廃愛の塔

春血暫

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三つ葉のクローバー

009

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 靖弘が学校を休み、弘美も会社を休んだ日。

 久しぶりに家族で過ごすことになった。

 靖弘が、外から帰ってくると、俺と弘美に、何かを渡す。

「これね、三つ葉のクローバーをちぎったの。俺と、お父ちゃんと、お母ちゃんの分に。三人いれば、ひとつになるでしょ?」

「……お前ってやつは」

 俺と弘美は、照れ隠しに靖弘の頭をめちゃくちゃ撫でた。
 靖弘の髪は、本当に弘美と同じで、ふわふわしている。

「よし、今日は、家でゴロゴロするか」

「そうね、ダーリン」

「うん。ラムちゃん」

 あ、そうだ、と俺は二人に栞を渡す。

「これさ、三つ葉のクローバーの栞。会社の女の子から、貰ったんだよ」

「え? それ、私たち貰って良いの?」

「ああ。むしろ、お前らに、て」

「ありがとう。大事にするわ」

「あ、ありがと。えっと、大事にする」

 二人は嬉しそうに笑った。

――良かった。

 本当は、会社の女の子に栞の作り方を聞き、自分で作った。
 今日は、結婚記念日だし。
 ついでに言うと、靖弘がお腹にいるのを見つけた日でもある。

 弘美はきっと、覚えていないと思うけどな。

「じゃ、これは私からね」

 弘美はニコッと笑い、俺と靖弘に本を渡す。

「靖之には、ホラー小説。あんた、好きだもんね。この作家さん。新作出てたから、あげる。まあ、これも会社の子に貰ったんだけど」

「え? 良いの?」

「うん。で、靖弘には恋愛小説。お母ちゃん、知ってるんだからね。お前が少女漫画好きなの。しかも、それを女の子のため、て嘘を吐いているのもね。お前の好きな漫画の原作者さんが書いている小説だから、きっと好きだと思うよ」

「え、なんで知ってるの?」

「私をなめるなよ、二人とも。こう見えて、ちゃんと見てるんだから」

「あ、ありがと」

 と、靖弘は嬉しそうに笑う。
 その隣で俺も笑う。

「お前、すげえな」

「へへへ」

「よし、お母ちゃんの本をお父ちゃんの栞使って、読むね!」

 靖弘は大事そうに、本と栞を持つ。

「ありがと、大事にする!!」

「うん。大事にしなよ」

「大切にね」

 弘美の笑顔は久しぶりに見た。

 それだけで、俺は充分だった。

 久しぶりに、幸せな時間を過ごした。

 だけど。

 これが最後だなんて、思わなかった。
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