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コーチを求めて全国行脚

コーチになってくれ!

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練習後、2人は大和を近くの喫茶店に誘った。


「んーっと、アイスコーヒーね」

「じゃあ、レモンティーを」


「では、レモンスカッシュを」



「はい、かしこまりました」



窓際の席に座ると、外は四万十川が見える。


中々いい景色だ。



「あの、話というのは?」


「それなんだが…実は、来季のコーチをお前にお願いしようと思ってここへ来たんだ」


高梨が話を切り出した。


「コーチ…ですか」


大和はまだピンとこない。



「おう、そうだよ。来季の守備走塁コーチとしてお前を迎えたいんだよ。どうだ、やってくれるか?」


榊はアロハシャツの胸ポケットからタバコを取り出し、火をつけた。


紫煙がゆらゆらと大和の目の前で舞ってる。




「しかし、コーチなら他にも有能な人がいるでしょう。おまけに、自分は引退してからプロ野球界とは一切関わってないし」


「そんな事を気にする必要は無い。現役時代、お前の華麗な守備と走塁を今の選手に教えやってくれないか?」


稀代のショートストップと呼ばれた男は、簡単に引き受けていいものだろうか、と考えた。


「お待たせしました」

店員が飲み物をテーブルに置いた。

ストローで氷をかき混ぜながら、アイスコーヒーを一気に飲む。


「かぁーっ、喉が渇いてるから、うめーなぁ」


大和はレモンスカッシュに口を付けてない。

このまま、コーチを引き受けていいものかどうかと。


かつては背番号1を背負い、ピストルズのリードオフマンとして活躍。


通算成績は2046安打 

567個の盗塁は歴代3位。



5度の盗塁王に加え、最多安打を2回記録。

サイクル安打2回、1番打者として先頭打者本塁打53本、112本の三塁打は歴代トップ。


ゴールドグラブ賞やベストナイン賞を幾度となく受賞。
走攻守、三拍子揃ったレジェンドだ。



大和ほどの名選手が何故、監督やコーチ経験がゼロなのか。


実は、他球団から幾度となくオファーがあった。


大和はそれを断り、現在は地元ローカル局の解説者の傍ら、少年野球のチームで指導をしている。



果たして、大和はコーチを引き受けてくれるのか。


「一つ、いいですか?」

「ん、何だ?」


大和は疑問に思っていた事をぶつけてみた。


「あの、何で俺を守備走塁コーチにしようと思ったんですか?」

「あー、それはだな…」

「私が話そう」


高梨が割って入ってきた。


「お前を守備走塁コーチにしようと思ったのは、現役時代お前はバッティングよりも、守備や走塁に生き甲斐を感じていたからだ」


「え…」


大和は絶句した。


「えっ、そうだったの?」

榊も意外だった。


「ええ、そうなんですよ。大和、お前はホームランを打っても、サヨナラヒットを打っても、それ程嬉しいという表情はしなかった。

だが、盗塁を決めた時、難しい打球を捌いてアウトにした時の表情は実に嬉しそうだった。

大和、お前は打撃よりも、守備の方に生き甲斐に感じていた…そうだろ?」


「…」

大和は何も言えなかった。

こうも、ズバリと自分の考えを言い当てた人間は、誰もいなかった。


「いや~、参ったな…さすが、キャプテン。よく、自分の野球論を見抜きましたね」


高梨は現役時代、キャプテンとしてチームを引っ張った。

選手の能力や性格を、十分知り尽くしていた。


GMに相応しい人物だ。


「実は、今まで色んな球団からオファーがありました。でも、ほとんどは打撃コーチか、ヘッドコーチという肩書きでした。
自分は、とても人にバッティングなんて教える事は出来ません。
ですが、守備や走塁なら教える事は出来ます。
野球はなんと言っても、守備が一番です。
守り無くして、勝つ事は出来ませんから…」


内野手でも、一番重要なポジションである、ショートを守ってきた男の言葉は説得力がある。


「大和。やろう、オレたちの野球を」

高梨は右手を差し出した。


大和は吸い寄せられるように右手を出し、ガッチリと握手した。


大和の顔には、笑みが浮かんでいる。


現役時代と変わらず、爽やかな笑顔だ。


「ヨッシャーっ!そうと決まれば、契約書にサインだ!おい、高梨。コイツの気が変わらないうちに、契約書にサインさせろ!」


「大丈夫ですよ、榊さん。途中で気が変わるなんて事は無いですから」


大和の表情は晴れやかだ。


「ありがとう、大和。これで一人決まった」


「おう、これで最下位から、5位に浮上だ!」


「えっ、5位?もっと上を目指しましょうよ!」



拍子抜けする事を言う。


「バカヤロー、大和が入って5位だ!後はアイツらが入ってくれば、順位が上がるんだよ!」


「えっ、アイツらって…まさか?」


「そうなんだ。ピストルズのメンバーにコーチを要請しようと、こうやって各地を回ってるんだよ」


2人で旅をしているようなもんだ。


「そうだったんですか…また皆と会えるんだ」


大和は当時を思い出した。

静岡ピストルズで栄光を築いた黄金期を。


「さて、大和がコーチになってくれたから、次は高峰だな」


榊が席を立った。


「ちょ…ちょっと待ってくださいよ、まだ飲み終わってないのに」


「気が早いですね、相変わらず」



せっかちな監督だ…
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