The Baseball 主砲の一振り 続編1

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盟主の闇

消えた天才 その5

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吉川はキングダムを真の常勝球団に変える為に、様々な戦術を練る。


勝つのは当たり前、だからと言って漠然とプレーするのではなく、チームに合った戦術を用いて勝利する事に拘った。


少しでも頭の中で浮かんだ事はその場でノートに書き込む。


吉川が辿り着いた戦術は、打者によって守備位置を変えるシフトと、フライボールと呼ばれるフライを打ち上げるバッティングだ。


メジャーでは当たり前の様になっているスタイルだが、吉川は日本でもこの戦術を用いれば、他のチームよりも一歩先に進んだ最新鋭のチームとして、他の追随を許さない存在になると読んだ。


しかし、吉川は一介の選手にすぎない。

監督やコーチを差し置いて、自ら考えた戦術を試合で使うことなど許されるはずも無い。


ならばどうするか?


吉川自身がその戦術を用いる。


例えば引っ張り専門の左バッターの打席では、ライトの定位置近くまで寄って、右中間の当たりを楽々キャッチした。


打撃に関しては、バットが水平面よりも19度上向きの軌道、つまり19度アッパースウィングで、ボール中心の0.6cm下側をインパクトすると、飛距離が最大化する研究結果を参考に、スウィングをややアッパー気味に改良した。

球の種類別に結果の割合を見てみると、ゴロは長打にはほとんどならず、ライナー、外野フライは同様の長打確率となっている。ゴロの本塁打はもちろん0で、外野フライは他のイベントに比べて本塁打割合が圧倒的に高い。


ただ漠然とフライを打ってもアウトを増やすだけ、そこで創出されたのが「バレル」という指標だ。



バレルとは打球速度と打球角度の組み合わせで構成されるゾーンのこと。ゾーンに入った打球は必ず打率5割、長打率1.500以上となり、簡単に言えば「どんな打球」を「どんな角度」で打ち出せば長打になるのかを示す指標だ。


吉川はこのバレルに着目した。


日本ではダウンスウィングを心掛けるようにと、少年野球チームの頃から口酸っぱく指導されるが、実際ダウンスウィングはゴロになる可能性が高く、アウトになりすい。


このフライボール革命を採り入れ、翌年の吉川は開幕当初から打ちまくる。


守備ではシフトを敷いて強打者の当たりを難なくキャッチする事で、投手の失点を防いだ。



始めた当初は、


「何やってんだ?」

と冷ややかな目で見ていたナインだが、吉川の行動でチームが勝ち続けると、徐々に見る目が変わった。



吉川の動きで他の野手もシフトを敷くようになり、投手陣の防御率が著しく下がった。


打撃面でも、吉川のバッティングを参考にする事で、チーム打率が上がり、同時に得点力も上がる。


結果的に投手陣は防御率が良くなり、自然と勝ち星も増え、野手は打率が上がり、打点も増えるようになった。


特に恩恵を受けていたのは翔田で、この年20勝4敗、2.16の防御率で最優秀防御率、最多勝、最高勝率のタイトルを獲得する。


しかし吉川は、翔田の活躍すらも霞んでしまう程の成績を挙げる。


打率0.362 ホームラン53 打点137 盗塁23 出塁率0.463 218安打を放ち、三冠王を獲得する。


奇しくも、監督の浅野が三冠王を獲得して以来、実に23年振りの快挙だ。


吉川や翔田だけではなく、先発陣全員が二桁勝利を挙げ、スタメンの野手6人が3割を越え、97勝43敗 0.692の歴代最多勝利ならびに、最高勝率で8月後半にリーグ三連覇を達成した。


その勢いを落とすこと無く、チャンピオンズカップでは奈良ドルフィンズを4勝0敗のストレートで下し、三年連続日本一に輝く。


吉川はチャンピオンズカップも攻守に渡って活躍。


12打数7安打、4本塁打 10打点の成績でシリーズMVPを獲得。

打つだけではなく、守備でもドルフィンズ矢幡のあわやホームランという当たりを、フェンス際でジャンプすると、グラブに収めた。


もはや敵無しのキングダムはかつての勢いを取り戻し、文字通り王国として君臨。


シーズンMVPも吉川で決まりと思われた。


だが蓋を開けてみると、20勝の翔田が獲得。


この選出に多くの人が異論を唱えた。


特に榊は自身がレギュラーを務めるスポーツニュースのコーナーで、


「おかしいだろ!翔田は確かに20勝を挙げたが、誰がどう見ても吉川がMVPだろ!
どんな選び方をしたんだ!こんなもん、インチキだ!
もう一回やり直せ」


とかなりご立腹の様子だった。



この背景にはオーナーの釜が、投票する記者達に圧力をかけた。


「吉川を一位に投票した記者の新聞社、通信社、放送局を今後一切の取材を禁ずる」


釜の鶴の一声で、記者達は吉川ではなく翔田に投票した。


MVPに選ばれなかった事について吉川は、


「気にはしてません。
獲るに越したことはないけど、そこまで個人タイトルに拘るつもりは無いですから。
翔田が獲ったという事は、それだけチームに貢献したという証拠でしょう。
自分はその器じゃなかったという事です」


その表情には悔しさは無く、むしろ淡々とした口調でコメントした。


しかし、吉川はその後取材を受けた釜の発言に激しく反発した。



    
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