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シーズン突入

攻略法?

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ここは渋谷の東京ボールパークである。


これからキングダムとスカイウォーカーズの東京ダービーが始まる。


キングダムの先発は翔田。

スカイウォーカーズは真咲。

日本球界最速と最遅の先発という、興味深い一戦だ。


スカイウォーカーズのスタメンに変更は無いが、キングダムは4番に翔田というオーダーで迎え撃つ。



試合前、榊はミーティングでこんな事を言った。


「うぉっし、今日は翔田だから皆気合い入ってんだろうけど、その気合いを明日にとっておいて欲しい」


ん?

選手たちがザワザワする。


「あの…気合いを明日にとっておくっていうのは?」


選手を代表して結城が質問した。

今年からキャプテンを任された。



「うん、まぁなんと言うか…今日は翔田だから、その」


「ここから先はボクが言おう」


口ごもる榊に代わって櫻井が説明した。


「要はこの試合負けてもいいって事」


【えーっ!!】


「あの、負けてもいいって…」


「うん、そういう事。相手はあの翔田くんでしょ?いくらウチの打線がいいからって、そう簡単には打てないでしょ?だから負けてもいいやって気持ちでやって欲しいって言う事」


しかしナインは釈然としない。


「あの、それじゃ我々は翔田というピッチャーの前では無力という意味になるのでは」


「そんな事はないよ!これはね、ペナントを勝ち抜く為の作戦なんだ。
翔田というピッチャーは時間をかけてシーズン終盤に打ち崩す為の作戦と捉えて欲しいんだ」


「それは分かりますけど、なんと言うか…ちょっと拍子抜けしますね」


結城の言葉にナインは頷く。


「その代わりと言ったらなんだけど…」


櫻井はその意図を明かす。



「あー、なる程!」


ナインは納得した。


一体どんな事を言ったのか。




かくして試合は始まった。


負けてもいいやって気持ちからなのか、1番筧、2番唐澤、3番結城と連続三振。



翔田は絶好調で160kmを連発。


対するスカイウォーカーズの真咲は遅球でのらりくらりとかわし、時折混ぜる130km台のストレートで空振りを奪う。

4番の翔田さえも真咲の幻惑投球でタイミングを狂わされた。


最速と最遅の投げ合いは終盤までもつれ込む。


翔田はここまで2安打無四球の6奪三振。

ところが真咲はここまで何とノーヒット。

しかも奪三振は8と最速の翔田を上回る内容だ。


「まさか、コッチがノーヒットに抑えるとはなぁ」


「想定外ですけど、真咲くんにはそろそろ降りてもらわないと」


八回を投げきり、真咲はノーヒットのまま降板。

キングダムは翔田を続投させるつもりだ。


「翔田はここへきて、ガクンとスタミナが落ちてきましたね」


総合投手コーチの高峰が翔田の投球内容をチェックしていた。


「なる程…ひょっとしたら、もっと早い段階で彼を打ち崩す事が出来るかもしれませんね」


「ホントか?」


「ちょっと試してみましょう」


そう言うと、櫻井は毒島を呼び寄せた。


「毒島くん…この打席は少しベース寄りになる感じで構えてくれないか?」


「ベース寄りですか?」


「うん。出来れば少し屈むような感じでインコースへ投げにくいような構えで」


「はぁ…わかりました」

要領を得ないまま、毒島は打席に入った。


櫻井に言われた通り、ベース寄りに立って上体を少し屈めた。

これだとインコースに投げると当たってしまう恐れがある。


翔田はここまで投球数103球。


160kmを連発したせいか、球速はやや落ちている。

とは言え、まだ150km台の速球を投げ込む。


初球は外へ外れるツーシーム。153kmを計測。


二球目、今度は外低目へ縦のスライダーでワンストライク。


ここでスカイウォーカーズのベンチからサインが出た。


構えを元に戻せという指示だ。


毒島は通常の構えに戻した。


その三球目、インコースをえぐるようなスライダーでツーストライク。


四球目は得意のチェンジアップ。

中指と薬指で挟むバルカンチェンジで毒島は空振りの三振。



「まだ試す価値はあると思うので、次の中山くんにも同じ事をさせましょう」


櫻井は中山にも同じ構えをするよう指示。


中山がベースを覆うような構えで打席に立つ。


インコースに投げづらそうな様子だ。


それでも翔田は速球を軸にアウトコースへ投げ込む。


すると、またもやベンチからサインが。


中山が普段の構えに戻した。


結局中山もインコースのスライダーに詰まらさせファーストフライで凡退。


「少しだけですが、攻略法見つけました」


「マジか?」


「まだ誰にも言わないでください」


どんな攻略法なのだろうか。


結局、この回も三者凡退に倒れ、翔田は九回に代打を送られた。


試合は延長にもつれ込み、十二回を投げても勝負がつかず引き分けとなった。
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