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彼女が出来た

本当に卒業したんだよなぁ

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8月12日。

相変わらず日差しが強く、雲の無い空だった

午前中、自転車で土手へ行った。

ホントは日焼けなんてしたくなかったが、顔や腕だけは焼けていた。

それならいっそ全身焼いてしまおうと思い、ブルーシートとサンオイルを持参した。

小さな川を隔てた向こう側に、中学校の校舎が見えた。

まだ卒業して半年も経ってないが、随分前のように感じる。

自転車を置いて、勾配のある原っぱにブルーシートを敷いて上半身裸になり、オイルを塗った。

反対側の土手ではグランドで草野球の試合が。

僕は寝そべりながら試合を眺めていた。

ギラギラと照りつく夏の日差し。

早くも身体中が汗だくになる。

サングラスを掛けて仰向けになり、全てを焼き尽くすかのような燃える太陽を見ていた。

徐々に上半身が暑さで赤くなる。
この暑さでいつまで続くのだろうか?


晴天の汚れなき空。

ふと、吉川晃司のInnocent Skyの歌詞が脳内再生する。

あの空の様に、汚れの無いピュアな心があれば僕は今何をしていたのだろうか、と思いを巡らす。

開放感溢れる土手で、強い日差しを浴びながら僕はウトウトと寝てしまった。

どのくらい寝たのだろうか、遠くで僕を呼ぶ声が聞こえる。

「小野っち、土手で日焼けしてるの?」

ん、この声は?

目を開けると、波多野が立ってる。

何でここに来てるんだ?

寝起きで半分ボーッとしている。

「さっき電話したら、佑実センパイがオイル持って自転車で出掛けたよって言ってたから、もしかして土手に来てるのかなって思って来てみたんだ」

波多野も僕と同じTシャツに短パン姿。

手には日傘を持っていた。

「今、何時?」

時計が無いから、時間なのか分からない。

「アタシも時計持ってきてないよ。
多分、2時から3時の間じゃないかな」

もうそんな時間か…

これ以上ここに居たら火傷みたいヒリヒリして、シャワーすら浴びるのも辛くなる。

さぁ帰ろうとブルーシートを片付け、 自転車のかごに丸める。

また空を見上げた。

ホントに雲一つ無い、見事な晴天だ。

---忘れない いつか見た空を---

またあの歌詞が頭を過ぎる。

innocent sky
innocent sky
忘れないいつか見た空を


ふと、校舎を見た。

色々な事が走馬灯の様に浮かんできた。

1年生の時、運動会の徒競走で1着になった事。

2学期に仲間内で酒を飲んだ事がバレて母親が呼び出され、校長室で正座させられた日。


身体測定の時、保健室の曇りガラスにセロテープを貼って中の様子が丸見えになった。

ちょうど女子が胸囲を測っていた時で、僕らは興奮しながら覗いていたら、先生にバレてこっぴどく怒られたあの日。

中2の2学期、初めて英語で通知表が5だった時。

ゲーセンばかり行って康司と遊ぶようになり、夜遊びを覚え始めた頃。

修学旅行で寝る前に、好きな人を教えあった夜。

波多野を意識し始めた頃。

皆で映画を観に行ったあの日。

初詣で湯島天神に行って合格祈願したあの日。

そして卒業式…

僕は本当の意味で、中学を卒業していなかった。

まだまだあの頃を引きずっていた。


でも、もうあの頃には戻れない。

後悔の念と様々な感情が入り交じり、僕は校舎に向かって一礼した。


その時、涙が頬を伝った。

何故だか解らない…ただ、もう皆とバカ騒ぎしながら、校舎を走り回る事は出来ない…

僕は肩を震わせ泣いた。

しばらく顔を上げることは出来なかった。

「小野っち、どうしたの?」

波多野が心配そうに声を掛けるが、僕は無言のまま泣いた。

今まで他人に泣いた姿を見せたことは無い。

僕の中で、人前で涙を見せるというのはカッコ悪いというか、男らしくない的な考えがあった。

卒業式も、皆が泣いている傍らでヘラヘラしていた。

だからなのか、皆より遅い本当の卒業式だった。

その後、自転車を押して歩いた。

波多野は黙って後ろに付いている。

無言で土手の歩道を歩いた。

波多野は僕の事を察したのか

「アタシね…小野っちが中学に未練があるってのは解ってたんだ…」

波多野の言葉を背に受けながら歩く。

「小野っち、中学に戻りたいの?」

戻れるなら戻りたい。

だが光陰矢の如し。

高校生となった今、いつまでも中学の頃のままではいられない。

「アタシね、小野っちがああいう事するでしょ?やっぱり小野っちは卒業しても小野っちなんだなぁって思ってきて…」

波多野まで涙声になっていた。

僕は立ち止まり、波多野と並んで歩いた。

この後、何をしたのか覚えてない。

多分、波多野の家まで送って、その後は帰ったと思う。


その日の夕方、澄みきった空の向こうでは大惨事が起きていた。
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