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幼少編

ユニコーンってしゃべるんだね

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 あれから農場の中をグルリと回った。
 もうすぐ一周とたどり着いた頃には、時刻が正午となりお昼ご飯を食べる事になった。

 悩んでいる様子の俺を心配してステラ姉さんは、帰宅を勧めてくれたのだが遠慮しておいた。それほど大げさじゃないからな。

 ステラ姉さんが注文をしている間、俺は外に設置された木製の椅子に座っていた。

「……」

 あの時、俺はあのホルスタインの気持ちが理解できた。
 相手の考えていることではなく、感情を理解した。一体どういう原理なんだ?

「やっぱり疲れているの?」

 心配気な表情で俺を覗きこむ姉さん。

「いや、大丈夫だよ。お腹が空いただけだよ」
「そうだったの?」

 俺がそう言うと姉さんは笑い、サンドイッチの入ったバスケットを差し出してきた。

「ハムと新鮮な野菜を挟んだサンドイッチよ」
「お、ハムかいいね」

 バスケットに手を伸ばし、サンドイッチにかぶりつく。
 サンドイッチのハムは臭みもなくとても美味しかった。

 味付けはシンプルだが、逆にそれがいい。素材の味が引き立つ。
 豚本来の味が口に広がり、野菜のシャキシャキ感でスッキリ。うん、うまい!

 食事を終えて足を進める。
 家や革職人の家、野菜屋と。ぽつりぽつりと家が点在する道を進む。
 そして人気の少なくなると、やがては柵が見えてきた。

 もしかして村の端にたどり着いてしまったのかと疑ったが、どうやら違うようだった。
 柵の先には広大な平原が広がっており、多くの馬がまったりと過ごしていた。


 走りまわったりする馬もいれば、座っている馬もいる。柵によって囲まれてはいるが、その生活ぶりはかなり自由があるようだ。

 そんな中、柵の入口近くでは一人の女性が馬をブラッシングしていた。
 いや、それを馬というには語弊があった。

 その馬は立派な角をはやしていた。
 黒い毛並みに犀や牛のような体躯。全身の筋肉はまるで巨岩のように盛り上がり、それは某暗殺拳の使い手の馬を連想させた。
 そう、滅茶苦茶マッチョなユニコーンである。

 さすがファンタジー。まさか牧場でユニコーンに出会えるとは思いもよらなかった。
 しかも迫力が凄い。ユニコーンといえば優雅なイメージだが、目の前にいる漆黒の王は戦うための身体をしていた。

「シャマ!」

 姉さんが声をかけるとその女性は、ブラッシングの手を止めて振り返った。

「あら、ステラ!初めて時間通りに来れたじゃない!」

 少し機嫌よさそうにその女性は振り返った。
 外にいる時間が長いのか、肌は健康的に焼けている。
 茶色い瞳は爛々と輝き、勝気な様子がある。瞳と同じ色の髪をポニーテールにくくってオーバーオールのような服を着ており、長靴のような靴を履いている。
 オーバーオールの下は何も来てないのか、日焼けしてない白い肌が見える。そのチラリズムがエロく見えて少し興奮します。

 シャマさんの後ろでは、ブラッシングを中断された馬がどことなく不満そうだ。

『ん? どうしたのだシャマ殿? もう終わりなのか』

 馬の方からは凛々しいい声が聞こえた。
 まるで頭に直接送られたかのような聞こえ方。そんな異常事態に俺は頭を押さえた。

「うん、ライトにお姉さんの威厳を知らせたくてね!」
「威厳って……。時間通りに来るのなんて貴族として当たり前じゃない?」

 ジト目で姉を軽く睨むシャマさん。

「ライト、私のお友達のシャマよ」

 姉さんがこれ以上の言及を避けるかのように、俺の背中を押して前に出す。
 仕方ない、俺はさっきの妙な感覚を無視して自己紹介した。

「ロウェンベルト家次男のライトです。いつも姉がお世話になっています」
「すごくお行儀の良い子ね。何歳なの?」
「五才です」
「五才!? ……近所のもバカガキもこれくらい……いや、ほんの少しでもこの行儀の良さを分けてもらえば可愛いのに」

 シャマさんは少し陰りのある表情でそう呟く。どうやら彼女は村の悪ガキに手を焼いているらしい。
 でもそれって、男の子たちがシャマを気に入っている、または好きだからやっているんじゃないかな。ガキの頃の男って好きな子にちょっかいかけたがるし。
 ……斯く言う俺もそうでしたから。

「で、今日は予定通りステイン兄さんの馬を見に来たのだけど?」

 姉さんがシャマさんを現実に戻すためにタイミングよく話を切り出す。

「どうして兄さんの馬の様子を姉さんが見に来るの?」
「あー、兄さんの馬は父さんと同じようにユニコーンでね、特別に脚が速いんだけどあまり仲が良くないのよ。何故か乗せることを嫌がっていう事を聞いてくれないんだけど、私がたまにお世話をしてあげるという事を少し聞いてくれるのよ」
「私とアウラも問題なく乗れるのにね」
「そうね。不思議ね」

 ……いや、それってすごく単純な理由じゃないですか?

『ふむ、それは単純な理由ではないのか? 奴は女好きの半面、男が嫌いだからな。けどまあ悪い奴ではない。世話をするなりなんなりすれば期待に応えてくれる』
「あ、やっぱりお前もそう思ってるんだ」
『……ん?』
「………あ」

 やべ、つい反応してしまった。
 黒い馬王がズイッと、その巨体に見合った厳つい顔を近づける。

『貴殿! もしや某の言葉が分かるのか!?』

 怖い怖い怖い! めっちゃ怖いよ~! そのぎらついた目、肉食動物よりも鋭いじゃん!
 それにしてもマズいことになった。よりにもよってこんな黒王号みたいなユニコーンに目をつけられるとか……。逆らったら角でブッスリとやられそう。

『……いや、聞こえるというのは語弊があるな。何せ我らには言葉がない。ゆえにここは心の声が聞こえるといったところか』

 え?

『某の名はシュバルツェ。話の場に趣き願おう』
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