……」

 背後でガサガサ音がする。

「ぐがあぁぁぁぁぁ」
「『聖なる灯火!』」

 とっさに放つと、見事に命中。
 茂みから飛び出たゾンビが、青い炎に包まれた。

「ぐえっ、ぐえっ、ごぎゃあぁぁぁ」

 断末魔の叫びもさることながら、腐臭がエグい。
 鼻をまんでいるせいで、息が苦しくなってきた。

「ダメだ、他を当たろう!」
「頑張れ~~」

 俺をこんな目に遭わせたリモが、一番のんきだ。
 文句を言うのは後でいい。
 まずは、安全な場所に避難しよう。

「そこの人、こっちにおいで。早く!」

 女性の声に目をやると、高台にある家のあかりがれていた。

「行くぞ」
「ちょっと、振り落とさないでよぉ」

 リモを掴んで突っ走る。
 急いで駆け込み扉を閉めると、何かがぶつかる音がした。

「グシャッ」
「え? 今のって……」
「いいからそこをどきな!」
「はいっ」

 慌ててけたら、中年女性が扉にかんぬきをかけた。

「これで良し。お前さん、危ないところだったね」
 



※デウスならまだしも……『デウス・エクス・マキナ』。ラテン語で『機械仕掛けの神』という意味。なんかカッコいいので知っていた。
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