愛縁奇祈

春血暫

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愛縁奇祈

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「たのもー」

 優馬と同じくらいの年の少女の声が、私の社の前でする。

「名切どの! いやさ、愁ちゃん」

「なんです? それは、優馬にしか許可していないですよ」

 と言いながら、社の前に出ようとしたが。
 なんだか雰囲気が、人の子とは少し違って、私は警戒をした。

――神職の者だろうか。

 だとしたら、かなり警戒する。
 神と名のつくけれど、私は怪異と思われる方が多いから。

――幼子なのに、この雰囲気……。

 きっと、ただ者ではないだろう。

 そう思いながら、社の前に出ると、巫女服を着た少女がいた。

「初めまして、巫女さま」

「巫女さまではないです」

「それは失礼」

「いえいえ。あ、あっしは神呪文音。神のまじないのあやです」

「ほう。となると、呪術師かな」

「ええ」

 文音は、小さく頷き、私を見る。

「さて、あっしは、あまり長くはいたくないから、早速本題にいきますね」

「うん」

 なんだか、微妙にひどいことを言われた気がする。
 気のせいだろう。

「呪術師が、というと、どっちかな」

「今回は、呪いを解く話です」

「……なるほど」

 もしかしたら、彼女にはバレているのかもしれない。
 怨喰いのことを。

「で、それで?」

「いや、名切どの。あなた、かけられたんじゃないんですか?」

「…………」

「神様相手に呪うなんて、かけた犯人の精神力はすごいと思います。だが、あっしは、かなり気に食わないですね」

「?」

「怨喰いは、やってはいけないことと決まったんですよ。それを、神様相手に――いや、人に向かって、悪意だけでやるなんて、許せないんです」

 淡々と文音は話すが、目は怒っていて、私は少し怖かった。

 それにしても、やってはいけないこと、か。

 たしかに、かなり危険がある。
 下手をすると、己が消える可能性だってある。

「で、ですね、名切どの」

 ずいっと、文音は前屈みになって私に言う。

「呪いを解き、犯人に呪い返ししてやろうと思うんですよ」

「目には目を、歯には歯を。ということかな」

「はい」

「うむ。少し、考えさせてくれないか?」

「良いですけど、時間はありませんよ、そんなに。あなた、相当進行しているんだから」

「え」

「あれ、あっしの勘違いかな」

「あ、いや……」

 そんなことはない。
 と、思う。

 怨喰いについては、詳しくは知らない。
 だが、記憶がどんどんなくなっていく、というのは知っている。

「名切どの、少し二人で話しませんか」

 ため息混じりに、文音は言う。

名結なゆいどの、優馬、二人は席を外してくれ」

「え、うん。ひぃちゃん、行こうか」

「え、嫌だよ。兄ちゃん、どこか悪いの? 僕、何か手伝うよ」

 英忠が、心配そうに私を見る。
 文音は、それを「ごめんなさいね」と睨む。

「患者と話をしなければいけないんだよ。外野は、黙っていてくれ。てか、気が散るんだ」

「…………」

「優馬、よろしく」

 文音がそう言うと、優馬は小さく頷く。

「ひぃちゃん、行こ」

「うん」

 と、二人が社の外に出るのを見ると、文音は深くため息を吐く。

「まったく、申し訳ない」

「いや、良いんだ。それより、患者、とはどういうこと?」

「呪術とは、病なんですよ。それを治すのが、あっしら呪術師なんです」

「そうか」

「ええ、んで、正直に話してほしいんですけど。名切どのは、なんで、名を切るんです?」

「え? それは、関係するのかな」

「関係しますよ。怨喰いは、記憶が失われていくものなんです。症状としてね」

「それは、聞いたことがある」

「はい。だから、訊くんですよ。理由を。それは、大切な、あなたの記憶の一部だから」

「……正直、あまり覚えていないのだ。私は、なぜいるのか。きっと、誰かに望まれているからだと思う。しかし、最近、それも関係なくなっている気がする」

「……わかった。ありがとうございます。思っていたよりも、進行している。明日、また来ますね。処方箋を持って」

「あ、ああ」

「あっしが来るまで、名を切らないでおいてください」

「いや、しかし、町の人が――」

「これは、あなたのためだ。優馬のためだ」

「…………?」

「名切どの――いや、百鬼愁哉どの。もう少し、周りのことも考えてください。あなたを思う人を大切にしてほしい」

 それでは、と文音は社の外へ出ていった。
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