昨日の君に未来の僕を

春血暫

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第3話

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 前世のことは、大体覚えている。

 僕には、百鬼愁哉という恋人がいて。
 彼は、不死身の人間で。
 吸血性愛で、火炎性愛で。
 僕たちは、とても愛し合っていた。

 だけど、僕は普通の人間で。
 彼を置いて、老いて逝ってしまった。

 それから、だろう。

 彼は、常に過去であった。

 昨日の君に未来の僕を。

 そう思って、毎日、毎日、愁哉が来るのを待っていた。

 愁哉がいれば、他は要らない。

 ずっと、二人きりで生きていこう。

 そう思っているんだ。

 そう思うのは、悪いことかな。



 僕の服のボタンを留める手が、止まり。
 驚いたような顔で、僕を見る。

「何を言ってんだ」

「そのまんまだよ、傍にいてほしいから」

「……冗談はよして。俺は暇じゃあないの」

 愁哉は、ため息を混じりに話す。

「これからの左部家を、どうするのか。それは、もう優馬にかかっているんだからね」

「知らないよ。どうでもいいよ」

「そんなことを言うもんじゃないさ」

 愁哉は、僕に服を着せると。
 すっ、と立ち上がり飯の支度をするために、扉に向かう。

「また、来るから。本でも読んでろ」



 たん、と扉の向こうに出て、少し歩いて止まる。
 気分が悪い。
 声の雰囲気とか、全部、全部、優馬なのに。
 やっぱり、違うような気がする。

「どういうことなんだよ」

 俺は、そう呟いて飯の支度をする。

 かれこれ、もう1世紀は超える歳である。
 140なんて、周りのものから見れば若かったりする。

 ふう、と小さく息を吐いて支度を終える。

 優馬のところに行き、声をかけようとしたが、ふと、止まってしまった。

 優馬は、どこか遠くを見ている。
 奥様に似た、青い瞳のたれ目。
 旦那様に似た、凛々しい眉。
 奥様も旦那様も、整った顔をしているから、優馬も整った顔をしている。

 あの頃と、変わらない。

 なのに、こんなにも違う。

 まだ、7歳だからか?
 あの頃は、20歳とかだっただもんね。

「優馬」

 小さく名前を呼ぶと、「なに?」と優馬は笑う。

「どうしたの? 愁哉! ご飯、できた?」

「あ、ああ。できたよ」

「やった!! ね、一緒に食べよう?」

「あ、うん。食べようか」

 俺は、無理矢理笑顔を作って頷いた。



 ご飯の支度をするために、愁哉は少し出ていった。
 その間、とても暇で仕方がなかった。

 僕は、あの日と変わらずに、また一緒に過ごしたいだけなのに。
 周りの人とかは、それを許してくれなかった。

 愁哉以外の家政婦や執事は、いつも僕の世話をしながら愁哉のことを話していた。

――あんな、妖怪がこの屋敷にいるなんて――

――最悪だ、我々は食われてしまうよ――

 と。
 いつも、いつも。
 愁哉の悪口を言う。

 僕は、そんなの嫌だったから。
 もう聞きたくないから、聞かないようにした。

 父さんと母さんが死んだ日。

 みんなが、僕を持ち上げようと近づいたとき。

 一人残らず、愁哉の悪口を言ったやつは殺した。

 許せないよ、僕の恋人の悪口なんて。
 今は違うけど、昔はそうだったんだ。
 きっと、今すぐにでもなるけど。

 ペティナイフで、ぶっ刺して。
 切り刻んで殺ったら、なんだか笑えてきた。

 愁哉は、そのときはたまたま買い出しでいなかったけど。
 見ていてほしかったな、と思う。

 僕がどれほど、愁哉を思っていたか……。

――そういえば、そのあとあれってどうしたっけ。

 殺したあと、どうしようか考えていて。
 とりあえず、袋に詰めて冷蔵庫に入れたんだっけ。

「あ」

 待って、今、ご飯の支度をしているよね。
 見つかったら、愁哉、何て言うかな?

 気持ち悪い、て怒るかな。

 愁哉になら、怒られても構わないんだけど。

――どうしよう。

 そう思っていると、愁哉が僕を呼ぶ。

「優馬」

「なに?」

 さっきまで、考えていたことはなかった振りをして僕は笑う。

「どうしたの? 愁哉! ご飯、できた?」

「あ、ああ。できたよ」

「やった!! ね、一緒に食べよう?」

「あ、うん。食べようか」

 愁哉は、ニコッと笑って僕の手を引く。
 僕は、引かれるまま一緒に食卓の方へ向かった。



 食事中、優馬はずっと上の空な感じがしていて、心配になった。

 何か、あったのだろうか。

「優馬?」

「ん? なに?」

「いや、元気無さそうだから……」

「そう? 僕は、元気だよ! 愁哉がいてくれるからね!」

「……そう」

 と、頷くと優馬は、食事の手を少し止めて、低い声で「愁哉は?」と、俯きながら訊く。

「愁哉は、どう?」

「え?」

「君こそ、なんだか元気無さそう。どうしたの?」

「何でもないよ?」

「嘘だよ、それ。何かあるじゃんか」

「ないって」

 少し、しつこいな。
 そう思い、強めに言うと。
 優馬は、俺を見て「ねえ」と言う。

「話変わるけど。昔から、髪型変わってないのなんで?」

「え? ああ、何となくだよ」

「何となくで、ずっとポニーテールなの?」

「まあね。切るタイミングを逃したとでも言っておこう」

 そう言って、俺は髪留めの赤いリボンをほどき、結び直す。

 男の癖に、後ろ髪が腰の上辺りまである、て。
 なかなかだな。
 と、思っていると、優馬は小さく笑う。

「ふふ」

「ん?」

「あの頃と、変わらないよね。愁哉は、変わらずにいてくれるよね。僕は、それで充分なんだよ。満たされるんだけど、でもね、満たされないんだよ」

「え? 優馬?」

「幼子は、嫌ですか?」

 優馬は、そう言って、俺の手をとる。

「ね、愁哉。僕ね、      」
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