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第3話
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†
前世のことは、大体覚えている。
僕には、百鬼愁哉という恋人がいて。
彼は、不死身の人間で。
吸血性愛で、火炎性愛で。
僕たちは、とても愛し合っていた。
だけど、僕は普通の人間で。
彼を置いて、老いて逝ってしまった。
それから、だろう。
彼は、常に過去であった。
昨日の君に未来の僕を。
そう思って、毎日、毎日、愁哉が来るのを待っていた。
愁哉がいれば、他は要らない。
ずっと、二人きりで生きていこう。
そう思っているんだ。
そう思うのは、悪いことかな。
†
僕の服のボタンを留める手が、止まり。
驚いたような顔で、僕を見る。
「何を言ってんだ」
「そのまんまだよ、傍にいてほしいから」
「……冗談はよして。俺は暇じゃあないの」
愁哉は、ため息を混じりに話す。
「これからの左部家を、どうするのか。それは、もう優馬にかかっているんだからね」
「知らないよ。どうでもいいよ」
「そんなことを言うもんじゃないさ」
愁哉は、僕に服を着せると。
すっ、と立ち上がり飯の支度をするために、扉に向かう。
「また、来るから。本でも読んでろ」
‡
たん、と扉の向こうに出て、少し歩いて止まる。
気分が悪い。
声の雰囲気とか、全部、全部、優馬なのに。
やっぱり、違うような気がする。
「どういうことなんだよ」
俺は、そう呟いて飯の支度をする。
かれこれ、もう1世紀は超える歳である。
140なんて、周りのものから見れば若かったりする。
ふう、と小さく息を吐いて支度を終える。
優馬のところに行き、声をかけようとしたが、ふと、止まってしまった。
優馬は、どこか遠くを見ている。
奥様に似た、青い瞳のたれ目。
旦那様に似た、凛々しい眉。
奥様も旦那様も、整った顔をしているから、優馬も整った顔をしている。
あの頃と、変わらない。
なのに、こんなにも違う。
まだ、7歳だからか?
あの頃は、20歳とかだっただもんね。
「優馬」
小さく名前を呼ぶと、「なに?」と優馬は笑う。
「どうしたの? 愁哉! ご飯、できた?」
「あ、ああ。できたよ」
「やった!! ね、一緒に食べよう?」
「あ、うん。食べようか」
俺は、無理矢理笑顔を作って頷いた。
†
ご飯の支度をするために、愁哉は少し出ていった。
その間、とても暇で仕方がなかった。
僕は、あの日と変わらずに、また一緒に過ごしたいだけなのに。
周りの人とかは、それを許してくれなかった。
愁哉以外の家政婦や執事は、いつも僕の世話をしながら愁哉のことを話していた。
――あんな、妖怪がこの屋敷にいるなんて――
――最悪だ、我々は食われてしまうよ――
と。
いつも、いつも。
愁哉の悪口を言う。
僕は、そんなの嫌だったから。
もう聞きたくないから、聞かないようにした。
父さんと母さんが死んだ日。
みんなが、僕を持ち上げようと近づいたとき。
一人残らず、愁哉の悪口を言ったやつは殺した。
許せないよ、僕の恋人の悪口なんて。
今は違うけど、昔はそうだったんだ。
きっと、今すぐにでもなるけど。
ペティナイフで、ぶっ刺して。
切り刻んで殺ったら、なんだか笑えてきた。
愁哉は、そのときはたまたま買い出しでいなかったけど。
見ていてほしかったな、と思う。
僕がどれほど、愁哉を思っていたか……。
――そういえば、そのあとあれってどうしたっけ。
殺したあと、どうしようか考えていて。
とりあえず、袋に詰めて冷蔵庫に入れたんだっけ。
「あ」
待って、今、ご飯の支度をしているよね。
見つかったら、愁哉、何て言うかな?
気持ち悪い、て怒るかな。
愁哉になら、怒られても構わないんだけど。
――どうしよう。
そう思っていると、愁哉が僕を呼ぶ。
「優馬」
「なに?」
さっきまで、考えていたことはなかった振りをして僕は笑う。
「どうしたの? 愁哉! ご飯、できた?」
「あ、ああ。できたよ」
「やった!! ね、一緒に食べよう?」
「あ、うん。食べようか」
愁哉は、ニコッと笑って僕の手を引く。
僕は、引かれるまま一緒に食卓の方へ向かった。
‡
食事中、優馬はずっと上の空な感じがしていて、心配になった。
何か、あったのだろうか。
「優馬?」
「ん? なに?」
「いや、元気無さそうだから……」
「そう? 僕は、元気だよ! 愁哉がいてくれるからね!」
「……そう」
と、頷くと優馬は、食事の手を少し止めて、低い声で「愁哉は?」と、俯きながら訊く。
「愁哉は、どう?」
「え?」
「君こそ、なんだか元気無さそう。どうしたの?」
「何でもないよ?」
「嘘だよ、それ。何かあるじゃんか」
「ないって」
少し、しつこいな。
そう思い、強めに言うと。
優馬は、俺を見て「ねえ」と言う。
「話変わるけど。昔から、髪型変わってないのなんで?」
「え? ああ、何となくだよ」
「何となくで、ずっとポニーテールなの?」
「まあね。切るタイミングを逃したとでも言っておこう」
そう言って、俺は髪留めの赤いリボンをほどき、結び直す。
男の癖に、後ろ髪が腰の上辺りまである、て。
なかなかだな。
と、思っていると、優馬は小さく笑う。
「ふふ」
「ん?」
「あの頃と、変わらないよね。愁哉は、変わらずにいてくれるよね。僕は、それで充分なんだよ。満たされるんだけど、でもね、満たされないんだよ」
「え? 優馬?」
「幼子は、嫌ですか?」
優馬は、そう言って、俺の手をとる。
「ね、愁哉。僕ね、 」
前世のことは、大体覚えている。
僕には、百鬼愁哉という恋人がいて。
彼は、不死身の人間で。
吸血性愛で、火炎性愛で。
僕たちは、とても愛し合っていた。
だけど、僕は普通の人間で。
彼を置いて、老いて逝ってしまった。
それから、だろう。
彼は、常に過去であった。
昨日の君に未来の僕を。
そう思って、毎日、毎日、愁哉が来るのを待っていた。
愁哉がいれば、他は要らない。
ずっと、二人きりで生きていこう。
そう思っているんだ。
そう思うのは、悪いことかな。
†
僕の服のボタンを留める手が、止まり。
驚いたような顔で、僕を見る。
「何を言ってんだ」
「そのまんまだよ、傍にいてほしいから」
「……冗談はよして。俺は暇じゃあないの」
愁哉は、ため息を混じりに話す。
「これからの左部家を、どうするのか。それは、もう優馬にかかっているんだからね」
「知らないよ。どうでもいいよ」
「そんなことを言うもんじゃないさ」
愁哉は、僕に服を着せると。
すっ、と立ち上がり飯の支度をするために、扉に向かう。
「また、来るから。本でも読んでろ」
‡
たん、と扉の向こうに出て、少し歩いて止まる。
気分が悪い。
声の雰囲気とか、全部、全部、優馬なのに。
やっぱり、違うような気がする。
「どういうことなんだよ」
俺は、そう呟いて飯の支度をする。
かれこれ、もう1世紀は超える歳である。
140なんて、周りのものから見れば若かったりする。
ふう、と小さく息を吐いて支度を終える。
優馬のところに行き、声をかけようとしたが、ふと、止まってしまった。
優馬は、どこか遠くを見ている。
奥様に似た、青い瞳のたれ目。
旦那様に似た、凛々しい眉。
奥様も旦那様も、整った顔をしているから、優馬も整った顔をしている。
あの頃と、変わらない。
なのに、こんなにも違う。
まだ、7歳だからか?
あの頃は、20歳とかだっただもんね。
「優馬」
小さく名前を呼ぶと、「なに?」と優馬は笑う。
「どうしたの? 愁哉! ご飯、できた?」
「あ、ああ。できたよ」
「やった!! ね、一緒に食べよう?」
「あ、うん。食べようか」
俺は、無理矢理笑顔を作って頷いた。
†
ご飯の支度をするために、愁哉は少し出ていった。
その間、とても暇で仕方がなかった。
僕は、あの日と変わらずに、また一緒に過ごしたいだけなのに。
周りの人とかは、それを許してくれなかった。
愁哉以外の家政婦や執事は、いつも僕の世話をしながら愁哉のことを話していた。
――あんな、妖怪がこの屋敷にいるなんて――
――最悪だ、我々は食われてしまうよ――
と。
いつも、いつも。
愁哉の悪口を言う。
僕は、そんなの嫌だったから。
もう聞きたくないから、聞かないようにした。
父さんと母さんが死んだ日。
みんなが、僕を持ち上げようと近づいたとき。
一人残らず、愁哉の悪口を言ったやつは殺した。
許せないよ、僕の恋人の悪口なんて。
今は違うけど、昔はそうだったんだ。
きっと、今すぐにでもなるけど。
ペティナイフで、ぶっ刺して。
切り刻んで殺ったら、なんだか笑えてきた。
愁哉は、そのときはたまたま買い出しでいなかったけど。
見ていてほしかったな、と思う。
僕がどれほど、愁哉を思っていたか……。
――そういえば、そのあとあれってどうしたっけ。
殺したあと、どうしようか考えていて。
とりあえず、袋に詰めて冷蔵庫に入れたんだっけ。
「あ」
待って、今、ご飯の支度をしているよね。
見つかったら、愁哉、何て言うかな?
気持ち悪い、て怒るかな。
愁哉になら、怒られても構わないんだけど。
――どうしよう。
そう思っていると、愁哉が僕を呼ぶ。
「優馬」
「なに?」
さっきまで、考えていたことはなかった振りをして僕は笑う。
「どうしたの? 愁哉! ご飯、できた?」
「あ、ああ。できたよ」
「やった!! ね、一緒に食べよう?」
「あ、うん。食べようか」
愁哉は、ニコッと笑って僕の手を引く。
僕は、引かれるまま一緒に食卓の方へ向かった。
‡
食事中、優馬はずっと上の空な感じがしていて、心配になった。
何か、あったのだろうか。
「優馬?」
「ん? なに?」
「いや、元気無さそうだから……」
「そう? 僕は、元気だよ! 愁哉がいてくれるからね!」
「……そう」
と、頷くと優馬は、食事の手を少し止めて、低い声で「愁哉は?」と、俯きながら訊く。
「愁哉は、どう?」
「え?」
「君こそ、なんだか元気無さそう。どうしたの?」
「何でもないよ?」
「嘘だよ、それ。何かあるじゃんか」
「ないって」
少し、しつこいな。
そう思い、強めに言うと。
優馬は、俺を見て「ねえ」と言う。
「話変わるけど。昔から、髪型変わってないのなんで?」
「え? ああ、何となくだよ」
「何となくで、ずっとポニーテールなの?」
「まあね。切るタイミングを逃したとでも言っておこう」
そう言って、俺は髪留めの赤いリボンをほどき、結び直す。
男の癖に、後ろ髪が腰の上辺りまである、て。
なかなかだな。
と、思っていると、優馬は小さく笑う。
「ふふ」
「ん?」
「あの頃と、変わらないよね。愁哉は、変わらずにいてくれるよね。僕は、それで充分なんだよ。満たされるんだけど、でもね、満たされないんだよ」
「え? 優馬?」
「幼子は、嫌ですか?」
優馬は、そう言って、俺の手をとる。
「ね、愁哉。僕ね、 」
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