【R18.BL】千里結言

麦飯 太郎

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5.六次

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 六次は人間には知られずに、ひっそりとその命の灯火を消した。それを四季神である蓮が見守っていたので、きっと安らかに痛みもなかったと信じたい。今はその遺体を六次の家から蓮の屋敷に運び、奥の部屋で暖かい布団に寝かせてやっている。
 居間に全員が集まり、これからのことを話すのだが……たった数時間で様々なことが起きてしまい、ただ、天花と風花が出してくれた茶を眺めていた。

「さて、六花さん。今後のお話をしましょうか」
「……はい」

 蓮の言葉は優しいが、その声色の中に真剣さと、その話題の重要性を孕んでいて、また涙が出そうになった。

「華藤六次さん、八十三歳。この山の元で産まれ育ち、一旦は離れましたが直ぐに戻ってきました。知り合いは多いですが、御付き合いされていた方などはいらっしゃいません」
「……そうです」
「その六次さんが、あなたに六次を与えると仰っていました。六花さんは……どうされたいですか?」
「ダメに決まってますよ。おじいさんを継ぐということは、人間になるんですよ? 鬼を捨てて、妖力を無くして、神使の役割を放棄し、人間として短い寿命を過ごさなきゃいけない。考えるまでもないです」
「風花。それは六花が考えることだよ」
「でも天花!! 人間になるなら、おじいさんが死んだことを他の人間に知られる前に記憶も何もかも変えなきゃいけないんだぞ!? 俺らだって大人になるのに一ヶ月はかかった!! 人間がおじいさんがいないと気付くまで多く見積っても三日だ。三日だぞ!? 今日はもう終わりを迎えるから一日に等しい。なら、今から急いで大人になるために力を解放したとしても二日目は丸々動けない。三日目にようやく動けるようになって、蓮様から妖力放棄の儀式と人間の記憶改竄してもギリギリ間に合うか……それに、大人になるのは物凄く痛い。一ヶ月でも痛かったのに……一日なんて……六花が壊れるだろ!!」

 捲し立てるように言葉を吐いている風花だが、人間になることも拒んでいるけれど、何より心配してくれているのが伝わってくる。
 でも、約束した。六次を自分の中で生かそうと思った。それに、六次になればハルトに堂々と会えるだろう。

「ありがとう。風花。でも僕は、人間になるよ」
「六花!!」
「六花さん、妖力が使えないということは私達より……遥かに短い生命になってしまう。私は、その、六花さんの意思を尊重したいのに、死を受け入れるのが怖いんです。死なんて沢山見たのに……」

 蓮の言葉に喉が詰まる。この山で遭難したり、かつては忌み子を捨てるような風習もあって幼子の死まで蓮は見守ってきたのだ。
 きっと鬼であっても蓮より先に死ぬだろう。それでも、より短い命になることは育ててくれた親である蓮からしたら、相当な不孝者だ。
 おでこを畳に擦り付けるほど頭を下げる。こんなので許して貰えるとは思わないが、それでも下げなければ自分の心が収まらなかった。

「……ごめんなさい」
「謝らないで。生きとし生けるものは皆死を迎えるのですから。私こそ、ごめんなさい。六花さん、頭を上げて。さて、人間になるなら、準備も必要ですね。風花さんと恭吾さんは私の手伝いをお願いします。天花さんは六花さんの傍に居てください」
「分かりました」
「……分かりました」

 蓮の言葉に天花はあっさりと返事をしたが、風花はまだ納得していない表情だ。それでも了承の返事をしてくれたことに、頭を下げる。

「なぁ、蓮。俺は?」
「え? 華月様も手伝って頂けるんですか?」
「もちろんだ。家族の一大事だ。俺も手伝うに決まってるよ」
「そうですね……。では、銀花と遊んでてもらえますか?」
「……それだけ?」

 ぽかんとした華月に思わず「お転婆な銀花の世話は大変なんだぞ」と言ってしまい、ハッとして蓮の顔を見る。すると、何故か安心したように微笑んでいたので、つられて微笑んでしまう。

「さて、ではそれぞれの持ち場へ急ぎましょう」



 その後は……ただただ痛みに耐えることしか出来なかった。耐え難い痛みに何度も叫び声を上げた。
 人間でいえば、たった五歳程の身体から一気に成人まで成長させるのだから、当たり前と言ったら当たり前の痛みだ。
 骨が大きく太くなり、それがミシミシと音を立てて軋む。それに伴い皮膚が伸び、何度も裂ける寸前の……いや、何度か皮膚が裂けて血が流れた。
 裂ける度に天花は薬を塗り、華月は銀花と山に入り痛み止めの薬草を詰んできてくれた。
 舌を噛みそうになれば布を口に突っ込まれ、暴れそうになれば天花が必死に抑えてくれた。

「痛――い!! 二人ともこんなに痛かったの?」
「風花はひと月かけて、私はひと月半かかったのを覚えているでしょう? 痛みはその分だけ分散されてましたから」
「そう、だったッ!!」
「それでも痛かったです……だから、今の六花の痛みは……。でも、かなり身長が伸びたので、あと少しです。ほら、昼ご飯を食べて。しっかり食べないと伸びが悪くなりますから」

 出された栄養のたっぷりありそうな猪肉や白米、汁物に和え物が幾つも膳に並んでいる。普段ならばこんなご馳走は食べないので、きっと蓮と風花が用意してくれたのだろう。
 食欲は無いけれど、一刻も早く大人になるためには食べないと骨肉の形成が遅くなる。無理矢理胃に詰め込むように食べ、出された痛み止めを飲み込む。

「その痛み止めには、まじない程度の睡眠促進を施しています。少し寝て下さい。昨日の夜から今まで痛みでまともに寝れてないでしょう??」
「でも、あと、少し……!!」
「あと少しだから、寝るんです。寝ている間にも身長は伸びますし、安心して寝て下さい」

 本当なら、大人になったら一秒でも早くハルトの待つは病院へ向かいたい。でも、大人になっているであろう明日は六次になる儀式もある。
 その儀式は長くはないと聞いてきるので、午後にはハルトに会いに行けるだろう。

「分かった。何かあったら、起こして……」
「ええ。約束します。休息も成長には不可欠です。さぁ、寝ましょう」

 天花の手がそっと額を撫でてくれた。その手は昔と変わらず、優しく暖かく、思いやりに溢れていて思わず涙が出そうになった。



 すっかり寝てしまい、目が覚めたのは翌朝だった。
 障子から柔らかい朝日が差し込み、身体を起こす。いつもと違う景色の高さに、両手を眺める。

「大人に、なってる」

 幼子の手と違い、骨や血管の浮きが確認できる厚みのある男の手だ。立ち上がると、視界の高さに少しだけ恐怖を覚えた。

「天井が近い……」

 決して頭はぶつからないが、それでも高いと思っていた場所が手を伸ばし少し跳ねたら届きそうで、不思議な感覚だ。
 両手足を見たり顔を触ったりしたが、特に異常は無さそうだ。それに痛みも無いので、無事に成長は終わったのだろう。

「あ、六花。起きたんだね」
「天花」
「痛みはないですか?」
「うん、もう大丈夫」

 そう言って笑いかけると、天花はホッとしたように泣きそうな笑みを浮かべた。

「あぁ。そうだ。これを着てください。私や風花よりもずっと大きく成長したので、蓮様や恭吾の着物も合わないんです。だから、華月様の着物ですが」
「ありがとう。そんなに成長したの?」
「そりゃもう。華月様と変わらないんじゃないですか? この着物の他に、何着か里から洋服と着物を持ってきてもらうようにお願いしています。お下がりになってしまいますが、人間になってからは洋服も着るでしょう?」

 確かに、六次も背は低かったので着るものを借りようにも無理がある。有難く頂戴することにして、受け取った着物を纏った。
 いつも白い稚児の着物だったので、大人の男性の、しかも、真っ黒の着物と羽織を身に纏う自分を鏡で見るとまるで別人を見ているような気分だ。

「よく似合いますね。髪も伸びたので、切ってから結いましょう」
「本当だ。気付かなかった」
「成長の分だけ伸びるから。どれくらい切ります?」
「うーん。腰辺りまで残したいな」
「そんなに? 人間になるなるもっと切ってもいいんじゃないですか?」
「……うーん。いや、やっぱり腰まで残したい」

 それもそうだと思ったが、何となくハルトは長い方が気に入るような気がした。長ければ切ればいいが、切った後に悔やんでここまで伸ばすのはかなり時間がかかるだろう。

「分かりました」

 そう言って、天花は慣れた手つきで髪を整えていった。きっと華月の髪も同様に天花が整えているのだろう。それに天狗の里には子供の天狗も多いと言っていたので、その子たちの髪も手入れしているのだろう。
 面倒見のいい天花はきっと誰からも好かれているに違いない。
 あっという間に髪を整え、頭の頂点で黄色の組紐を使い結い上げてくれた。

「やっぱり黄色が一番好きだな」

 最初に蓮が与えてくれた着物の色は、天花は赤、風花は青、そして六花である自分には黄色を選んでくれた。それはたまたまだったのかもしれないが、そのままそれぞれの好きな色になっていった。
 大人になる前は白い着物だったが、帯は白を基調に黄色の紋様が鮮やかで美しくとても気に入っていた。今はもう着れない着物が、布団の横に丁寧に畳まれている。

「天花が畳んでくれたんだ」
「いえ。それは蓮様が畳みました。それと昔着ていた着物も持って行って構わないと」
「そっかぁ……」

 未来永劫会えなくなる訳では無いが、もうすぐこの屋敷は自分の居場所ではなくなるのだと、じんわりと実感する。泣きそうになりつつ、泣くべきではないと思いそれらの想いを飲み込んで立ち上がった。

「さ、行こう」
「大丈夫ですか?」
「もちろん!」
「……六花」
「なぁに? 天花」
「いえ、行きましょう。蓮様がお待ちです」

 ゆっくりと前を歩く天花の斜め後ろを、まだ慣れない視線の高さを一歩ずつ確認しながら進んでいった。



 人間になる儀式は厳かに、しかしあっさりと終わった。
 いつも洗濯をしている湖の淵で、裸足の蓮が湖の水を両手でゆっくりと掬い、そこに恭吾が壺から何か液体を垂らす。
 僕はその謎の液体を垂らした水に、口付けをしただけだ。しかし、その一瞬の口付けで自分の中にあった確かに育まれてきた力が消えたのだと分かった。
 寂しく悲しく、痛みもない力との別れに流石に涙が一筋流れたが、その口付けした水を蓮が一滴残さず飲み干した。
 自然と後光が差したその光景は、神様の加護を得られたような気分にさせた。
 儀式の後に聞いた話だが、あの水に溜まった鬼としての、そして神使としての力を神に返還する儀式だったそうだ。蓮が飲み干したのは、自分が育んだ鬼の力であり、それを得た蓮はその鬼や神使の分も力が増しているらしい。
 それならば、鬼として生きてきたこの五十年は無駄ではなかったとそう思えた。
 完全に妖力を失い人間になった後、まずは六次の埋葬を行った。六次の家の近くであり、蓮の住む山である場所にひっそりと建てられた小さい塚だけれど、四季神である蓮が見守るのだから、きっと誰よりも安らかに違いない。
 そして、大人になるために痛みに耐えている間に、蓮は多くの人間の記憶を変えていっていたらしい。力を使い過ぎたらしく埋葬が終わったあと、倒れるように眠りについてしまった。
 起きるまで傍に居ようと思ったが、天花と風花、そして恭吾に蓮は大丈夫だからと言われ……今、ハルトの元に行くために山を下っている。

「それにしても、人間の身体って重いな……」

 慣れている山道だが、身体の重さと非常に疲れが溜まるのが早いことに驚きつつ、足は止めずに歩き続ける。
 ハルトはもう起きているだろうか。怪我の経過は安定しているのだろうか。きっと病院は何度も六次の家に連絡を入れていただろう。
 病院に行って、遅いと言われ入室を断られたらどうしようか。そんな不安を抱きつつ、しかし目的の病院へ歩を早めて向かった。



 たった数日前に病院へずぶ濡れの子供姿で行った時、面会出来ないと言ったあの優しい女性が今日も受付に座っていた。

「あの、すみません」
「はい」
「ハルトル・フラプティンソンの面会に来ました」
「お名前を伺ってもよろしいですか」
「り……華藤六次です」
「お待ち下さい」

 蓮があらゆる六次の記憶や記録を、六花に置き換えているはずだ。大丈夫。そう思っても、万一、六次ではないと言われらどうしようか。
 八十歳を超えていた六次は、今は二十歳すぎの若者になっているのだ。不信を抱かれたら……同姓同名だと名乗るか……。

「お待たせ致しました」

 女性の声にハッとして顔を上げる。すると、ニコリと笑みを浮かべ小さな紙を机に置いた。

「こちら病室の番号です。あとこちらは面会札ですので首から下げて必ず見えるようにしておいて下さい。お帰りの際はこちらに返却をお願いします。面会は夜七時までとなっております」
「――わ、かりました」

 渡された紙を受け取り、書かれた病室へ向かう。こんなにあっさりと六次になっている『六花』が受け入れられていることが、不思議でそして少し怖くなった。
 本当に、あの遊んでくれた優しかった六次は皆の記憶から消えてしまったのだ。

(僕だけが……いや、僕と蓮様達だけがじぃちゃんを覚えてる。絶対に忘れない。忘れないし、六次を大切にするよ)

 ハルトの病室は一人部屋だった。ノックをすると知らない男の声で返事があった。

「失礼します」
「あぁ、六次さん! もう体調は大丈夫なんですか?」

 白衣を纏った壮年の男がにこやかに近付いてきた。知らない男はどうやら医師だったようだ。そして、様子からして六次の知り合いだ。

「はい、おかげさまで」
「この時期に風邪なんてねぇ。若いのに」
「すみません。……あの、ハルトは?」
「あぁ。そうでした。今ちょうど診察を終えたところでして」

 そう言って、医師はカーテンに手をかけて覗き込む。

「ハルトル君。面会だよ」
「面会……ですか?」

 振り向いた医師は、ちょいちょいと手招きをしたのでそっとカーテンの隙間から覗き込む。

「!?」

 頭に包帯を巻いた痛々しい姿のハルトに、思わず唾を飲む。

「あの……すみません。誰……ですか?」
「……え?」

 六花だとは分からないだろう。六次になる時点で、過去の『六花』との記憶は削除しなければ辻褄が合わないので仕方ない。しかし、六次だという記憶は上書きされているはずだ。
 先程の受付の女性も、医師も、ちゃんと六次だと認識していた。
 混乱しているこちらを見て、医師は肩に手を置いてきた。

「こちらは華藤六次さん。日本で君の住んでいる家を提供したり、面倒を見ているんだよ」
「え!? あぁ、ごめんなさい。話は聞いてます。迷惑かけて、すみません」
「え、あ、いや。え?」

 なんて他人行儀だろうか。ハルトは『六花』がいなくても、一人で六次に会いに行ったりしていたはずだ。忘れるはずがない。

「六次さん。あの……ハルトル君は」
「俺、記憶喪失らしいんです」

 神妙そうに言葉を出した医師とは裏腹に、ハルトはあっけらかんとその言葉を口にした。その意味を反芻する時間も与えず、ハルトは更に説明を始めた。

「一時的な記憶喪失なのかは今は分からないらしくて。記憶が戻らない可能性もあるらしいんです。でも、記憶が無くなったのは日本に来る直前から車に引かれる瞬間までなので」
「日本の……記憶が……」

 まさか、そんな。鈍器で殴られたような衝撃だったが、ふと、また最初から六次であり、六次ではない自分との関係を構築出来るのだと考え直した。
 スルリとカーテン内に身体を滑り込ませ、ハルトのベッドの横に腰を下ろす。ゆっくりと手を握り、澄んだ美しい青い瞳を覗き込む。

「あの、六次さん?」
「僕は華藤六次。でも、六花って呼んで欲しい」
「りっか?」
「そう。六次のろくに、草花の花で六花」
「日本語でいうとニックネームみたいなものかな?」
「うん。そんな感じ」
「いい名前だね。オレのことは」
「ハルトって呼ばせて。あと敬語もお互い使わないで。前もそうだったから」

 そう言うと、目を瞬かせふんわりとハルトは優しく笑った。

「もちろん。またよろしくな、六花」

 また初めから。きっと、上手くいく。大切なハルトと生きていくための決心を、握る手にしっかりと込めた。
 
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