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001 ゾンビに捧げるレクイエム

俺が、神だから?

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 美少女は一人ではなく、騎士らしき男を従えている。

「ちょっと、こいつらどういうこと? 私を誰だと思ってんのよ!」
「お、お嬢様……」
「早く魔法で撃退してください」
「うるっさいわね。さっきからやっているでしょ。ファイヤートルネード!」

 美少女が、炎の渦を巻き起こす。
 魔法の炎は明るくて、ここからでも銀色のツインテールと赤い瞳がはっきり見えた。

 ゾンビはつかの間動きを止める。
 けれどすぐ、彼らを取り囲む。

「なっ、ダメじゃないですか」
「こいつら、何度倒しても起き上がってくるなんて。しぶといわ!」

 美少女の放つ炎もお付きの剣も、ゾンビには効かないようだ。
 
「ちょっと、押さないでよ。きゃああっ」
「『聖なる灯火』っ!」

 俺は慌てて、ゾンビの背中目がけて光を放つ。
 ゾンビはたちまち、青い炎に包まれた。

「今の……あ、あなたは!?」

 美少女と目が合うが、のんびり自己紹介している暇はない。

「こっちだ、急げ!」

 俺は彼女の手を引いて、来た道を戻っていく。

「なっ、ななななな……」
「貴様、お嬢様になんてことを!」

 お嬢はともかく外野がうるさい。
 
「お嬢だかなんだか知らんが、このままでは全滅するぞ」
「ぐぬぬ……」

「ぐぬぬ」なんて言う人、本当にいるんだ。
 俺は妙な感動に包まれつつ、邪魔なゾンビを片付けていく。
 
「『聖なる灯火』! おっと、こっちもか」

 左手で閃光を放ち、右手でくわを振り回す。
 ゾンビの頭を狙えば動きは止まる。
 何度も遭遇するうち、もう慣れた。
 ところが、美少女とお付きの男たちは目をまん丸にしている。

「つ、強い!」
「村人なのに、どうして……」
「村人? ああ、服がこれだからか」

 ずっとスーツでいるわけにもいかず、お世話になった女性から亡きご亭主の服を借りた。そのせいで村の人は、俺が彼女の二番目の夫候補じゃないかと勘違い。

 もちろん互いにその気はない。
 勘違いは、一度でたくさんだ。

「ちょっとあなた! なんでそんなに強いのよ」

 美少女が、俺の思考をぶった切る。

「強い? 燃やしただけだぞ」
「だけって……。私でも歯が立たなかったのよ!」

 ずいぶんと自信過剰な言動だけど、気の強い女性は嫌いじゃない。

「ゾンビは、通常の火では燃えないそうだ」
「ぞんびって、この化け物のこと? なんなのよ、これ」
「詳しい話は後だ。とにかく中へ……おっと」
「きゃあっ」

 俺はお嬢を片手に抱いて、追いかけてきたゾンビを鍬のでど突く。
 野郎は剣を持ってるし、自分でければいい。



 古びた家は俺の城。
 それは最初に助けを求めた家で、空き家だったのだ。半月経っても戻らないリモを待つため、俺はとうとう家を借りた。

「中へ。朝になれば、やつらはいなくなる」

 全員が室内に入ったのを確認し、手早くかんぬきをかけた。
 安心していいはずなのに、お嬢と呼ばれた美少女の様子がどうもおかしい。助けた俺を恨めしそうに見るなんて、なんのつもりだ?

「ドッ」
「……ど?」
「ドキドキなんか、してないんだからねっ」
「急になんだ? つーか走って逃げたから、ドキドキするのは当たり前だろ?」
「そ、そうよね。そうそう、走ったからよ。おほほほほほ」

 周りのお付きが呆れている。
 軽くにらまれたのは、俺の気のせいか?
 
「ところであなた。さっきの質問に答えてないわよ」
「質問?」
「ええ。村人なのに、どうしてそんなに強いの?」

 茶色のローブを脱いだ美少女は、下に赤と金の騎士の制服のような上着を着ていた。ズボンは白だが、意外と派手だ。
 男どもは……説明するのも面倒くせえ。

「俺は村人じゃない、旅人だ」

 あごに手を当て、キリリと返事。
 カッコ良く決まった。

「はあ? そんなの、どうでもいいわよ。あなた貴族でもないのに、どうしてあんなに強力な魔法を?」
「魔法? 貴族となんの関係が?」
「呆れた。そんなことも知らないの? 魔法が使えるのは貴族の中でも少数の、才能ある者だけよ」
「へええ」
「ちょっと、感心している場合じゃないでしょう? 私の問いに答えなさいよ」
「それは――」 
「それは?」
「――俺が、神だから?」

 その場がシンとする。

「うあーっ、こっぱずかしい。だから言うの嫌だったんだよ」
「バカだ」
「そうね。ただのバカだわ」

 美少女の桜色の唇から出た、キッツい言葉が突き刺さる。

「言っとくけど、神や教会をバカにしない方がいいわ。たとえ冗談でも処分されるわよ」
「今のは、聞かなかったことにしてやる」

 助けたのは俺なのに、相手の態度が偉そうだ。
 彼女らはきっと、貴族とその護衛。
 考えてみればリモだけが、冴えない俺を特別だと信じてくれた。

『神の力が使えたから、君は神だよ!』
『ボクと一緒に世界を助けてくれるよね?』

 ――ああ、リモに会いたい。

「質問を変えるわ。あの化け物は、何?」

 尋問はまだ続く。
 これにはさすがの俺も、カチンときてしまう。

「あいつらのことより、あんたたちこそなんなんだ? こんな時間に来るとか正気か?」

 ゾンビの声で眠れない上、外の悲鳴で目が冴えた。安眠妨害だ。

「失礼ね! 私たちは調査隊よ。この村の被害について、調べに来たの」
「今さら?」

 ゾンビの被害は数年前に始まったと聞いている。
 貴族のやつらは、今頃動くのか?

「つくづく失礼ね。しょうがないでしょ、お父様が病気だったんだもの」
「お父様?」

 調査隊の隊長が、この子の父親?

 くっ。この世界もやっぱりコネなのか。
 世の中所詮、金持ちだけが得をする。

「それで? さっきのあれは何?」

 美少女が顔を近づけた。
 普段なら嬉しいが、今はそうでもない。
 早く答えて楽になろう。

「あれは動く死体で、またの名をゾンビ。数年前に謎の病で亡くなった人たちが、夜になると墓から出てくる」
「嘘! そんなこと、誰が信じるもんですか」
「その目で見たのに? 信じられないなら、外に出てもう一回確認してくれば?」
「貴様っ」

 お付きのおっさんが、剣のつかに手をかけた。
 売り言葉に買い言葉。
 もちろん追い出すつもりはない。
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