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第二十三話
しおりを挟む吉川のレクサスNXで、山陽自動車道をEVモードで飛ばして二人は山口県山口市に着いた。
日本女流名人戦の対局が明日から始まる山口市の山水園亭に車をつけた。
「今日の午後7時からここで前夜祭が始まるの。それまでにはここに来てね」
美都留が、右手が吉川の左手を取って、「約束だから、ゆびきりよ。」と吉川を見つめた。
しかし美都留は車を降りずに指と指を結んだまま美都留は顔を近づけて瞳をゆっくり閉じてきた。
どうしたらいい。どうしよう。
吉川が顔を赤くしていると吉川のスマホの着信音が鳴った。
我に返り、美都留の指を外しスマホに出た。
「吉川さん、山口県警の鈴木です。
山口に着いたら連絡してください。近くまでお向換えに上がりますよ。」
「吉川です。いえ、もう近くまで来ていますから山口県警の本部に向います」
「わかりました。それではお待ちしています」
舌打ちをした美都留は車を降りる前に吉川に言い捨てた。
「前夜祭の前の午後6時にここで落ち合いましょう」
吉川は再び山口県警に戻った。
すでに兵庫県警の本部長が山口県警に異動することも発表されていることと吉川の実家が山口で有数の素封家であることが山口県警に伝わっていて捜査の協力体制も万全だった。
山口県警から、地元に詳しい鈴木という刑事を紹介された吉川は二人で大内の山口時代の知り合いに話を聞きに行った。
大内が山口に住んでいた時の知り合いを尋ねた。
「最近1年くらい大内とは会っていない。
大内は奨励会退会後に、テキヤにくっついて大道詰将棋で祭りや縁日のときに素人から金を巻き上げて生活をしていたよ。
大内が二十五歳くらいのときに、年上の女から儲け話があると誘われてしばらく下関市神田町に行くと言って山口から下関に移ったな」
下関というと川田の本籍ではないか。
年上の女について聞いてみた。
「年上の女性は将棋の駒みたいな名前の女だと自慢げに話していたよ。
私が、金さん銀さんかと聞いたら、違うと笑っていたな。
その後下関から、地元の山口市に戻ってきたら羽振りがよくなってびっくりしたよ。ブランド物のいいスーツを決めて手首にはローレックスの高そうな時計をしていたよ。
それから、昨年になって下関時代の知り合いがいるので神戸に行くと言っていたな」
山口県内の大内が優勝したアマチュア将棋大会の当時の模様をしっている山口市と下関市に将棋道場を開いているという夏山明という老人の店主に聞き込みをした。
「大内が小学生の時と優勝して山口県内では小学生ながら将棋の天才の予感がしました。
大内の実家は貧しかったのだが、私が将棋の道場を務めていて、関西の将棋連盟にも知り合いがいるものだから、将棋棋士の登竜門である関西の奨励会を小学校6年生のときに受験させて彼は6級で合格したのです」
夏山と大内が写っている写真立てが机の後ろに飾られていた。
奥にはかなり古い将棋盤や駒、それに年代物の囲碁盤も無造作にいくつか置かれていた。
机の横には夏山と幼い女の子の写真があった。
「しかし、その後奨励会では伸び悩み、結局26歳で四段になれず年齢制限で奨励会を退会したところまでは承知しております。
退会してから下関の方に行ってまたこちらに戻ってきたと聞きましたがこの道場にも顔を出していません」
「大内は山口では将棋の天才少年だったのですね」
「はいそうです。地方で天才と言ってもなかなか大成しません。
私の下関の道場に居た子は女流棋士になりましたが、男性の棋士となると地方では難しいですね。奨励会の棋士は二十六歳までに四段にならないとプロになることが難しいのです」
林田については、両親が離婚したあと、兄の大内は父親に引き取られて大内姓に、林田は母に引き取られて母親の旧姓の林田になっている。
林田の母親の名前は林田和子。離婚後は山口のスーパーで働いていて別の市営住宅に転居していた。
林田は山口の高校を卒業し、神戸のアパレルメーカに就職して2年後に退職しているが、丁度林田がアパレルメーカを辞めた頃に母親は病死している。
当時林田が母親と住んでいた市営アパートや林田が通っていた高校を訪ねたが、アパートの近辺では大した情報を得ることはできなかった。
高校では、授業中はあまり目立たずクラブ活動にも参加していなかったが、ある時に文化祭のステージで韓国のアイドルグループの曲を歌って喝采を浴びたことが印象に残っていると当時の担任から話を聞いた。
引き続き、川田が勤めていた不動産会社に足を運ぶこととした。
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