廃愛の塔

春血暫

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三つ葉のクローバー

007

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 弘美の帰りが遅い。
 まだ残業しているのだろうか。

 もうすぐ日が変わるのに。

――まさか、何か事件に……。

 と思っていると、弘美が帰ってきた。

「ただいま、ごめんね。ダーリン」

「遅いぞ、ラム。残業かい?」

「うん。その後、知り合いの奥さんが弁護士で、会社のことを相談したの」

「そうか。あ、でも、お金……」

「ううん。要らないって。久しぶりに会えたから、平気って」

「そうか」

 それは良かったと思う。

「じゃあ、会社を訴えられるんだな」

「うん。証拠もあるし。うまくいけば、有罪にできる。けど、不安だな」

「そうか?」

「うん。だって、もし、何かで、無罪になっちゃったら、今よりも酷いことになる」

「…………」

 たしかに、そうだ。

 見たことはないけど。
 話を聞くだけでも、最悪な人間だと思う。
 だから、何かしてくるに違いない。

「大丈夫。絶対に、守るから」

「ありがと、あなた」

「ん。さあ、今日はもう寝よう。明日も早いんだろ?」

「うん」

 弘美は頷いて、布団にもぐる。

「あなたも、早いんじゃないの?」

「俺は、まだやることがあるから。気にしないで、寝てくれ」

「うん。あ、やっくん、平気?」

「うん。平沢先生に治してもらったから」

「良かった。心配だったの」

「うん。でも、もう平気だから」

 学校でのこと。
 靖弘が、話していたことは。
 弘美には、言わないでおこう。

――俺にはわからない、な。

 俺は見た目は、周りと変わらない。
 性格が、若干良いとは言えないけど。
 それは、世間でいう普通で。

 だから、俺にはわからない。

 でも。

 だからこそ。

「俺が、なんとかするんだ」

 パソコンで、調べものをし終えて、寝る支度をして、布団にもぐる。

 弘美は、靖弘を優しく撫でながら眠っている。

 俺は二人を見ながら眠る。

「また明日な、弘美、靖弘」

 次の日から、俺も一緒にその弁護士の家に行き、話を聞いた。
 証拠は充分にある。
 弘美の後輩も、協力してくれた。

 あとは、裁判所で裁判をするだけだ。

 そうなったのは、しばらくあとだった。

 数ヵ月経ち、靖弘が中学校を卒業するくらいになったとき。
 裁判をやった。

 結果を言うならば、負けた。

 無罪と言われた。

 証拠はあるのに、である。

 その裁判の帰り、訴えられた男――刀祢美義が、裁判官や裁判長にお金を渡しているのを見た。

――ああ、買収か。

 そう思った。

 弘美は、無理矢理笑っていたけど。
 靖弘がいない間、涙を流していた。

 弁護士の雪城仁美さんは「申し訳ない」とずっと頭を下げる。

「私が未熟だったのです」

「いえ、雪城さんは悪くないです」

「いえ、私がもっとしっかりしていたら……」

「良いんです、ありがとうございました」

「いえ、諦めません。もう一度見てみます。井村さん、何かあったら、言ってください。全力で、あなたの弁護を最後までします」

 雪城さんは、そう言うと走ってどこかへ行った。

「弘美、どうする?」

「仁美さんを信じる。けど、怖いな、会社」

「……何かされたら、俺が出向く。俺は、あいつを許さねえ」

 弘美が何をしたというのだろうか。
 弘美は、ただ真面目に働いているだけなのに。

「絶対に殺す」

「犯罪は駄目だよ、あなた」

「しかし、弘美――!!」

「お願い、靖弘のためにもさ」

 ニコッと、弘美は笑った。
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