1 / 40
プロローグ
しおりを挟む東京近海に、小ぶりではあるが一隻の帆船が静かに浮かんでいた。
空は皆既日食が始まろうとしている。帆船の上空が徐々に暗闇に包まれていく。
不吉な予感を感じる紫色の彗星がゆっくりと流れていく。日食時の紫色の彗星は古来より厄災の前兆だと聞いたことがある。
水平線には黒い雲が広がりつつあるようだ。
この帆船は廃船直前だったが、暗号資産で巨額の富を得た実業家によって大幅にリニューアルされ、太陽光パネルに超高性能の蓄電池を積み、全自動で風を読んで帆を動かす自然エネルギーで走る船である。凪が起きても蓄電池の電力で最低限の走行ができる装置もあり、船の操作もほとんど不要である。目的地をコンパスで指定するだけで走行可能のようだ。
船の操縦も免許を持っていれば一人で可能らしい。
船内に城を模した将棋の対局に相応しい和室の船室が建てられていた。和室の外側から窓を通じて対局を見ることができる。
「赤月龍王戦」――その名の通り、賞金総額1億円の将棋のタイトル戦が、この船の中央部で行われていた。通常の対局は旅館や将棋会館で行われるものだが、この棋戦は異例の舞台で繰り広げられているのだ。
フェンシングと将棋が趣味である私は、この船の対局見学で見届け人として抽選に応募したら運よく当たり、今日ここに来られることができた。何年たっても上達せず有段者にもなれず免状も持っていない。フェンシングもいつも一回戦負けである。
船の中央にあるお城の天守閣を模した和室で、赤月龍王のタイトルを持っている男性の滝 宗因棋士と女子大生になったばかりの女流棋士である王飛マリナ女流四段が対局している。記録係は居ない。対局盤名の上にカメラが設置されていてAIで自動的に棋譜を記録しているらしい。立会人もカメラを通じた動画配信で船外に待機している。対局は動画配信されている。
船内の対局室は多少の揺れにも対応でき対局に衣装が無い構造のようだ。
私は特等席として対局室の外の窓から二人の対局姿を見ることができる。
赤月龍王戦というタイトルに相応しく将棋の駒も戦国時代に名匠が作ったとされる伝統と歴史のある駒で対局が始まっている。駒には赤月と署名がある。
滝は司祭のような鉢巻をした頭髪で口ひげを生やし細い眼で前かがみのまま盤面を睨んでいる。
女流棋士のマリナは艶やかで黒いツインテールの髪型をしている。
愛らしく大きな二重の目を見開いて、太陽のような赤い唇を一文字に閉じている。口元は八重歯がチャーミングだ。凛として整った顔立ちのマリナは背筋をピンと伸ばしているが上体の前面は二つの丸みがツンと突き出していてその魅力的な曲線は赤いワンピースの上からも見て取ることができる。
女流棋士のマリナとは彼女が女子高校生の最後くらいのときに、近くの将棋道場の中で何回か指導対局をしてもらっている。飛車角抜きの二枚落ちであるが悉く負けている。先日指導対局が終わって指導対局を労おうと道場内にできた新しい喫茶店にマリナを誘ったら、私の奢りであると分かった瞬間、飲み物以外に二人前のカレーを美味しそうに大きな目で私を見ながら、平らげて行った。
「変なことがあったの。夢だったかもしれない」
その時、夢のような話をされたことを急に思い出していた。
動画配信で見ることができる将棋対局のAI評価値での形勢は、マリナ女流棋士が優勢で勝利目前のようだ。意識を対局の盤面に戻していると船上の前から歩いてきた女性に私は呼ばれた。
「ハヤトさん」
テレビにも偶に出ているが胸の大きい赤いペンダントをしたモデルの女だ。確かアリシアという芸名だったはず。香水が強く八重歯が特徴的で瞳孔の開いた眼で私を見ている。
(何故私の名前を?)
私の怪訝な顔に気づいたのか、目の前の女が説明し始めた。
「この船に乗っている素人の男性は見届け人ただ一人。ハヤトさんと将棋連盟の名簿に載っていたわ。
対局者と船の持ち主であり船を操縦している主催者を除けば、私服でうろうろしているのは、主催者に呼ばれた私と素人の見届け人だけ。この船は最小限のゲストだけで運行しているわ。そろそろ対局も終わるみたいね」
(主催の愛人なのか)
和室の外から対局を見ていると、
タイトルホルダーの滝が頭を下げて負けを認めたようだ。
滝宗因がマリナを見て何か言おうとして口を開けたが何も言わずに駒を片付け始めた。
新しい女性タイトル棋士の誕生である。
和室からマリナが出てきた。
私はマリナのところに駆け寄った。
「おめでとう。男性棋士からタイトルを取ったなんて凄いことですよ」
「ありがとう。一億円の賞金もらったらなんでも奢ってあげるよ。それから」
いつのまにか、胸の大きい赤いペンダントをしたモデルの女が居なくなっている。
船が急に揺れてきた。船上で大きな雷鳴と稲光が走った。
雨も急に降ってきた。
船のへさきや船の尖った所を見ると、青い炎が灯っているように見えた。
「セントエルモの火よ」
急に船体を大きく揺らぎ始めた。
思わず、私はマリナの手を握り、声をかけた。
「危ないぞ」
帆がメリメリと不気味な大きな音を立てている。
船の周りが急に紫色の霧に覆われている。
大波が船に押し寄せているような船体の揺れである。
立っていられなくなって、マリナを抱えてしゃがもうとしたそのとき、紫色の霧の奥から邪悪な眼と四つの牙がうっすらと見えたような気がした。
邪悪な眼と四つの牙の下には、紫のマントを着て先端がやや尖ったような紫の靴を履いた男性が横たわっているような気がした。
気味の悪い咆哮が聞こえたかと思うと船外から紫色の大波が押し寄せてきて、私とマリナは身動きが取れないまま、船外に身体が投げ出された。
海に投げ出された私はマリナの手を握ったまま意識を失う直前、喫茶店でマリナが話していた不思議な夢を思い出していた。
19
あなたにおすすめの小説
どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~
さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」
あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。
弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。
弟とは凄く仲が良いの!
それはそれはものすごく‥‥‥
「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」
そんな関係のあたしたち。
でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥
「うそっ! お腹が出て来てる!?」
お姉ちゃんの秘密の悩みです。
【アイテム分解】しかできないと追放された僕、実は物質の概念を書き換える最強スキルホルダーだった
黒崎隼人
ファンタジー
貴族の次男アッシュは、ゴミを素材に戻すだけのハズレスキル【アイテム分解】を授かり、家と国から追放される。しかし、そのスキルの本質は、物質や魔法、果ては世界の理すら書き換える神の力【概念再構築】だった!
辺境で出会った、心優しき元女騎士エルフや、好奇心旺盛な天才獣人少女。過去に傷を持つ彼女たちと共に、アッシュは忘れられた土地を理想の楽園へと創り変えていく。
一方、アッシュを追放した王国は謎の厄災に蝕まれ、滅亡の危機に瀕していた。彼を見捨てた幼馴染の聖女が助けを求めてきた時、アッシュが下す決断とは――。
追放から始まる、爽快な逆転建国ファンタジー、ここに開幕!
無能と追放された鑑定士、実は物の情報を書き換える神スキル【神の万年筆】の持ち主だったので、辺境で楽園国家を創ります!
黒崎隼人
ファンタジー
「お前はもう用済みだ」――勇者パーティーの【鑑定士】リアムは、戦闘能力の低さを理由に、仲間と婚約者から無一文で追放された。全てを失い、流れ着いたのは寂れた辺境の村。そこで彼は自らのスキルの真価に気づく。物の情報を見るだけの【鑑定】は、実は万物の情報を書き換える神のスキル【神の万年筆】だったのだ!
「ただの石」を「最高品質のパン」に、「痩せた土地」を「豊穣な大地」に。奇跡の力で村を豊かにし、心優しい少女リーシャとの絆を育むリアム。やがて彼の村は一つの国家として世界に名を轟かせる。一方、リアムを失った勇者パーティーは転落の一途をたどっていた。今さら戻ってこいと泣きついても、もう遅い! 無能と蔑まれた青年が、世界を創り変える伝説の王となる、痛快成り上がりファンタジー、ここに開幕!
つまらなかった乙女ゲームに転生しちゃったので、サクッと終わらすことにしました
蒼羽咲
ファンタジー
つまらなかった乙女ゲームに転生⁈
絵に惚れ込み、一目惚れキャラのためにハードまで買ったが内容が超つまらなかった残念な乙女ゲームに転生してしまった。
絵は超好みだ。内容はご都合主義の聖女なお花畑主人公。攻略イケメンも顔は良いがちょろい対象ばかり。てこたぁ逆にめちゃくちゃ住み心地のいい場所になるのでは⁈と気づき、テンションが一気に上がる!!
聖女など面倒な事はする気はない!サクッと攻略終わらせてぐーたら生活をGETするぞ!
ご都合主義ならチョロい!と、野望を胸に動き出す!!
+++++
・重複投稿・土曜配信 (たま~に水曜…不定期更新)
追放された【才能鑑定】スキル持ちの俺、Sランクの原石たちをプロデュースして最強へ
黒崎隼人
ファンタジー
人事コンサルタントの相馬司が転生した異世界で得たのは、人の才能を見抜く【才能鑑定】スキル。しかし自身の戦闘能力はゼロ!
「魔力もない無能」と貴族主義の宮廷魔術師団から追放されてしまう。
だが、それは新たな伝説の始まりだった!
「俺は、ダイヤの原石を磨き上げるプロデューサーになる!」
前世の知識を武器に、司は酒場で燻る剣士、森に引きこもるエルフなど、才能を秘めた「ワケあり」な逸材たちを発掘。彼らの才能を的確に見抜き、最高の育成プランで最強パーティーへと育て上げる!
「あいつは本物だ!」「司さんについていけば間違いない!」
仲間からの絶対的な信頼を背に、司がプロデュースしたパーティーは瞬く間に成り上がっていく。
一方、司を追放した宮廷魔術師たちは才能の壁にぶつかり、没落の一途を辿っていた。そして王国を揺るがす戦乱の時、彼らは思い知ることになる。自分たちが切り捨てた男が、歴史に名を刻む本物の英雄だったということを!
無能と蔑まれた男が、知略と育成術で世界を変える! 爽快・育成ファンタジー、堂々開幕!
解呪の魔法しか使えないからとSランクパーティーから追放された俺は、呪いをかけられていた美少女ドラゴンを拾って最強へと至る
早見羽流@3/19書籍発売!
ファンタジー
「ロイ・クノール。お前はもう用無しだ」
解呪の魔法しか使えない初心者冒険者の俺は、呪いの宝箱を解呪した途端にSランクパーティーから追放され、ダンジョンの最深部へと蹴り落とされてしまう。
そこで出会ったのは封印された邪龍。解呪の能力を使って邪龍の封印を解くと、なんとそいつは美少女の姿になり、契約を結んで欲しいと頼んできた。
彼女は元は世界を守護する守護龍で、英雄や女神の陰謀によって邪龍に堕とされ封印されていたという。契約を結んだ俺は彼女を救うため、守護龍を封印し世界を牛耳っている女神や英雄の血を引く王家に立ち向かうことを誓ったのだった。
(1話2500字程度、1章まで完結保証です)
後日譚追加【完結】冤罪で追放された俺、真実の魔法で無実を証明したら手のひら返しの嵐!! でももう遅い、王都ごと見捨てて自由に生きます
なみゆき
ファンタジー
魔王を討ったはずの俺は、冤罪で追放された。 功績は奪われ、婚約は破棄され、裏切り者の烙印を押された。 信じてくれる者は、誰一人いない——そう思っていた。
だが、辺境で出会った古代魔導と、ただ一人俺を信じてくれた彼女が、すべてを変えた。 婚礼と処刑が重なるその日、真実をつきつけ、俺は、王都に“ざまぁ”を叩きつける。
……でも、もう復讐には興味がない。 俺が欲しかったのは、名誉でも地位でもなく、信じてくれる人だった。
これは、ざまぁの果てに静かな勝利を選んだ、元英雄の物語。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる
