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クライマックス

攻略法その8

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かつてはメジャーリーグ ワシントン・ジェッツで主力打者として活躍していたが、度重なるケガと不祥事で解雇。


代理人はスナイダーを売り込んだが、37才という年齢がネックで獲得する球団は無かった。


そんな時、キングダムが新たな助っ人外国人を探していたと聞きつけ、1年契約という条件で合意に達した。


メジャーリーガーとだけあって、球団も破格の待遇で迎えたが、オープン戦から打撃不調に加え、拙守で鈍足。


マスコミは【大型扇風機】と酷評し、浅野監督はスナイダーを二軍に落とそうと考えたが、契約書には【ファーム行きを拒否する権利とレフトのポジションを確保する】という条項が記載していた為、二軍に落とす事は出来ない。


「ホームランさえ打ってくれれば、多少の事は目をつぶる」


浅野監督はスナイダーに長打を期待するが、日本のピッチャーはメジャーと違い変化球でかわすピッチングをする。

スナイダーは対応出来ず、スランプに陥る。


ペナントも終盤を迎え、ようやく日本のスタイルに慣れてきたが、ホームラン17本に対し打率は213 


フリースインガーとあって、初球からフルスイングするバッティングは四球が少なく出塁率は317と低い。


スタメンから外す事も出来ず、浅野監督は頭を抱えていた。


「いくら相手がメジャーリーガーとは言え、今時こんな不利な契約をかわすとは、キングダムの関係者はシロートの集まりなのか」

と評論家は杜撰な契約を酷評した。


それでも一時は首位に立ったのだから、【もし】スナイダーを獲得しなかったら…


勝負に【タラレバ】の話をしても仕方ないのだが、スナイダーの代わりに若手を起用したら今よりもいい成績を挙げていただろう。


打席でガムをプーっと膨らませ、ユニフォームの袖やベルトを直し、ベースに覆い被さる様なクラウチングスタイルでバットを持つ。


(よくもまぁ、こんな格好で17本もホームラン打てたもんだ…)

保坂がそう思う程、こんなフォームでホームランを打てるのが不思議だ。


メジャーのストライクゾーンは、日本のストライクゾーンよりもボール一個分外に広く、インコースは一個分外に寄る。


これではインコースが打てないのは当たり前だ。


(インコース攻めだ)

保坂はサインを出し、インコースに寄った。


東山は膝を高く上げ、重心の低いスリークォーターから右腕を振る。


ギューン、と低目にホップするストレートが勢いよくミットに収まる。


「ストライク!」


オーロラビジョンには148kmのストレートと表示された。


重心を低くして投げるせいか、球の勢いが良く回転数も高い。


(この調子で後2,3球インコースに投げときゃアウトになるだろう)


アウト一つ取ったようなもんだ、と保坂は確信した。


次もサインを出してインコースに寄った。


ノーワインドアップからゆったりとしたモーションで二球目を投げた。


同じくインコース、だが少し内側に外れている。

スナイダーは当たると思って避けたが、ボールはググッと右に変化した。


「ストライクツー!」


「what?(何だって)」

スナイダーは驚いた表情で後ろを振り向き、審判に抗議する。

だが、ボールは手前でシュート気味に変化してコースへ。


東山のツーシームが決まりツーストライクと追い込んだ。


スナイダーは納得のいかない表情で、忙しなくユニフォームのシワを直しクラウチングスタイルで構える。

(こりゃ楽ショーだ。次もインコースだぜ)


保坂は三度インコースを要求する。

しかし、東山は首を振りアウトコースのサインを出した。


(バカヤロ、アウトコースなんて投げたら打たれるだろ!)


再度インコースへのサインを出すが東山は頑として首を縦に振らない。


保坂も執拗にインコースへ要求するが、東山は何度も首を振る。


(ふざけんな、コノヤロー!黙ってインコースに投げろ!)


サイン交換が決まらず、堪りかねた保坂がタイムを要求した。


「タイム!」


駆け足でマウンドに行くと、東山を怒鳴った。


「テメー、サイン通りに投げねえんだよ!」


だが、東山は動じない。


「当然でしょ!ここはアウトコースで勝負しなきゃ意味無いっすよ!」


いつもボソボソと喋る東山が声を荒げた。


「アウトコースなんか投げたら、打たれるに決まってるだろ!」


「そんなの、投げてみなきゃ分からないでしょうが!」


負けじと言い返す。


「おい、いい加減にしろよ」

保坂がミットを叩きつけた。


「止めるんだ、二人とも!」


結城が慌てて間に入った。


「こんな時にケンカしてる場合じゃないだろ!」


「でも、コイツが」


「オレは間違ってませんよ!三球続けてインコースは危険だって言ってるんです!」


どっちも引かない。

結城は頭を抱えた。


「キミたち、そんな事で揉めても仕方ないだろう。ここは保坂くんの言う通りインコースに投げるんだ」


だが東山も頑固だ。


結城が言っても聞く耳を持たない。


「おい…テメーら、いい加減にしろよ…」


埒が明かないので、結城はキレたフリをして二人を睨みつけた。


「や、や、ヤバい!おい、ダイスケ!もう、どっちでもいい!とにかくお前の好きなように投げろ!」


保坂は慌てて守備についた。


「あ…あの、結城さん…もう大丈夫っす…すいません、今すぐ投げますので」

一人取り残された東山は、先程の態度は打って変わり、ペコペコと頭を下げながら謝る。


結城は穏やかな表情に戻り

「うん、じゃあ頼んだよ!」

とグラブで東山の腰をポンと叩いて守備についた。


(今度揉めた時、今みたいな感じで言えばすぐに収まりそうかも…)


結城はそう考えた。



「プレイ!」


試合が再開した。


東山はサインを出す。

アウトコースへ投げるつもりだ。


(打たれても知らねえぞ!)


保坂は苛立ちながらも外に寄った。


ノーワインドアップからのスリークォーターで三球目を投げた。


アウトコースへ先程よりも少し遅い球だ。


「やべっ、打たれる…」

保坂が思わず声を上げた。

スナイダーはドンピシャのタイミングでバットを振り抜く。


だが、ボールは外に逸れながら沈んだ。


「shit!(クソっ!)」


外のボール球を引っ掛け、打球はサードへ転がる。


毒島が捕って一塁へ。


「アウト!」


「やった…アウトコースで打ち取った」


保坂は唖然とした表情をしている。


東山が投げたのは、ワンシーム。

一つの縫い目に人差し指と中指で挟むようにして投げる、ストレート系の変化球だ。


ツーシームよりも遅く変化が大きいので、シンカーの様な曲がり方をする。


東山は社会人野球の頃からこの球を投げていたが、シンカーと勘違いされていた。


「おい、今のシンカーだろ?」


「違いますよ、れっきとしたワンシームですよ」


「シンカーじゃないのか?」


「そうっす。自分元々ワンシーム投げてたんで、周りは勝手にシンカーって呼んでましたけど」


シンカーではなく、ワンシーム。


「じゃあ、スナイダーを打ち取る為にアウトコースを要求したって事か?」


東山は当然という顔をしている。


「勿論、そうっすよ。いくらインコースが苦手だと言っても、立て続けに投げたら打たれますよ。それに、得意のアウトコースで打ち取った方が真っ向勝負って感じでいいじゃないすか」


(はぁ~、コイツは将来エースになれるな…)


保坂は東山が近いうちに、中邑を脅かす存在になると思った。
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