赤龍戦で対局した女流棋士が消失したら連続殺人事件が始まった

lavie800

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第十一話

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近くで鶏が鳴く声がした。
朝だ。病院の椅子で一晩過ごしたようだ。
医師がICUから出てきた。
「中毒症状は治まってきているようです。色々な数値も安定してきています。命の別状はなさそうです。
ただ体は疲れているようですので、睡眠を取ってしばらくは入院して安静にしていた方がよいと思います。
ICUから一般病棟に今から移します」

「ありがとうございます」
緊張で張り詰めていた気持ちが一気に緩和した。
よかった。本当に良かった。

病院の事務員がやってきた。
「昨日夜に搬送されましたので、三島様の入院の手続きをお願いできますか」
「はい。分かりました」
「一般病棟は個室も開いていますがどうされますか」
「個室でお願いします。
支払いも大丈夫です。私の方で手続きします」

美都留は一般病棟の個室に移された。
看護師に運ばれて病室に入るとき一瞬目を覚ましたが、吉川の顔を見て安心したのか美都留は再び眠りについた。
看護師は測定している数値を見て、「大丈夫です」
と吉川に話しかけた。

美都留が眠っている。
額に汗をかいている。
額の汗が滴り落ちるくらいの量だ。
「2九桂」
「必ず勝つと心に念じるのです」
美都留が何かうわごとを言っている。
「大丈夫か。看護師さんを呼んでくる」

ナースコールのボタンを押す。
吉川は心配で美都留の手を握っていた。
看護師がやってきて美都留の様子を伺った。
「夢を見ていると思いますが容体は大丈夫です」

不思議な感情が奥底から浮かび上がってきた。
この子を守りたい。美都留を守ってあげなければ。

吉川は美都留のベッドの横にいる。
美都留の目蓋が少し開き始めた。
顔に生気は無いものの恥ずかしそうな顔で、しかし嬉しそうな眼で吉川をベッドから見つめている。
「ありがとう」
「大丈夫か。看護師さんを呼んでくる」
「もう大丈夫。吐き気とめまいはおさまった感じがする」
「心配したよ。
無茶な行動はもう品と約束してくれ」
美都留は頷いた。

「女流将棋界に入るときは保証人と緊急連絡先は児童養護施設の施設長がなってくれたの。
だけど今は居ない。
勝手に緊急連絡先をスマホに貼ってごめんなさい。
しばらくは対局が無いから全日本将棋連盟や女子の将棋協会には連絡しないで」
「それは全然かまわないよ」
吉川は美都留の額の汗を拭いてやった。
「寝ているときも将棋のことを考えているのだね。昨晩は、うわごとを話していたよ。『2九桂』とか『必ず勝つ』とか」
美都留は顔を真っ赤にしていた。

「私以外にこのことを伝えなくていいのか」
吉川がそう言って美都留の手を取った。

「私は親を知らない。
ルーツは気になって調べ続けているのだけれど。
児童養護施設によると、私は石神井公園に置き去りにされた捨て子で、山口県高嶺城跡の写真と愛媛県大山祇神社のお守りと三島美都留という名札が着ぐるみの中に入っていたのだって」
吉川は美都留の顔を見つめて微笑んだ。
「心配しなくていいよ。刑事が病院の保証人だから」

吉川はふと我に返り、
「それより何故淡路島の別荘に行ったのだ」

「失踪した林田さんのマンションを調べていた時、郵便物で固定資産税の納税通知書があったよね。林田さんは賃貸マンションだったので、固定資産税の通知書があるということは別の不動産を持っているということ。納税通知書に載っていた住所や家屋番号からインターネットで別荘を割り出したの。
だから現場に行ってみたの。
別荘のドアは鍵がかかっていたので、別荘を一周して勝手口のガラスを石で割って外から手を入れて勝手口を空けてみた。
暖炉の近くに誰かが重なり合って倒れているので近づこうとしたら、急にめまいと吐き気がしてあわててドアの外に向って走って行ったわ。
ドアの外には出たみたいだけれど、歩けなくなってスマホで吉川さんに電話したのよ。
あとはあまり覚えていないわ。
大変、すぐ淡路島の津名の別荘を調べて。
奥の暖炉の部屋で誰かが重なって倒れている」

美都留はベッドから起き上がろうとした。
それを吉川は押しとどめ、病室から電話をかけ始めた。
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