The Baseball 主砲の一振り 続編3

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回想

変なプライドなんて捨ててしまえ!

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この年の櫻井は絶好調だった。

打率はトップの0.353 本塁打は2位の38 打点はヤンキースの主砲守山とタイの119。

盗塁の数は28、安打数はトップの209本、出塁率0.416 長打率0.631 OPS1.047はいずれもトップ。


もはや誰も手のつけられない程の成績を挙げるが、チームは惜しくも2位に終わる。


「あぁ~、今年も優勝出来なかったか…」


最終戦が終わり、ロッカールームで私服に着替える榊がボヤく。


「来年こそは絶対に優勝しましょう!もう2位なんてゴリゴリだ!」


高峰は最終戦に登板し、7回を投げて1失点、被安打4、奪三振9で勝利投手となった。


 この年エースの榊が15勝6敗、防御率2.38で最優秀防御率を獲得。

右のエース高峰は19勝9敗、防御率3.61で最多勝に輝く。


榊、高峰という左右のエースはある程度の勝ち星を挙げるのだが、それに続く先発陣の成績が芳しくない。


ピストルズは7回まで逃げ切れば、中継ぎエースの希崎が抑え、最終回は守護神土方という勝利の方程式で抑えるのだが、榊、高峰以外の先発陣では7回まで抑える事が至難の業でもある。


「オレとケースケはいいとして、その後に投げるローテーションが問題なんだよな」


「来年はどういうローテーションで回すんでしょうかね?」


せめてあと一人確実に二桁勝利を挙げるピッチャーがいれば、ピストルズの優勝する確率は大幅にアップする。



「ヒロト、今年も首位打者と打点王の二冠を獲得したな…おめでとう」


キャプテンの高梨が櫻井を祝福する。


「高梨さん、ありがとうこざいます…でも、個人タイトルなんて興味無いんですよ。
やっぱり優勝しなきゃダメなんで」


櫻井は個人タイトルには無関心だ。


優勝しなきゃ、いくらタイトルを獲得しても無意味だ。


高梨と同じフォアザチームをモットーとする。


「確かに個人タイトル目当てにやってるワケじゃないからな…でもな、ヒロト…
個人タイトルすら獲れない選手が多いのに、お前は何度もタイトルを獲得出来る。
それは物凄い事なんだぞ。
オレなんか、未だにタイトルを獲った事が無いし、お前が羨ましいよ」



毎年コンスタントに30本以上の本塁打を放つ高梨だが、無冠の帝王という有難くない称号が付きまとう。


櫻井以上のフォアザチームを強調する高梨だが、内心は一度でいいからタイトル獲得したいと虎視眈々を狙っている。


「チームの勝利が第一主義」


そうは言うが、選手個人としては輝かしい足跡を残したいはず。


シーズンオフとなり、選手は1年間の疲れを癒す為に休養に入る。


櫻井はこのオフシーズンに沙友理との籍を入れようと、横浜の実家を訪れた。


歴史を感じさせる古い茅葺屋根と格式ある式台玄関。入り口の舞良戸には漆が塗られ、歴史と格式を物語っている。


櫻井の実家は代々伝わる名家で、地元では名の知られた由緒ある家系だ。


中に入ると座敷には、格式ある書院造の中にこだわりの材と意匠を盛り込んでいる。


櫻井の向かいには父親の宗一が腕を組んで座っている。


口ひげをたくわえ、威厳のある佇まいは名家の主に相応しい出で立ちだ。



「珍しいな、お前がここへ来るなんて」


有田焼の高級感溢れる湯呑みを手に、宗一は静かな口調で話す。


「えぇ、実は父さんに報告がありまして」


櫻井は姿勢を正す。


「報告?もしかして、アメリカに渡るという事かな?」


「いいえ、違います」


「何だ、その事ではないのか…では、何の報告だ?」


「実は…結婚しようと思って、その事を報告に来ました」


「結婚?」


宗一の表情が変わった。


「はい…その女性はスポーツ紙の記者ですが、とても素晴らしい女性です…本来ならば、ここへ連れて来るべきなのですが、事前にお知らせしようと一人で来ました」


「新聞記者が結婚相手なのか」


「えぇ、職業なんかどうでもいいのです。
大事なのは、その人の心です。
彼女は実に聡明で慈愛に満ちた人です。
ボクは彼女となら、幸せな家庭を築いていけると信じてます」



コトッと湯呑みを置き、再び腕を組む。



「今更親が決めた許嫁じゃなきゃダメだとは言いませんよね?」


「その女性の年は?」


「27才でボクより一つ上です」


「ほぅ、お前より年上か…そのお嬢さんはお前と結婚する事に異論は無いのか?」


「勿論…彼女とはその事で何度も話し合いをしたし、彼女の子供とも会っています。
ボクは彼女と子供を幸せにします」


すると、宗一は険しい顔をして声を荒らげた。


「子供だと?その子供はお前の子なのか?」


「いいえ、違います。彼女はシングルマザーです。
ボクはその子供を自分の子供として育てるつもりです」


「ふざけるな、お前の嫁が離婚歴のある女だと!櫻井家の嫁にはそんなキズものの女なんか認めないぞ!」


「彼女は離婚歴はありません!確かに子供はいますが、そんな事などどうでもいい事でしょう!」


「バカな事を言うな!お前は櫻井家の跡取りなんだぞ!そのお前の嫁が何処の馬の骨か分からない子供までいるなんて…私は絶対に認めないぞ!」


名家らしく、櫻井の嫁には由緒正しい人物が相応しいと言う。


櫻井は宗一がいまだに名家としてのプライドに拘る事にウンザリしていた。


「ボクが彼女の事が好きだから結婚する。
それの何がいけないんですかっ!
いつまでもそんなくだらない事に拘るよりも、幸せに暮らす事が大切でしょう!」


「バカもの!跡取りがそんな事でどうする!
この結婚は絶対に認めないぞ!」

「くだらない…何かと言えば、代々伝わる由緒正しい云々と…そんなモン、ボクには関係ない!
父さんが認めなくても、ボクは彼女と結婚する!
これは当人同士の問題だ!」


「やれるものならやってみろ…私は何があっても結婚は認めない…」


こんな頭の固い父親に何を言ってもムダだ、櫻井はそう思い、家を出た。


周りが何を言おうが関係ない。

結婚するのはボクだ。


親は関係ない。


櫻井は車に乗り込み、彼女の下へ向かった。




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