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チームの紹介

野手転向

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ライトを守っていた鬼束の後釜は中山で決まった。

残るはファーストを守っていた結城の後釜を誰にするか。


昨年結城の他にファーストを守ったのは、指名打者のジョーンズとJIN、そして庵野の3人だ。


JINと庵野は代打や代走という、貴重なベンチウォーマーだ。


ではジョーンズはどうか。


ジョーンズは昨年指名打者として、打率0.263  24本塁打 76打点をマーク。

8番という打順でこの数字は上出来だ。


三振が多い典型的なフリースインガーだが、長打と16個の盗塁を決める俊足が持ち味。


本職は外野手だが、あまりの拙守に指名打者となった。


そのジョーンズにファーストを任せられるかと言えば、答えはNoだ。


昨年ジョーンズがファーストとして出場した試合は16だが、エラーの数は19と試合数よりも多い。


捕球が重要とされるファーストでは、このエラー数は致命的だ。


櫻井は誰をファーストにするか、中田と財前の意見を聞いてみた。


「ファーストを誰にするか…いっその事、助っ人にしたらどうだ?それなら悩む事も無いだろう」


中田は新外国人を探すべきだと言う。


しかし、助監督の財前は新外国人ではアテにならないと言う。


「助っ人って、今から外国人選手を調査するのかよ?
止めとけ、止めとけ!
助っ人なんてアテになんないんだし、今売れ残ってるヤツらじゃハズレを引く可能性が高いぞ」


「お前そんな事言うけど、誰が相応しいってんだ?」


「今いる選手で試してみたらいいじゃん!」


「う~ん…そうしたいんだけど、後の選手はベンチウォーマーとして常にベンチに置いときたいんだよな」


ファーストは守備で一番楽だと言われているが、実際は捕球の上手さが必要とされる重要な役割でもある。


毎年ゴールドグラブ賞の常連だった結城が抜けるのは、チームにとってもかなりの痛手だ。


「今いる選手でやり繰りするしか無いだろ」


「やり繰りって言うけど、皆役割分担があるんだし…」


「そうだよなぁ…となると、いっその事ピッチャーを転向させるか…」


中田の言葉に櫻井は閃いた。


「そうだっ、それだ!」


「エッ…」


「ん…どゆ事?」



「中田さんが言ったように、ピッチャーからバッターに転向させるんですよ!
この選手はピッチャーよりもバッターの方が向いてるんじゃないかってタイプを探すんです!」


櫻井の案は、投手としてはイマイチだけど、野手の方が向いている選手にファーストを守らせるべきだと言う。


「そりゃ、確かにピッチャーはセンスの塊って言うけど、誰をバッターに転向させるんだよ?
ウチにはそんなタイプはいないだろ」


バカバカしい、と財前は吐き捨てるように言う。


「いや、一人いる事はいるんだけど…果たしてその選手が首を縦に振るかどうか」


櫻井にしては歯切れの悪い言葉だ。



(果たして二刀流をやってくれと言われて、快く返事するだろうか?)


ピッチャーはプライドが高い。


野手転向を告げられたら、


(オレはピッチャー失格なのか…?)


と落ち込んで立ち直るにも時間が掛かる。



だからと言って、躊躇しているヒマは無い。


その日の夜、櫻井の部屋をノックする選手が。


コンコン…


「どうぞ、空いてるから入ってください」


声の主は、一昨年までスカイウォーカーズの守護神として最多セーブに2度輝くジェイク・キムラだった。


「oh、カントク!どうしましたか?」


ジェイクを呼んだのは櫻井だ。


「うん…ちょっと話があるだけど」



「はい、なんですか?」


ジェイクはソファーに腰掛ける。


「…単刀直入に言う。
ジェイク、来年から野手をやって欲しいんだ」



「野手…ん?野手って、fielder(フィルダー)の事ですか?」


「そう…ピッチャーからフィルダーにチェンジだ」


「エ、エェ!ボク、バッターになれって言うんですか?」


さすがのジェイクもこの言葉に驚く。


「ウン。ボジションはファースト…キミなら良いバッターになれると思ってね。
どうだろう、やってみないか?」


ジェイクは昨年一軍に出場する事なくシーズンを終えた。


2年連続セーブ王に輝いたジェイクだが、160を超えるフォーシームとパワーシンカーと呼ばれるツーシームのみでは通用しないと言われ、マイナー時代にコーチから教わった特殊なチェンジアップを習得するまでファームで練習したのだが、一向に習得する気配が無い。


左腕で160を超えるストレートを投げるのは魅力だが、チームにはアクーニャという同じタイプのピッチャーがいる。


しかも、アクーニャはクチージョ(スペイン語でナイフの意味)と呼ばれる真っスラと、フォーシームと同じ速さのランサ(スペイン語で槍の意味)と呼ばれるツーシームを投げ、ジェイクと比較しても遜色は無く、むしろアクーニャの方が球種は多い。


そうなれば、ジェイクよりもアクーニャを起用したくなるのは当然の事。



元メジャーリーガーのジェイクにとって、バッター転向は屈辱的だ。


「もし、Noと言ったらどうしますか?」


「ボクは監督だ、Noとは言わせない」


櫻井の目が鋭く光る。


ジェイクはしばし沈黙の後、フゥとため息をついた。



「日本でもアメリカでも、カントクの言う事は絶対…Understand…ボク、ファーストやります!でも、ピッチャーはまだ諦めてません」


ジェイクも真剣な眼差しで答える。


その目を見て、櫻井は穏やかな笑みを浮かべる。


「フフフ…勿論だよ。
もし、キミがピッチャーを諦めると言ったら…ボクはキミを放出しようと思ってた。
ジェイク…キミは二刀流として新生グランツの象徴になって欲しい。期待してるよ」


「ハ、ハイ!」


櫻井はジェイクの才能を見抜いていた。


才能って、どの部分が?

と思われるだろうが、それはまたの機会で。

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