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第四十九話 ダブルスイート再び

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二人はエレベータで部屋に向かい、部屋の扉が閉まると同時に吉川に緊張が走った。
結婚していない男女が同じ部屋にいることに、吉川は刑事としての倫理観から不安を感じていた。
部屋に入ると、バッグをベッドの下に置いた美都留がベッドに飛び込み、「わあ、めっちゃ広いよ。このベッドは一人で寝るものじゃないよね」と歓声を上げた。

それから美都留はベッドから離れるとベッドルームの隣のスイートルームに走って行った。
「前に泊まった時はカーテンも閉めてベッドルームでポツンと一人きりで居たのよ」
美都留がスイートルームのカーテンを開けた。
「何故、ダブルスイートって言うのかわかる?
これなのよ。最上階のダブルスイートはバルコニー付なのよ。
バルコニーの広さもスイートルーム並みに広いのよ」
バルコニーに出るガラス戸が空くようになっていてバルコニーにはしゃれた木のソファや木のテーブルも設置されていた。
スイートルームにもソファとテーブルが置いてあった。まさにダブルスイートだ。

吉川もバルコニーに出てみると、眼前に高嶺城山頂が広がっていた。
意外に直線距離は近そうだ。1キロも無いかもしれない。

「さっきフロントの方に聞いたら、前夜祭の夜は3つあるダブルスイートは女流名人戦の関係者ですべて満室だったそうなの。
ほら、高嶺城山頂も見えるし、星空もきれいだわ」

満足した様子の美都留はバルコニーから部屋の中に戻るとベッドの下に置いてあったバッグを持って、「シャワー浴びてくるね。それとも先に入る」
「いや。どうぞ」
美都留がいるシャワールームシャワーの音が聞こえる。
吉川はシャワーの音が聞こえると、心の中でドキドキと緊張した。
妄想を止めなくては。

この前二人でここに来た時には県警に捜査のため戻らないといけなかったが、まさかまた一緒ここに泊まることになるとは思ってもいなかった。
しばらくして、ホテルのバスローブを纏った美都留はシャワールームからベッドに腰を下ろして、ドライヤーをかけながら笑顔で吉川に話しかけた。
「吉川さんもどうぞ」
吉川は美都留の笑顔にドキドキしながら、「はい。わかりました」
緊張のあまり言葉がおかしくなっている。
吉川はさっとシャワーを浴びると着替えのトランクを吉川はベッドルームに置いていることに気が付いた。
着替えの下着はもうぐしゃぐしゃに丸めている。代わりの下着はスイートルームのトランクの中だ。

吉川は下着もつけずにバスローブだけを羽織ると、そっと隣のスイートルームに行こうとした。
「どうしたの?顔が真っ赤になっているわよ」
「い、いや、なんでもない」
「いや、挙動不審でしょう。何、どうしたの?」
「あっ、いや、替えの下着を隣のスイートルームのトランクに」
「えっ。ということは今」
「はい。失礼します」
美都留が先にさっと走ってスイートルームから吉川のトランクを運んで吉川の前で開けた。
「なるほどね。こういうの。
結構好きかも」
美都留は黒のボクサーパンツと黒のアンダーシャツをトランクから取り出し吉川に渡した。
「履かなくてもいいと思うけれど、どうしてもならどうぞ」
吉川の顔は更に真っ赤に染まり慌ててシャワールームに戻って下着をつけてベッドに戻ると、「隣のスイートルームのソファで寝るよ」と言った。

美都留はじっと吉川の目を見つめて、「手を握って私の横に居て。不安なの。だから」
そういうと美都留は吉川の手を取り、ベッドに引き寄せた。
今美都留はベッドの上で、吉川と手を繋ぎながら目を閉じている。
まずいだろう。
どうしたらいい。
ふと見ると安心したのか美都留が静かに寝息を洩らしている。
美少女だよな。
この事件が解決したら、きっと。

雀が鳴いている。
結局、美都留にせがまれて吉川はベッドで美都留の手を握って横たわったものの刑事の倫理観がちらつき、何もできず緊張のあまり一睡もできなかった。

「おはよう。意気地なしさん。
でもありがとう。久しぶりに安心して寝られたわ。またお願いね。
さあ、聞き込みに行くわよ。道場主の夏山のところに」
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