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回想
女性新聞記者
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櫻井は当時プロ8年目の26才。
既に首位打者を3回、打点王を2回、最多安打は4回、ゴールドグラブ賞、ベストナインはデビューの年から毎年受賞。
そして選手の最高の栄誉でもあるMVPは1回と天才の名に相応しい成績を挙げる。
日本でタイトルを総ナメにした櫻井が、次の目標に掲げたのはメジャー挑戦だ。
それまで何人もの日本人選手がメジャーに挑戦したが、結果は思わしくないものだった。
しかし、そのジンクスを打破する者が現れた。
球界の盟主、東京キングダムの主砲で3年前にポスティングシステムでメジャーリーグ、ナッシュビル・ファイターズに移籍した浅野聖がその年に新人王に輝く。
その後もコンスタントに3割30本をマーク。
「右の浅野、左の櫻井」と呼ばれる程の打棒で、この2人がタイトルを独占していた。
打撃力では互角だが、走攻守という面に於いては櫻井の方が上で、もし櫻井がメジャーに行けば浅野以上の成績を挙げるだろうと言われる程、期待は大きい。
そんな櫻井の周りには常に報道陣が付きまとう。
「櫻井さんは来年メジャーに挑戦するというウワサですが、どうなんですか?」
「もう日本ではやり残した事が無いんじゃないですか?」
「櫻井さん、一言お願いします!」
毎回この事を質問され、ややうんざりしていた。
「あの、まだシーズン中ですし、そういう話はここでは差し控えさせてください」
そうは言うものの、来年こそはメジャーでプレーしたいと切望する。
「相変わらずの人だかりだな。皆、お前がメジャーに行くもんだと思ってるよ」
クラブハウスでは高梨がその事に触れる。
「困りますよ、毎回同じ質問してくるんですよ!シーズン中にそんな事言えるワケがないですよ」
仲間も同じ事を聞くのか…
櫻井は閉口する。
高梨は櫻井が数少ない尊敬するプレイヤーの一人だ。
チームの主砲でありながら、キャプテンとしてチームをまとめ、個人成績よりもチームの勝利を優先する模範的なプレイヤーであり、櫻井が目標とする選手でもある。
高梨を兄のように慕い、高梨も櫻井を弟のように可愛がる。
まるで兄弟の様な関係だが、その高梨にも本音を打ち明けた事は無い。
「そうだな…確かに今はペナントを争ってる最中だし、個人的な事は控えた方がいいかもな」
「えぇ、優勝を目指しているのに、そんな水を差すようなコメントなんか言えませんよ」
「でもな、ヒロト…実際のところどうなんだ?
お前が抜けたらチームはかなりの痛手なんだが、オレ個人としては、お前がメジャーで活躍する姿を見てみたいんだ」
高梨も実のところは気になっている。
「高梨さん…ボクは今そういう事は一切考えてないんですよ。ボクの頭の中は優勝する事で一杯なんです」
咄嗟にウソをついた。
「そうか…でも、ホントに挑戦したいと思ったら、シーズン中だろうが遠慮なしに言ってくれよな」
「大丈夫ですよ、高梨さん…そういうのは、シーズンが終わったら伝えますよ」
しかし、櫻井は内心ガッカリしていた。
(はァ…高梨さんもその事が知りたがってるのか。
仕方ないと言えば仕方ないんだが…それだけの事しか興味無いのか)
いくら試合でヒットを打っても、守備でファインプレーをしても試合後の質問はメジャーに関する事ばかり。
そんな事をコメントするつもりはない、それよりも試合について質問をしてくれと言いたくなる。
この日も櫻井の活躍でチームは勝利した。
現在ピストルズは3位。
1位千葉ヤンキース
2位東京キングダム
そして1.5ゲーム差にピストルズという順位だ。
試合後、いつもの様に報道陣に囲まれ、櫻井はバットとグラブを持って引き上げる。
「櫻井選手、決勝のタイムリーですが、打ったのはストレートですか?少し変化した様にも見えましたが」
「ストレートはストレートでも、ツーシームじゃないかと思います。
ボクにはツーシームに見えたので」
ツーシームを見事左中間に打ち返し、試合をひっくり返した。
「ツーシームと言えば、向こうは動くストレートを投げるピッチャーが多いですよね?
メジャー対策の為に打ったんですか?」
またこの話か…櫻井はウンザリした。
「さぁ…たまたま打ったのがツーシームなだけで、別に意識したワケじゃないですよ」
ぶっきらぼうな口調で答える。
「でも、ツーシームを見事打ち返したんだから、向こうに行っても動くストレートに上手く対応出来るんじゃないですか?」
この言葉にカチンときた。
「いい加減にしてくださいっ!何でメジャーの質問ばかりするんですかっ!我々は今、優勝争いをしている最中なんです!
それなのに、メジャーメジャーって…他に言う事は無いんですかっ!」
怒り任せ、大きな声を上げた。
すると、女性記者が冷静な表情で質問をしてきた。
「櫻井選手、今日はチームが勝利しましたが、打線はここのところ調子がイマイチですよね?
やはり、2年ぶりの優勝を意識し過ぎてるんでしょうか?」
「…」
女性記者の方を振り向く。
濃紺のスーツ姿でショートカットに凛とした佇まい。
目鼻立ちはキリッとしていて、クールビューティーと呼ぶに相応しい美貌の記者だ。
「そ、そうですね…多分優勝という事を意識してるんじゃないかと思います…次も頑張ります」
櫻井は思わず見とれてしまった。
(この女性(ひと)どこの記者だろうか…こんな綺麗な女性、今まで来た事あったっけ?)
その女性の名は、遠藤沙友理(えんどうさゆり)。
東京経済新聞が発行する、ジャパンスポーツタイムスの記者だ。
既に首位打者を3回、打点王を2回、最多安打は4回、ゴールドグラブ賞、ベストナインはデビューの年から毎年受賞。
そして選手の最高の栄誉でもあるMVPは1回と天才の名に相応しい成績を挙げる。
日本でタイトルを総ナメにした櫻井が、次の目標に掲げたのはメジャー挑戦だ。
それまで何人もの日本人選手がメジャーに挑戦したが、結果は思わしくないものだった。
しかし、そのジンクスを打破する者が現れた。
球界の盟主、東京キングダムの主砲で3年前にポスティングシステムでメジャーリーグ、ナッシュビル・ファイターズに移籍した浅野聖がその年に新人王に輝く。
その後もコンスタントに3割30本をマーク。
「右の浅野、左の櫻井」と呼ばれる程の打棒で、この2人がタイトルを独占していた。
打撃力では互角だが、走攻守という面に於いては櫻井の方が上で、もし櫻井がメジャーに行けば浅野以上の成績を挙げるだろうと言われる程、期待は大きい。
そんな櫻井の周りには常に報道陣が付きまとう。
「櫻井さんは来年メジャーに挑戦するというウワサですが、どうなんですか?」
「もう日本ではやり残した事が無いんじゃないですか?」
「櫻井さん、一言お願いします!」
毎回この事を質問され、ややうんざりしていた。
「あの、まだシーズン中ですし、そういう話はここでは差し控えさせてください」
そうは言うものの、来年こそはメジャーでプレーしたいと切望する。
「相変わらずの人だかりだな。皆、お前がメジャーに行くもんだと思ってるよ」
クラブハウスでは高梨がその事に触れる。
「困りますよ、毎回同じ質問してくるんですよ!シーズン中にそんな事言えるワケがないですよ」
仲間も同じ事を聞くのか…
櫻井は閉口する。
高梨は櫻井が数少ない尊敬するプレイヤーの一人だ。
チームの主砲でありながら、キャプテンとしてチームをまとめ、個人成績よりもチームの勝利を優先する模範的なプレイヤーであり、櫻井が目標とする選手でもある。
高梨を兄のように慕い、高梨も櫻井を弟のように可愛がる。
まるで兄弟の様な関係だが、その高梨にも本音を打ち明けた事は無い。
「そうだな…確かに今はペナントを争ってる最中だし、個人的な事は控えた方がいいかもな」
「えぇ、優勝を目指しているのに、そんな水を差すようなコメントなんか言えませんよ」
「でもな、ヒロト…実際のところどうなんだ?
お前が抜けたらチームはかなりの痛手なんだが、オレ個人としては、お前がメジャーで活躍する姿を見てみたいんだ」
高梨も実のところは気になっている。
「高梨さん…ボクは今そういう事は一切考えてないんですよ。ボクの頭の中は優勝する事で一杯なんです」
咄嗟にウソをついた。
「そうか…でも、ホントに挑戦したいと思ったら、シーズン中だろうが遠慮なしに言ってくれよな」
「大丈夫ですよ、高梨さん…そういうのは、シーズンが終わったら伝えますよ」
しかし、櫻井は内心ガッカリしていた。
(はァ…高梨さんもその事が知りたがってるのか。
仕方ないと言えば仕方ないんだが…それだけの事しか興味無いのか)
いくら試合でヒットを打っても、守備でファインプレーをしても試合後の質問はメジャーに関する事ばかり。
そんな事をコメントするつもりはない、それよりも試合について質問をしてくれと言いたくなる。
この日も櫻井の活躍でチームは勝利した。
現在ピストルズは3位。
1位千葉ヤンキース
2位東京キングダム
そして1.5ゲーム差にピストルズという順位だ。
試合後、いつもの様に報道陣に囲まれ、櫻井はバットとグラブを持って引き上げる。
「櫻井選手、決勝のタイムリーですが、打ったのはストレートですか?少し変化した様にも見えましたが」
「ストレートはストレートでも、ツーシームじゃないかと思います。
ボクにはツーシームに見えたので」
ツーシームを見事左中間に打ち返し、試合をひっくり返した。
「ツーシームと言えば、向こうは動くストレートを投げるピッチャーが多いですよね?
メジャー対策の為に打ったんですか?」
またこの話か…櫻井はウンザリした。
「さぁ…たまたま打ったのがツーシームなだけで、別に意識したワケじゃないですよ」
ぶっきらぼうな口調で答える。
「でも、ツーシームを見事打ち返したんだから、向こうに行っても動くストレートに上手く対応出来るんじゃないですか?」
この言葉にカチンときた。
「いい加減にしてくださいっ!何でメジャーの質問ばかりするんですかっ!我々は今、優勝争いをしている最中なんです!
それなのに、メジャーメジャーって…他に言う事は無いんですかっ!」
怒り任せ、大きな声を上げた。
すると、女性記者が冷静な表情で質問をしてきた。
「櫻井選手、今日はチームが勝利しましたが、打線はここのところ調子がイマイチですよね?
やはり、2年ぶりの優勝を意識し過ぎてるんでしょうか?」
「…」
女性記者の方を振り向く。
濃紺のスーツ姿でショートカットに凛とした佇まい。
目鼻立ちはキリッとしていて、クールビューティーと呼ぶに相応しい美貌の記者だ。
「そ、そうですね…多分優勝という事を意識してるんじゃないかと思います…次も頑張ります」
櫻井は思わず見とれてしまった。
(この女性(ひと)どこの記者だろうか…こんな綺麗な女性、今まで来た事あったっけ?)
その女性の名は、遠藤沙友理(えんどうさゆり)。
東京経済新聞が発行する、ジャパンスポーツタイムスの記者だ。
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