愛縁奇祈

春血暫

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愛縁奇祈

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「美亞さま! 美亞さま! 我々に救いを!!」

 そんな狂ったような声が優馬の家の隣から聞こえた。

 気になって、見てみると、たくさんの町の人が一人の男を囲んでいた。

「美亞さま!」

 町の人は、まるで男が神のように崇め、奉っていた。

 元々、この町の人は、何かにすがっていないと生きていけないような人たちだった。
 だから、ずっと名切どのと名結どのにすがっていた。

 だが、今は違うようだ。

 神ではない者を神に仕立てているように見えたが、どうやら違う。

「この感じ……、まさか、やつが……?」

 怨喰いをした犯人と同じ雰囲気がする。

「少し、様子を見るか」

 と、思ってあっしはその集団を陰から見た。

 男は、町の人たちに「祈れ」と言う。

「祈れば、必ず救われる。神の声が聞こえる私が言うのだ、間違いない!!」

「神よ、我々に救いの手を」

「ああ、聞こえた。神は、我々にひとつ試練を与えてくれた。難しいことではない。ここに棲みつく鬼を退治せよ。鬼は、神を名乗る者」

 男は、優馬の両親に向かって、言う。

「あなたたちに娘はいるだろう?」

「ええ、います」

「その娘は、その鬼によって洗脳されている。洗脳を解くには、鬼を退治するしかない。しかし、我々には鬼の情報がない。だから――この先のことは、わかるだろう?」

「ええ、今すぐ娘をここに連れてきます」

「よろしい」

 男は満足げに笑う。

――狙いは、やっぱり、そうだったな。

 先に隠しておいて良かった。

 しかし、やつの言う鬼とは名切どののことだろうか。

 たしかに、名切どのは百鬼どのだし。
 だが、それとこれとは話が違う。

 それに、名切どのは鬼ではなく人だ。

 怪異だけど、人になりたいと願っているのだから、人だと思う。
 名結どのだってそうだ。

 あの兄弟は、誰よりも人なのだ。

「ほんっとうに、ムカつくな」

 と、呟くと、男はあっしの方を見る。

「そこにおるのは、誰だ?」

「……あっしのことですかな」

「そうだ。お前、人の子か?」

「はっはっはっ」

 あっしは陰に隠れながら言う。

「んなもん、てめえのお得意の神様にでも聞きやがれ。詐欺師」

「詐欺師!? なんてことを言う!! 美亞さまは、我々のために神の言葉を伝えてくれるのだぞ!!」

「うるせえぞ、ばばあども」

 どれだけ、老いぼれているんだ、てんだよ。

「では、聞くが、お前ら、こいつの言う通りにして、得してんのか? あっしには、全く思えないな。この町は、どんどん廃れている気がするよ。祈って解決する話か? 神頼みかよ、こんななっても。そんなにすがんねえと生きていけねえのか。違うだろうが。もっと、周りを見てみろ」

 お前らにも聞こえたはずだ。
 名切どのの声が。
 名結どのの声が。
 なぜ、聞こえない振りをした。
 なぜ、知らぬ振りをした。

「んなことだから、詐欺にひっかかるんだ。あっしは、ついていけないよ。あっしは、そこまで神とか信じないし」

「娘、言うことはそれだけか」

「みつぎ、だっけ? 金でも貢がせるってのかい。ははは、だったら名の通りで面白い」

「私は、美しいに亞と書く」

「なかなかな名前だな。それに、名を言ってしまうなんて、あっしが怪異ならどうするんだよ。バカだな」

「お前は、人の子だろう」

「だとしてもだよ」

 やっぱり、知識が無さすぎるだろ、この男。
 呪術をするなら、知っておかなければならないことだ。
 名前を知られてはいけないことなんて。
 知られたら、術をかけられやすくなるから。

 まあ、あっしは知られても平気なんだけどね。

 それでも、本名を名乗るなんて、あまりしない。

 あっしの本名を知るのは、家族を除いて、優馬と名切どのと名結どのだけ。

「てか、本当についていけない」

 ため息混じりに、そう言って、あっしは名切どののところに行く。

「どの神を信仰しようが、勝手だけど。あんま、他人に迷惑かけないでよね」

「何を言う! 美亞さまのおっしゃることは、神の言葉。迷惑など――」

「まあまあ、落ち着きたまえ。きっと、鬼に洗脳されているのだ」

 男の台詞にイラッときたが、あっしは無視をした。
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