廃愛の塔

春血暫

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廃愛の塔

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「じゃあ、行って来いよ。それで、そのまんま死ねば良いのに」

 別にそんなに好きでもなんでもない、そのサークルの人間に私は言われた。
 半年ほど前からある、廃病院の都市伝説。
 その真相を探るという。
 正直面倒だし、やりたくない。
 でも、やらなかったらやらなかったで、面倒だから、私は行くことにした。

「……で、来てみたけど。見事に廃墟だ」

 こんなところに人間がいるわけがない。
 だけど、いるらしい。

「すみませーん! 誰かいますか?」

 なんとなく言ってみた。

 返事とかは特にないみたい。
 まあ、幽霊だからかな?
 私は、霊感なんてないし。

 もうすぐ家に帰らないと、両親が心配するからな。
 特に何もないようだし、帰るか。

 と、思って帰ろうとした瞬間。
 若い男(私より少し上くらい?)の男の声がした。

「お嬢さん!! こんなところに、一人で危ないよ? それにしても、きれいだね。俺のディナーショーに来ないか?」

「は?」

「ああ、暗くてあまり見えないよね」

 男は、すっと私の前に現れる。
 男は、チャラそうな見た目だった。
 髪はなんど色で、目も緑色。そして、まつ毛が長い。

「私は、井村いむら靖弘やすひろだ。この井村病院の院長をしている。ちなみに、外科医だ」

「え、あなたが、噂の?」

「噂? 私がイケメンだという噂か!!」

「全く違いますけど……」

 えっと、と私は言う。

「私、雪城ゆきしろ恵実めぐみって言います。隣町の大学に通っています。今日は、この廃病院に住む幽霊の真相を探ろうということで来ました。でも、人間だから大丈夫です。帰ります」

「女子大生か!! 私は、君をうっかり中学生だと思ってしまったよ」

「よく言われます」

 イラッとしながら頷いて、井村先生を見る。

「そろそろ両親が心配しますから。ディナーショーはお断りします」

「そんなこと言わないでさ。ってか、何かあったのかい? 元気なさそうだ。私が元気にさせてあげよう」

「ナニする気ですか!」

 エアで私の胸を揉むな。
 それに、私はまだ男だから、胸はない。

「本当、帰ります。今日のところは」

「そうか。ふむ、たしかに、そろそろ暗くなるからな。お嬢さん、家まで送ろうか」

「結構です。それに、そんなことしたら、また家に穴ができてしまう」

 母は、よく家に穴を作る。
 怒ったときとか、心配しすぎたりとか。
 学生のころ、裏番と呼ばれていただけある。

「では、その。また、来ます。明日とか」

「ああ、いつでも来ると良い。私は常にここにいる。いなかったら、平沢病院にいる」

「え? あそこのお医者様なの?」

「うむ。雇われだがな」

「え、本当に医者だったんだ」

「疑っていたのか?」

「ええ、もちろんです。あなたみたいなチャラいお医者様なんて見たことありませんから」

「はっはっは」

 井村先生は笑って、私を見る。

「まあ、これは遺伝だからな。どうしようもない」

「は、はあ……」

 私は、困惑しながら頷いた。
 そして、まっすぐ家に帰った。

 明日また行くなんて、ただの嘘だったけど。
 なんとなく、話しているうちに、また会いたくなった。

――きっと、特別なことではないよね。

 そう思いながら、玄関の扉を開けた。
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